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モブに転生したはずですが?  作者: 佐倉穂波


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21/22

20 吐露

 翌朝、ラズベルトは早くに目が覚めた。


 窓の外はまだ薄暗い。鳥の声すら聞こえない時間だった。

 眠れなかったわけではないが、目が開いた瞬間から、昨夜の続きを考えていた。

 ベッドの上で天井を見つめたまま、ずっと同じことを行ったり来たりしていた。


(レティシアさんに……話そう)


 気がついたら、そこに辿り着いていた。

 巻き込みたくないという気持ちは、今もある。これは自分の問題で、レティシアには関係のない話だ。そう思う気持ちは消えていない。

 それでも。

(一人で抱えていても、何も変わらない)

 エルハルトを助けるために動くなら、誰かに話す必要がある。両親は「領地を出るな」と言った。エルハルトはいない。ならば、話せる相手は一人しかいなかった。

 それだけではない。

(僕が、レティシアさんに話したいと思っている)

 それが、一番正直なところだった。

 昨日の丘で、レティシアは何も聞かずに隣に座っていてくれた。それがどれだけ有り難かったか、夜になってからじわじわと分かった。


***


 その日の午後のお茶が終わり、レティシアが席を立ちかけたとき、ラズベルトは口を開いた。

「レティシアさん、少し時間をもらえますか」

 レティシアが振り返る。

「……はい」

 何かを察したような目だった。驚いた様子はなく、むしろ、待っていたような静けさがあった。


 二人で、屋敷の小さな応接間に移った。普段はあまり使わない部屋で、今の時間は使用人も出入りしない。窓の外には夕方に差しかかった庭が見えた。

 向かい合って椅子に座る。レティシアは膝の上で手を重ね、静かにラズベルトの言葉を待ってくれている。

 

 ラズベルトは一度、深く息を吸った。


「……エルハルトが連れて行かれた日から、書庫でずっと調べていたんです。王族の事件に、なぜ神殿が介入してきたのか」

「確かにおかしいですわね。普通なら王宮騎士団が動くはずですもの」

 レティシアも、その点は引っかかっていたようで、静かに頷く。

「それで、神殿と王宮の関係について調べていたら、ある神託を見つけました」

「神託ですか?」

「はい。十八年前に、王妃殿下が双子を身籠ったときに下された神託です。『生まれてくる双子の片割れは、国に混乱をもたらす影となろう』という」

 レティシアの表情が、わずかに引き締まった。

「……双子。アレクシス殿下には、双子の兄弟がいたということですの?」

「はい。片割れは死産したと記録には残っていました。神殿はそれを『神罰が下った』と解釈して、矛を収めた。でも……」

 ラズベルトは一瞬、言葉を探した。

 ここから先が、一番言いにくかった。

「本当は、死産じゃなかった。その子は、神殿から守るためにヘルマン侯爵家に預けられたんです」

 レティシアの目が、わずかに見開かれた。

「それが……エルハルト様?」

 ラズベルトは、「いいえ」と静かに首を振った。


「僕です」


 しばらく、静かだった。

 レティシアはラズベルトをまっすぐに見つめたまま、動かなかった。驚いているのはわかる。それでも、ただじっとラズベルトを見ていた。

 ラズベルトは、レティシアから目を逸らさずに続けた。


「僕が……神託の双子の片割れで……国王陛下が、ヘルマン侯爵に神殿から隠すために預けたらしいんです。エルハルトとも身分を入れ替えて……ずっと、そのまま育てられた」

 ラズベルトの声が、掠れていく。

「神殿は今になって神託の王子がまだ生きていると知って動いた。でも、僕とエルハルトを取り違えた。神殿はエルハルトを神託の王子だと思い込んで捕まえた……つまりエルハルトは、僕の身代わりになっているんです」

 言葉にするたびに、現実の重さが増していく気がした。

 ぐっと手を握りしめ、俯いた。


 沈黙が続く。長い沈黙だった。


「……それで、ずっと悩んでいたのですね」

 レティシアが、静かに言った。

「はい」

「私に話してくださって、ありがとうございます」

 その声があまりにも穏やかで、ラズベルトは顔を上げた。

「こんな話、聞かせてしまってすみません。巻き込みたくなかったんですが……うまく、一人では整理できなくて」

「ラズベルト様」

 レティシアが、ラズベルトの言葉を遮った。

 いつもより、少し強い声だった。

 レティシアが身を乗り出すように、そっとラズベルトの手に触れる。

「貴方が、王子でも、侯爵令息でも、私には関係ありませんわ」

「……レティシアさん」

「私にとって、貴方はラズベルト様です。それだけです」

 真っ直ぐな琥珀色の瞳が、ラズベルトを見ていた。

 お世辞でも、慰めでもない。ただ、本当のことを言っている目だった。


 ラズベルトは、しばらくその目を見つめた。

 何か言おうとして、言葉が出てこなかった。

 出てこないまま、立ち上がっていた。

「……すみません。抱きしめても、良いですか」

 レティシアが、小さく息を呑む。

「……はい」

 ラズベルトは、そっとレティシアを抱きしめた。

 力を込めすぎないように、でも離さないように。


「ありがとうございます」

 小さな声で言うと、レティシアはしばらく固まっていた。

 それから、おずおずとラズベルトの背中に手が触れた。

 最初は指先だけ。それから、ゆっくりと、背中に手が回った。


 少しして、レティシアが静かに口を開いた。

「……私で、良ければ」

「え?」

「これからのこと……一人で考えなくて、良いですわ」

 ラズベルトは、すぐには返事ができなかった。

(一人で考えなくていい)

 その言葉が、思ったよりずっと胸に響いた。

「……はい」

 それだけしか、言えなかった。

 でも、それで十分な気がした。


 しばらく、二人はそのままでいた。

 窓の外の庭に、夕暮れの光がゆっくりと落ちていった。

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