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モブに転生したはずですが?  作者: 佐倉穂波


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22/22

21 提案

 翌日、いつもの時間にお茶の準備をしながら、ラズベルトは昨日のことを何度も頭の中で繰り返していた。


 レティシアに話した。全部。

 それがどれだけ重い話だったか、改めて思い知るのは、話し終えた後だった。王子であること、神託のこと、エルハルトが身代わりになっていること。自分の口から言葉にして、初めて「現実だ」という感覚が追いついてきた。

(レティシアさんは、驚かせてしまったよな)

 それでも彼女は「貴方はラズベルト様です」と言った。

 ラズベルトは、ティーポットを持つ手を一瞬止めた。

(あの言葉が、なければ……もっとずっと、整理できなかったと思う)

 紅茶を注ぐ。湯気が立ち上がり、茶葉の香りが漂う。

 いつもと同じ香りなのに、今日は少し違うものに感じた。


***


「今日は庭ではなく、部屋の中で良いですか。少し風が強くて」

「構いませんわ」

 レティシアが椅子に座る。ラズベルトが向かいに腰を下ろすと、二人の間にしばらく静かな時間が流れた。

 昨日と同じ部屋ではなかったが、空気はどこか昨日の続きのようだった。

「昨日は……重い話を聞かせてしまって、すみませんでした」

 ラズベルトが言うと、レティシアはティーカップをそっとソーサーに戻した。

「謝らないでください」

「でも」

「貴方が話してくださったことが、嬉しかったのです」

 さらっと言ったが、レティシアの耳が少し赤くなっていた。

(そう言ってくれると……ありがたいんだけど、こっちが恥ずかしくなるな)

 ラズベルトも、つられて顔が熱くなるのを感じた。

「ありがとうございます。その……昨日は助かりました」

「お互い様ですわ」

 レティシアが静かに言う。

「お互い様?」

「ヘルマン家に来たとき、貴方がいなければ、私はずっと部屋の中にいたと思いますから」

 ラズベルトは少し驚いて、レティシアを見た。レティシアは視線をティーカップに落としたまま、続けた。

「お茶に誘ってくださって、温室を案内してくださって、領地を見せてくださって……貴方がいなければ、私はここをこんなに好きになれなかったかもしれません」

(そんなふうに思っていてくれたのか)

 嬉しかった。じわじわと、胸の奥から温かくなってくるような。

「……僕も、レティシアさんと過ごすのが好きです」

 口に出してから、少し照れ臭くなって視線をずらす。

 レティシアは何も言わなかったが、カップを持ち上げる仕草が、心なしかゆっくりだった。


 しばらく、穏やかな時間が流れた。

 外では風が木の葉を揺らしている。部屋の中は静かで、二人の間には会話がなくても、居心地の悪さがなかった。

 その静けさの中で、レティシアが口を開いた。

「ラズベルト様」

「はい」

「エルハルト様を助けに行くことを、考えていますよね」

 穏やかな声だったが、確認ではなかった。すでにわかっていて、あえて口にしている声だった。

「……はい」

「でしたら」

 レティシアはカップをソーサーに置き、ラズベルトを真っ直ぐに見た。

「私も、一緒に行きますわ」

 ラズベルトは、すぐには答えられなかった。

 昨夜、この展開になるかもしれないとは思っていた。それでも、いざ言葉にされると、返す言葉が見つからなかった。

「……危険です」

「わかっています」

「王都に戻ることになります。レティシアさんにとっては……」

「それも、わかっています」

 ラズベルトが言いかけた言葉を、レティシアが静かに遮る。

(わかった上で、言っている)

 それはラズベルトにも伝わっていた。だからこそ、簡単に「わかりました」とは言えなかった。

「レティシアさんまで、危ない目に遭わせるわけにはいきません。これは僕の問題で……」

「ラズベルト様」

 レティシアの声が、少し強くなった。

「貴方の問題は、私の問題でもありますわ」

「……」

「婚約者ですもの」

 短く、しかしはっきりと言われた。

 ラズベルトは、返す言葉を探して、見つからなかった。

(婚約者、か)

 最初、この婚約は突然決まったもので、ラズベルトには実感がなかった。レティシアのことも、近付き方すら分からなかった。

 それがいつの間にか、お茶の時間が当たり前になって、名前で呼び合うようになって、昨日は自分の一番重い秘密を話していた。

(一人で行かせてほしい、とは……もう、言えないな)

「……一つだけ、聞いても良いですか」

「なんでしょう」

「本当に、怖くないですか。危ないとわかっていて、一緒に来ると言えるんですか」

 レティシアは少し間を置いた。

「怖くない、とは言いませんわ」

 正直な返答だった。

「でも……貴方が一人で行って、何かあったら。それの方が、ずっと怖いですわ」

 最後の方は、少し声が小さくなった。

 ラズベルトはしばらく、レティシアの顔を見ていた。

(敵わないな、本当に)

「……わかりました。一緒に来てください」

 レティシアが、小さく頷いた。安堵したような、それでいてまだ少し緊張しているような顔だった。

「ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちですよ」

 ラズベルトが苦笑すると、レティシアもわずかに口元を緩めた。


 窓の外で、風が少し収まっていた。

 木の葉の揺れが、さっきより静かになっている。

(さて、これからどうするか)

 承諾したはいいが、具体的に何をどう動かすか、まだ何も決まっていない。

 エルハルトがどこに連行されたのか。神殿の内部がどうなっているのか。王都に入る手段は。

 考えなければならないことは、山積みだった。

(でも……一人じゃない)

 ラズベルトは、向かいに座るレティシアをちらりと見た。

 レティシアはもう一度カップを持ち上げ、静かに紅茶を飲んでいた。

 その横顔は、穏やかで、しかしどこか覚悟を決めたような静けさがあった。


「レティシアさん」

「はい」

「……紅茶、まだありますよ。もう一杯いかがですか」

 少し間があって、レティシアが「ええ」と頷いた。

 ラズベルトはポットに手を伸ばした。

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