目撃者
「いやぁ、タニアさん。ご迷惑をおかけしました。貴方様は依頼人なのに、これでは面目立ちません」
僕はどうもバツが悪く、無意識に右手を頭に当てながらそう話しかけた。
「うふふ、そうね。私もここまで派手にする気はなかったのだけど、珍しくフランがとても気にかけていたのよ?」
「フランさんが?」
「ええ」
なるほど…よし!
「フランさん。少しお話しできませんか?」
馬車で誰だろうか、僕にとって初見の男性と話しているフランさんを呼び止める。
馬車の中からその様子を遠目で伺っているキリュウとイヴの姿も確認できた。
「はい、ダニス様が馬車を出してくださいますので、中で…」
「…いえ、今ここでです。」
僕は早急に確認したい事があった。
ここに向かいながらその事ばかりを考えていたのだ。
「そこまで、お急ぎの用件なのですか?」
「はい、謎が一つ解けたかもしれないんです。大したことでもないかもしれませんが」
そう言うと、僅かにフランさんの表情が引き締まったように見えた。
「フラン?ロットさん?もう出られるけれど乗らないのかしら??」
いつの間にか馬車に乗っていたタニアさんが、顔をだして呼びかけてくる。
「タニア様、恐縮ですが少しだけお時間を…」
「あらそう?よくってよ、好きなだけ待たせなさい」
いや、好きなだけって…まあいいか、時間は与えてくれるようなので甘んじよう。
「それでご用件は?」
「あなたが僕に話してくれた噂話。森のうめき声や魔物。あれは実際にいました。現在、街を騒がせているのも件の連中です。」
魔物の事だ。あれだけの数の魔物が街に出現したともなれば、騎士団の人たちも血眼になって対処にあたっているだろう。
普通は僕たちを追っかける余裕は無いはずだ。
とはいえ安心仕切るわけにもいかないのだが…
「ええ存じています、様子は私も伺っていましたから」
あれ?そうなの?まてよ、ひょっとして…
「……えっと、ひょっとしてあの後の僕の様子も?」
「はい、流石に放っておくわけにはいきませんから、本当に危機的状況であれば、また手をお貸しするつもりでした。」
全然気が付かなかったが、どうやら一部始終は見られていたようだ。
しかし…あれが危機的状況でなければなんなのだろうか…?僕は間もなく捕まりそうな感じだったんだけど…
「そ、そうでしたか…気を使わせてしまったようです」
なんだ、だとしたら僕はニーナさんに名乗るべきじゃなかったかなぁ
どっちみち素直に誰か助けてくれー!って叫ぶなんて格好のつかない事はしなかったけど…
「えー、コホン。ま、まあ本題はそこではなくーーあの時語られた噂話。若い女性の方が囚われている件。こちらは実際に調べに行く前の段階では真偽の疑わしい情報だったんです。屋敷に潜んでいた魔物以上に」
「ええ、しかし実際にその場所には彼女がいらっしゃーー」
「いえ、真偽が疑わしいというのは、その噂話が存在していたかどうかという意味です」
僕はフランさんの言葉を遮ってそう言った。
「……どういう事ですか?」
フランさんは特に動揺している様子ない…ように見えるだけだ。
返しに間が空いたことから、僕が何を言いたいかをある程度察しているのだと感じた。
「調べたのは現地調査…イヴさん連れ出してきた後になりますが、僕は街中を廻って改めて噂話について調査しました。役所を訪ねてみたり、聞き込みをしたりです。元はといえばイヴさんについて何か知っている人はいないかという目的でしたが…」
「それで?」
「デタラメな疑惑やオカルトばっかりで、出てこなかったんですよ。イヴさんの情報はおろか、誰かが捕らわれているなんて話は」
そうだ、あれだけ駆けずり回ってもイヴさんについてだけは全部空振りで終わっていた。
タニアさんの所へ事の顛末を報告する際に合わせて確認したいと思っていたものだ。
「どの程度の調査をしたかは存じませんが、偶然ということは…?」
「フランさん、僕は探偵なんです。この職業を名乗るだけの仕事はしてきましたし、それなりに自信もあります」
街の人だけならいざ知らず、はるばる屋敷を調べに来たヒュードさんですら何も知らないんだから。
「それだけならまだしも、あなたははっきり言ったはずです。怪しい人影が目撃されていると…」
フランさんは表情を変えずに僕の話を聞いている。
「誰からお聞きになったんですかその話?僕には情報の出どころの検討もつきませんでした。」
問いかけてみてもなお、フランさんは黙っていた。
あれが失言だったとしたら、それを指摘されて言い訳を考えているんだろうか。
フランさんが噂話に脚色したとも思えない。
口から出まかせを言っていたなどと言い出しはしないだろうけど。
「いえ、確かに私は申し上げました。怪しい人影の目撃についてを」
フランさんは、誤魔化さなかった。
言い繕ったところでボロが出るのが関の山だとでも考えたのだろうか。
「そこからは謎解きの時間でした。そもそもイヴさんを遠方から攫ってきて、ここまで難なく連れて来れたような団体が、一般人に怪しい人影として目撃されているのがおかしな話なんです。奴らは間違いなく噂が立つ事すら許さないスペシャリスト達だ。」
イヴさんは、運ばれている最中、外の状況がわからない環境下にいた。
おそらく屋敷へ通づるあの道へ、彼女を馬車か何かに乗せた状態で移動したんだ。
側から見たら、さもこれから屋敷の調査に向かう騎士、そうでなくても怪しい団体には見られないように工夫されていたはず。
「なぜ彼らがそこまで優秀な存在だと?」
「実際に一戦交えてきましたからね、その経験を踏まえてと…カンです」
「カン…?ですか?」
「そういうものです。」
嘘っぱちである。
僕の考えでしかないが、カンなんてものに頼る探偵はナンセンスだ。
探偵たるもの、常に論理的な言論を心がけるべし。
ただ、本件について言えば状況からの推察でしかなく、証拠がない。
その状態で突き詰めるにはカンとでも言うしかないのも事実。
「参りましたね…それでは反論のしようもございません」
その通り、カンなど当てにならないとでも言えば良いんだろうが、それでは話を平行線に持っていけても、脱却する事はできない。
「他にもあらゆる可能性を考慮しました。スタット街で逃げ回ったり、戦っていたりした最中ですら考えた。でも、有力説と言える推論はやっぱりこれなんです。」
僕はフランさんに右手の人差し指を向けて言い放った。
「フランさん、目撃者はあなた自信です。見ただけでなく、若い女性が拘束されている事まで断定していた。違いますか?」
少しの間の沈黙、僕のことを真っ直ぐに見つめ続けていたフランさんはついに、力を抜くようにため息を吐くとーー
「お見事です。ロット様。しかしながらーー信じて貰えないかも知れませんが、私は貴方様を騙すつもりであったり、敵対するつもりではありません。事情があったものでして…」
ふぅ、ひとまず纏まったようだ。
「大丈夫です。僕はあなたの事を信頼していますよ。僕に敵対する陣営にいる人物であれば、いくらなんでも、あんな危険を冒してまで助けに来てくれたりはしないでしょう?あの後、僕の事を気にかけていたとタニアさんからお聞きしましたし。」
「恐縮です。」
「でも話していただけませんか?現状情報が少ないもので…」
「ええ、もちろんです。ですが、それはやはり馬車の中でいたしましょう」
「…いいんですか?」
良いという事はつまり、僕がわざわざここで、馬車に乗らずに話している意味がないと言う事だ。
タニアさんに聞かれても良いのだろうか?おそらく隠したがっていただろうに
「どちらにせよ、タニア様にはお話しなくてはいけません。執事としてこれ以上隠し事をするわけにも参りませんので。それにーー」
「それに?」
「早いところ、ロット様の傷の手当てをしなければなりません。そのままでは化膿してしまいます。」
「ああ…確かに」
忘れていた、僕の肩に矢が命中していた事。
思い出したら痛みが増してきた気がする。
まあフランさんが良いと言うならタニアさんに知られることに関しては心配する必要もないだろう。




