21 提案
翌日、いつもの時間にお茶の準備をしながら、ラズベルトは昨日のことを何度も頭の中で繰り返していた。
レティシアに話した。全部。
それがどれだけ重い話だったか、改めて思い知るのは、話し終えた後だった。王子であること、神託のこと、エルハルトが身代わりになっていること。自分の口から言葉にして、初めて「現実だ」という感覚が追いついてきた。
(レティシアさんは、驚かせてしまったよな)
それでも彼女は「貴方はラズベルト様です」と言った。
ラズベルトは、ティーポットを持つ手を一瞬止めた。
(あの言葉が、なければ……もっとずっと、整理できなかったと思う)
紅茶を注ぐ。湯気が立ち上がり、茶葉の香りが漂う。
いつもと同じ香りなのに、今日は少し違うものに感じた。
***
「今日は庭ではなく、部屋の中で良いですか。少し風が強くて」
「構いませんわ」
レティシアが椅子に座る。ラズベルトが向かいに腰を下ろすと、二人の間にしばらく静かな時間が流れた。
昨日と同じ部屋ではなかったが、空気はどこか昨日の続きのようだった。
「昨日は……重い話を聞かせてしまって、すみませんでした」
ラズベルトが言うと、レティシアはティーカップをそっとソーサーに戻した。
「謝らないでください」
「でも」
「貴方が話してくださったことが、嬉しかったのです」
さらっと言ったが、レティシアの耳が少し赤くなっていた。
(そう言ってくれると……ありがたいんだけど、こっちが恥ずかしくなるな)
ラズベルトも、つられて顔が熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます。その……昨日は助かりました」
「お互い様ですわ」
レティシアが静かに言う。
「お互い様?」
「ヘルマン家に来たとき、貴方がいなければ、私はずっと部屋の中にいたと思いますから」
ラズベルトは少し驚いて、レティシアを見た。レティシアは視線をティーカップに落としたまま、続けた。
「お茶に誘ってくださって、温室を案内してくださって、領地を見せてくださって……貴方がいなければ、私はここをこんなに好きになれなかったかもしれません」
(そんなふうに思っていてくれたのか)
嬉しかった。じわじわと、胸の奥から温かくなってくるような。
「……僕も、レティシアさんと過ごすのが好きです」
口に出してから、少し照れ臭くなって視線をずらす。
レティシアは何も言わなかったが、カップを持ち上げる仕草が、心なしかゆっくりだった。
しばらく、穏やかな時間が流れた。
外では風が木の葉を揺らしている。部屋の中は静かで、二人の間には会話がなくても、居心地の悪さがなかった。
その静けさの中で、レティシアが口を開いた。
「ラズベルト様」
「はい」
「エルハルト様を助けに行くことを、考えていますよね」
穏やかな声だったが、確認ではなかった。すでにわかっていて、あえて口にしている声だった。
「……はい」
「でしたら」
レティシアはカップをソーサーに置き、ラズベルトを真っ直ぐに見た。
「私も、一緒に行きますわ」
ラズベルトは、すぐには答えられなかった。
昨夜、この展開になるかもしれないとは思っていた。それでも、いざ言葉にされると、返す言葉が見つからなかった。
「……危険です」
「わかっています」
「王都に戻ることになります。レティシアさんにとっては……」
「それも、わかっています」
ラズベルトが言いかけた言葉を、レティシアが静かに遮る。
(わかった上で、言っている)
それはラズベルトにも伝わっていた。だからこそ、簡単に「わかりました」とは言えなかった。
「レティシアさんまで、危ない目に遭わせるわけにはいきません。これは僕の問題で……」
「ラズベルト様」
レティシアの声が、少し強くなった。
「貴方の問題は、私の問題でもありますわ」
「……」
「婚約者ですもの」
短く、しかしはっきりと言われた。
ラズベルトは、返す言葉を探して、見つからなかった。
(婚約者、か)
最初、この婚約は突然決まったもので、ラズベルトには実感がなかった。レティシアのことも、近付き方すら分からなかった。
それがいつの間にか、お茶の時間が当たり前になって、名前で呼び合うようになって、昨日は自分の一番重い秘密を話していた。
(一人で行かせてほしい、とは……もう、言えないな)
「……一つだけ、聞いても良いですか」
「なんでしょう」
「本当に、怖くないですか。危ないとわかっていて、一緒に来ると言えるんですか」
レティシアは少し間を置いた。
「怖くない、とは言いませんわ」
正直な返答だった。
「でも……貴方が一人で行って、何かあったら。それの方が、ずっと怖いですわ」
最後の方は、少し声が小さくなった。
ラズベルトはしばらく、レティシアの顔を見ていた。
(敵わないな、本当に)
「……わかりました。一緒に来てください」
レティシアが、小さく頷いた。安堵したような、それでいてまだ少し緊張しているような顔だった。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちですよ」
ラズベルトが苦笑すると、レティシアもわずかに口元を緩めた。
窓の外で、風が少し収まっていた。
木の葉の揺れが、さっきより静かになっている。
(さて、これからどうするか)
承諾したはいいが、具体的に何をどう動かすか、まだ何も決まっていない。
エルハルトがどこに連行されたのか。神殿の内部がどうなっているのか。王都に入る手段は。
考えなければならないことは、山積みだった。
(でも……一人じゃない)
ラズベルトは、向かいに座るレティシアをちらりと見た。
レティシアはもう一度カップを持ち上げ、静かに紅茶を飲んでいた。
その横顔は、穏やかで、しかしどこか覚悟を決めたような静けさがあった。
「レティシアさん」
「はい」
「……紅茶、まだありますよ。もう一杯いかがですか」
少し間があって、レティシアが「ええ」と頷いた。
ラズベルトはポットに手を伸ばした。




