20 吐露
翌朝、ラズベルトは早くに目が覚めた。
窓の外はまだ薄暗い。鳥の声すら聞こえない時間だった。
眠れなかったわけではないが、目が開いた瞬間から、昨夜の続きを考えていた。
ベッドの上で天井を見つめたまま、ずっと同じことを行ったり来たりしていた。
(レティシアさんに……話そう)
気がついたら、そこに辿り着いていた。
巻き込みたくないという気持ちは、今もある。これは自分の問題で、レティシアには関係のない話だ。そう思う気持ちは消えていない。
それでも。
(一人で抱えていても、何も変わらない)
エルハルトを助けるために動くなら、誰かに話す必要がある。両親は「領地を出るな」と言った。エルハルトはいない。ならば、話せる相手は一人しかいなかった。
それだけではない。
(僕が、レティシアさんに話したいと思っている)
それが、一番正直なところだった。
昨日の丘で、レティシアは何も聞かずに隣に座っていてくれた。それがどれだけ有り難かったか、夜になってからじわじわと分かった。
***
その日の午後のお茶が終わり、レティシアが席を立ちかけたとき、ラズベルトは口を開いた。
「レティシアさん、少し時間をもらえますか」
レティシアが振り返る。
「……はい」
何かを察したような目だった。驚いた様子はなく、むしろ、待っていたような静けさがあった。
二人で、屋敷の小さな応接間に移った。普段はあまり使わない部屋で、今の時間は使用人も出入りしない。窓の外には夕方に差しかかった庭が見えた。
向かい合って椅子に座る。レティシアは膝の上で手を重ね、静かにラズベルトの言葉を待ってくれている。
ラズベルトは一度、深く息を吸った。
「……エルハルトが連れて行かれた日から、書庫でずっと調べていたんです。王族の事件に、なぜ神殿が介入してきたのか」
「確かにおかしいですわね。普通なら王宮騎士団が動くはずですもの」
レティシアも、その点は引っかかっていたようで、静かに頷く。
「それで、神殿と王宮の関係について調べていたら、ある神託を見つけました」
「神託ですか?」
「はい。十八年前に、王妃殿下が双子を身籠ったときに下された神託です。『生まれてくる双子の片割れは、国に混乱をもたらす影となろう』という」
レティシアの表情が、わずかに引き締まった。
「……双子。アレクシス殿下には、双子の兄弟がいたということですの?」
「はい。片割れは死産したと記録には残っていました。神殿はそれを『神罰が下った』と解釈して、矛を収めた。でも……」
ラズベルトは一瞬、言葉を探した。
ここから先が、一番言いにくかった。
「本当は、死産じゃなかった。その子は、神殿から守るためにヘルマン侯爵家に預けられたんです」
レティシアの目が、わずかに見開かれた。
「それが……エルハルト様?」
ラズベルトは、「いいえ」と静かに首を振った。
「僕です」
しばらく、静かだった。
レティシアはラズベルトをまっすぐに見つめたまま、動かなかった。驚いているのはわかる。それでも、ただじっとラズベルトを見ていた。
ラズベルトは、レティシアから目を逸らさずに続けた。
「僕が……神託の双子の片割れで……国王陛下が、ヘルマン侯爵に神殿から隠すために預けたらしいんです。エルハルトとも身分を入れ替えて……ずっと、そのまま育てられた」
ラズベルトの声が、掠れていく。
「神殿は今になって神託の王子がまだ生きていると知って動いた。でも、僕とエルハルトを取り違えた。神殿はエルハルトを神託の王子だと思い込んで捕まえた……つまりエルハルトは、僕の身代わりになっているんです」
言葉にするたびに、現実の重さが増していく気がした。
ぐっと手を握りしめ、俯いた。
沈黙が続く。長い沈黙だった。
「……それで、ずっと悩んでいたのですね」
レティシアが、静かに言った。
「はい」
「私に話してくださって、ありがとうございます」
その声があまりにも穏やかで、ラズベルトは顔を上げた。
「こんな話、聞かせてしまってすみません。巻き込みたくなかったんですが……うまく、一人では整理できなくて」
「ラズベルト様」
レティシアが、ラズベルトの言葉を遮った。
いつもより、少し強い声だった。
レティシアが身を乗り出すように、そっとラズベルトの手に触れる。
「貴方が、王子でも、侯爵令息でも、私には関係ありませんわ」
「……レティシアさん」
「私にとって、貴方はラズベルト様です。それだけです」
真っ直ぐな琥珀色の瞳が、ラズベルトを見ていた。
お世辞でも、慰めでもない。ただ、本当のことを言っている目だった。
ラズベルトは、しばらくその目を見つめた。
何か言おうとして、言葉が出てこなかった。
出てこないまま、立ち上がっていた。
「……すみません。抱きしめても、良いですか」
レティシアが、小さく息を呑む。
「……はい」
ラズベルトは、そっとレティシアを抱きしめた。
力を込めすぎないように、でも離さないように。
「ありがとうございます」
小さな声で言うと、レティシアはしばらく固まっていた。
それから、おずおずとラズベルトの背中に手が触れた。
最初は指先だけ。それから、ゆっくりと、背中に手が回った。
少しして、レティシアが静かに口を開いた。
「……私で、良ければ」
「え?」
「これからのこと……一人で考えなくて、良いですわ」
ラズベルトは、すぐには返事ができなかった。
(一人で考えなくていい)
その言葉が、思ったよりずっと胸に響いた。
「……はい」
それだけしか、言えなかった。
でも、それで十分な気がした。
しばらく、二人はそのままでいた。
窓の外の庭に、夕暮れの光がゆっくりと落ちていった。




