18 真実
書庫に通い続けて三日が経った。
調べれば調べるほど、神殿と王家の関係が見えてきた。
全知の神エルヴィスを信仰するサミュエル神殿は、王家と同等の権力を持つとされている。それは建前ではなく、実際に神殿は王家の決定に介入できる権限を持っていた。過去にも、神託を根拠に王家の人事や政策に口を挟んだ記録が残っている。
(だから神殿が、王宮騎士団の管轄であるはずの案件に動けた、ということか)
一つの疑問は解けた。しかし、もう一つの疑問が、どうしても頭から離れなかった。
十八年前の神託。
『生まれてくる双子の片割れは、国に混乱をもたらす影となろう』
片割れは死産した。神殿はそれを「神罰が下った」と解釈し、矛を収めた。
なのに、今になって神殿が動いている。
(死産した王子は、もうこの世にいないはずだ。存在しない相手に神殿が動く理由がない)
ということは。
(本当に、死産だったのか? もしかして……エルは……)
一つの仮定が頭に浮かんだとき、ラズベルトは書物を閉じた。
これ以上、一人で調べても答えは出ない。
答えを知っているのは、父と母だ。
***
夕食の後、ラズベルトは両親を書斎に呼んだ。
いつもなら両親に呼ばれる側だが、今日は自分から呼んだ。それだけで父も母も何かを察したようで、書斎に入ってきた二人の表情はいつもと違った。
「座ってください」
ラズベルトが言うと、父は静かに椅子に腰かけた。母は少し迷うような様子を見せてから、父の隣に座った。
ラズベルトは机の上に、あの神託の記録を置いた。
「書庫で見つけました。十八年前に、王妃が双子を身籠っていたときに下された神託です」
「……」
「片割れは死産した、と記録には書いてありました」
父も母も、何も言わない。
「本当に、死産だったんですか?」
沈黙が続いた。
しかしそれは、否定の沈黙ではなかった。
父が、ゆっくりと息を吐いた。
「……話さないで良いのなら、お前に話すつもりはなかった」
「父上」
「しかし、エルハルトが連れて行かれた。もう、話さないわけには、いかないんだろうな」
父の声は静かだったが、どこか覚悟を決めたような響きがあった。
母が、膝の上で手を握り合わせる。
「ラズベルト。お前は……王の子だ」
一瞬、言葉の意味が頭に入ってこなかった。
「……は?」
「死産したとされた双子の片割れ。それが、お前だ」
父の言葉は、静かで、しかし揺るぎなかった。
ラズベルトは、何も言えなかった。
仮説として立てていたのは、エルハルトが王子なのではないか、という方だった。
それが、エルハルトではなく、自分だと?
父は言葉を続けた。
「神託が下ったとき、国王陛下は神殿の解釈を信じていなかった。しかし、神殿が動けば、お前の命は危うかった。陛下はお前を守るために、私に預けることにしたんだ。周囲に知られる危険性を避けるため、ラズベルトを実子、エルハルトを養子として……二人一緒に育てた」
「な……そんなこと……エルは?」
「エルハルトには物心がついた頃に話した。あの子はずっと、知っていたんだよ」
ラズベルトは椅子に深く座ったまま、動けなかった。
(エルは、ずっと……知ってて)
幼い頃からずっと一緒に育った義兄。
冗談を言い合い、部屋に押し掛けてきては好き勝手に喋り、何の気兼ねもなく話せた。
エルハルトは、知った上でラズベルトといてくれたのだ。
「じゃあ……エルが連れて行かれたのは」
「神殿は、神託の双子がまだ生きていると知ったのだろう。しかし、お前とエルハルトを取り違えたんだ。エルハルトを神託の王子だと思い込んで、動いた」
つまりエルハルトは、ラズベルトの身代わりとして捕らえられたということだ。
父の言葉が、うまく消化できない。
「エルが、僕のせいで」
「違う」
父の声が、珍しく強い色を帯びた。
「エルハルトは自分で選んだんだ。有事の際にお前を守ると、あの子は自分で決めた。お前のせいじゃない」
「そんな……」
「ラズベルト」
母が、静かにラズベルトの名前を呼んだ。
「驚いたわよね。急に、こんなことを言われても」
母の声は、少し泣きそうだった。
「でもね、お父様も私も、ずっとあなたのことを本当の息子だと思って育ててきた。それだけは、わかってちょうだい」
ラズベルトは返事ができなかった。
否定したいわけじゃない。ただ、頭の中が追いついていなかった。
***
書斎を出たラズベルトは、廊下をあてもなく歩いた。
頭の中が、うまく整理できない。
王の子。神託の双子。エルハルトが身代わりに。
(僕が……王子)
何度か頭の中で繰り返してみたが、実感というものが、一向に湧いてこなかった。
乙女ゲームっぽいこの世界で、ラズベルトはモブとして生きてきた。ただ自分の領地で静かに暮らすつもりだった。
(……なんで、こういうことになるんだろう)
呆然とする気持ちの方が、先に来た。
足が止まった。
窓の外に、夜の庭が見えた。暗い庭に、月明かりが落ちている。
(エルは、知りながら……ずっと、隣にいてくれたのか)
エルハルトが「ラズ」と呼んで、目で「動くな」と言ったあの表情が、また浮かんだ。
あれはエルハルトが、ラズベルトを守ろうとした顔だったのだ。
ずっと前から、有事の際は、そのつもりで隣に居てくれていたのだ。
ラズベルトは窓枠に手をついたまま、しばらく動けなかった。
(どうすれば、エルを助けられるんだろう)
今の自分に、何ができるのか。まだ何もわからない。
それでも、考えるのをやめるつもりはなかった。




