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モブに転生したはずですが?  作者: 佐倉穂波


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17/21

16 聖騎士の来訪

 領地見学から数日が経った。


 あの日以来、レティシアとの間に小さな変化が生まれていた。

 以前は午後のお茶の時間だけだったのが、今は朝食の後にそのまま庭を少し散歩することもあれば、ラズベルトが厨房でお菓子を作っていると、レティシアが顔を覗かせることも増えた。

 レティシアの方から来てくれる、というのが、ラズベルトには何よりも嬉しかった。


 その日の午前中も、ラズベルトは厨房でタルトの生地を型に詰めていた。

「今日は何を作っていますの?」

「タルトを作っています。旬の果物が手に入ったので」

 隣に立つレティシアが、テーブルに並んだ果物に目を向ける。

「この赤いのは?」

「木苺です。この時期しか採れないので、旬のうちに使おうと思って。一つ食べてみますか?」

「良いのですか?」

 レティシアは、少し躊躇いながら木苺を一粒つまみ、口に入れた。

 少し酸っぱかったのか、眉がわずかに寄る。

「そのまま食べると酸いんですよ」

「……言ってくださればよかったのに」

「あはは」

 口元に手を当てて、じとりとラズベルトを見るレティシアに、ラズベルトは笑った。

(酸っぱいのは少し申し訳なかったけど、可愛いな)

「焼き上がったら、甘くなりますから」

「本当ですか? 楽しみにしていますわ」

 レティシアがそっと口角を上げる。

(こういう顔を引き出せたときが、一番嬉しいんだよな)

 ラズベルトは生地を伸ばしながら、そんなことを思った。


***


 タルトが焼き上がり、午後のお茶の準備をしていたときだった。


 屋敷の表が、にわかに騒がしくなった。

 馬の蹄の音が複数。

(来客の予定はなかったはずだけど)

 ラズベルトは手を止めて、厨房の窓から外を見る。

 表門の方に、白を基調とした鎧を身に纏った騎士が数人、馬を乗り入れてくるのが見えた。

 白い鎧に、金の意匠。

(……神殿の聖騎士? なんでこんな辺境に)

 何だか嫌な予感がした。

 物々しい雰囲気に、レティシアも眉をひそめている。

「少し、様子を見てきます」

 ラズベルトは厨房を出て、玄関ホールに向かうと、既に父が応対に出ていた。

「ヘルマン侯爵、神殿よりの命により参上いたしました」

 先頭に立つ聖騎士が、事務的な口調で告げる。

「エルハルト・ヘルマンを、王太子アレクシス殿下への暗殺未遂の疑いで連行いたします」

 ホールが、シンッと静まり返った。

「どういうことですか?」

 父が聖騎士に尋ねる。

「エルハルト・ヘルマンへの暗殺未遂の容疑は、神殿が調査の上で認定したものです。反論があれば、然るべき場で申し立てを」

「反論も何も……」

「ラズベルト」

 ラズベルトの言葉を遮るように、父の声が静かに割り込んだ。

 父の表情は一見穏やかに見えたが、目の奥に、何かを堪えるような色があった。


「……エルハルトはどこにいるんですか」

 ラズベルトは声を低くして聖騎士に尋ねる。

「現在、別の騎士が身柄を確保しております」

 つまり、既にエルハルトは捕まえられているということだ。

 間もなく、外から複数の足音が聞こえた。

 扉が開き、両腕を拘束されたエルハルトが聖騎士二人に挟まれて引き入れられてくる。

「エル……!」

「ラズ」

 エルハルトはラズベルトを見て、短く名前を呼んだ。声音は穏やかだが、その目が一瞬だけ、強く何かを訴えた。

(動くな、と言っている?)

 ラズベルトには、そう見えた。

「エルハルト・ヘルマンは神殿にて取り調べの上、処遇を決定します。ご家族の方は、神殿の判断をお待ちください」

 聖騎士の言葉は、有無を言わさない響きがあった。


 エルハルトが連れ去られていく。

 ラズベルトは歯を食いしばりながら、その背中を見送るしかなかった。


***


「領地から出てはいけない」

 聖騎士たちが去った後、父はラズベルトをそう言った。書斎に呼ばれ、母も同席していた。

「理由を教えてください」

「今は言えない」

「今は、って……エルはどうするんですか。エルが暗殺未遂なんてするはずがない」

「それは、私たちもわかっている」

 父の声は静かだった。怒っているわけでも、取り乱しているわけでもない。それがかえって、ラズベルトには不気味だった。

「だったら──」

「ラズベルト」

 母が口を開いた。普段ののほほんとした声とは違う、真剣な声だった。

「お父様の言う通りにしてちょうだい。今は……」

 二人の表情に、ラズベルトは言葉を飲み込んだ。


 何かを知っている。

 父と母から、そんな雰囲気を感じた。

(……父上と母上は、一体何を知っているんだろう。僕には言えないことが、あるのか)

 ラズベルトは書斎を出た。


 廊下に出るとレティシアが立っていた。

「レティシアさん」

「……ごめんなさい、立ち聞きするつもりじゃなかったのですけど」

 レティシアの顔には、心配の色がありありと浮かんでいた。

「大丈夫ですか?」

 ラズベルトは一瞬、答えに詰まった。

「……今は、ちょっと」

 正直に言うと、レティシアは何も言わずに頷いた。

 それ以上聞かなかった。ただ、そこに居てくれた。


 ラズベルトは廊下の窓から、聖騎士たちが去った後の表門を見つめた。

(エルが暗殺未遂なんてするはずがない。それに、父上たちは何を知ってるんだ?)

 穏やかな午後の光が、嘘のように庭を照らしていた。

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