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モブに転生したはずですが?  作者: 佐倉穂波


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18/22

17 調査

 その夜、ラズベルトは眠れなかった。


 天井を見つめながら、エルハルトが連れ去られていく姿を何度も頭の中で繰り返した。

(動くな)

 目で、そう言っていたことは間違いない。

 エルハルトはラズベルトが飛び出してくることを、止めようとしていた。

(なんで、エルが止めるんだ)

 おかしい。

 エルハルトが暗殺未遂などするはずがない。

 それはラズベルトが誰よりもわかっている。だったら、あの目は何だったのか。


 父と母も、何かを知っている。

「今は言えない」という言葉は、「何も知らない」とは全く違う。


(僕に、何か隠していることがある)


 ラズベルトは起き上がり、ベッドの端に腰かけた。

 暗い部屋の中で、じっと考える。

 エルハルトを助けるために、今自分にできることは何か。

 両親の言う通り領地に留まって、神殿の判断を待つだけでは何も変わらない。しかし、むやみに動いても意味がない。


(まず、調べるべきことがある)


 神殿が、何を証拠にエルハルトを「王太子暗殺未遂」の容疑者として名指しで連行しに来たのか。

 そして、父と母が隠していることと、今回の件はどう繋がっているのか。


 つい数日前に、この部屋でエルハルトと談笑したことを思い出した。

(エル……絶対、助けるから)


***


 翌朝、ラズベルトは朝食を早々に切り上げ、屋敷の書庫に向かった。


 ヘルマン侯爵家の書庫は、蔵書の量こそ王都の図書館に及ばないが、領地の歴史や王国の記録が丁寧に保管されていた。先代から受け継いだ古い写本も多く、ラズベルトは子どもの頃からここで歴史書や読み物を漁るのが好きだった。

 しかし今日は、読書の趣味でここに来たわけではない。

(神殿と王家の関係について、何か手がかりがあるはずだ)

 エルハルトが連行された理由は「王太子への暗殺未遂」。本来なら王宮騎士団の管轄案件だ。しかし、エルハルトを捕らえに来たのは神殿の聖騎士だった。

 なぜ、神殿が王家の案件に介入したのか。


 棚を順に確認しながら、関係しそうな書物を手当たり次第に引き出す。王国史の写本、神殿の設立に関する記録、歴代の神託をまとめた書物──。

(神託)

 ラズベルトの手が、一冊の薄い本の前で止まった。

 背表紙には『王家に下された神託の記録』と書かれていた。

(こんな本、今まで気にしたことなかったな)

 手に取り、埃を払う。かなり古い本だ。

 ページを繰ると、年代順に神託の内容が記されていた。作物の豊作を告げるもの、疫病への警告、隣国との戦の予兆……歴史の教科書で習ったような出来事に対応する神託が並んでいる。

 そして、後ろの方のページに差し掛かったとき、ラズベルトの目が一行に釘付けになった。


『生まれてくる双子の片割れは、国に混乱をもたらす影となろう』


 日付は、十八年ほど前のものだった。

(双子?)

 十八年前といえば、ちょうど王妃がアレクシス殿下を身籠っていた時期だろう。しかし、アレクシス殿下には兄弟はいない。

 ラズベルトは続きを読み進めた。


 王妃は双子を身籠っていたが、先の神託を受けた。

 そして、産まれた双子の片割れは死産し、神殿の神官たちが「神罰が下った」と沸き立ったこと。

(双子の王子……アレクシス殿下に、双子の兄弟が居たということか)

 死産したということは、もう存在しない。

 ラズベルトは本を閉じた。

(でも、なんでたろう……何か引っかかる。アレクシス殿下……神殿……この神託が関わっているのか? )

 繋がっているのかどうか、まだわからない。

 それでも、手を止める気にはなれなかった。


 ラズベルトは本を脇に抱えると、書庫の奥へと進んだ。


***


 書庫に籠ること数刻。

 窓から差し込む光が傾き始めた頃、扉が静かに開いた。

「ラズベルト様」

 レティシアだった。手に小さなバスケットを持っている。

「……レティシアさん」

「食事を持ってきましたわ。お昼を召し上がっていないと、厨房の方に聞いたので」

 言われて初めて、ラズベルトは空腹を自覚した。調べることに集中していて、時間を忘れていたようだ。

「すみません、気を遣わせてしまって」

「座ってください」

 レティシアはテーブルの隅に散らばった書物を避けると、バスケットからパンとスープの入った小瓶を取り出した。厨房で温めてきたのか、スープからはまだ湯気が立っている。

「……ありがとうございます」

 ラズベルトは素直に礼を言い、椅子に腰を下ろした。

 しばらく黙って食べていると、レティシアがテーブルの上に積まれた書物の背表紙を、静かに眺めているのに気がついた。

「色々、調べているのですね」

「はい」

「……何かわかりましたか?」

 穏やかな問いだった。

(まだ、話せる段階じゃない。気になることはあるけど、それが何を意味するのかが、まだわからない)

「……もう少し、調べてみないとわからないことがあって」

「そうですか」

 レティシアは頷いて、それ以上は聞かなかった。

 帰り際に一度だけ振り返り、こう言った。

「無理しないでくださいね」

 扉が、静かに閉まった。


 ラズベルトはしばらく、閉まった扉を見つめていた。

 それから、また書物に手を伸ばした。

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