脱出
「どうやらお互い運が良かったみたいね」
「え?」
何かを考えていたニーナさんはそう言った。
魔物が出てきた状況を見て運が良かったとは、どういう事だろう。
「ロットン君。あなたはここを出るといいわ」
「逃してくれると……?」
「物事には優先順位というものがあるの。魔物騒ぎが起こったなら、勇騎士としてはあなたを追うよりも優先すべき事項よ」
「なるほど…」
市民が危険に晒されるかもしれないのに、僕なんかを捕まえている場合じゃないという事だろう。
「不服かしら?」
僕が放り投げた鞘とボロキレ同然と化したコートを手渡しながら聞いてきた。
「いえ、その方が騎士団らしいです。それにしてもお互いに運が良かったって…」
まるでほんとは僕を捕まえたくなんてなかったみたいじゃないかと苦笑いを浮かべる。
「あら、勘違いしないで。私は好き好んであなたを捕縛しようとしてたわけではないわ?」
おや、本当にそうだったらしい。
成り行きで剣を交えたものの、実際話の分かる人物なのだろう。
「歩ける?」
「多分大丈夫です。これは?」
ニーナさんは何かを手渡してきた。小さなビンの飲み物だ。
「普通のポーションよ。お詫びにあげるわ。期限ギリギリだけど」
「で、では遠慮なく」
特に抵抗なく受け取りはしたが、この場では飲まないでおくべきだろう。
痺れ薬のようなものが入っていたら笑えない。
「一応もう一度名乗っておくわ。ニーナ・ホリーロックよ。機会があったらまた会いましょう?」
「ええ、よろしくお願いします」
「じゃあね」
挨拶を交わすと、彼女は騒ぎのする方へ走っていく。
ああ、そうだ。
「ニーナさん、例の屋敷に僕の知り合いが向かいました!ヒュードという…雑貨屋です。何か話が聞けるかも!」
「ええ!覚えておくわ!」
これでよし。
あれだけ騎士が蔓延っていたんだ、魔物の方もなんとかなるだろう。
素直に街を出よう。
***
「街を出てこないですね…大丈夫でしょうか?」
鐘が鳴ってからしばらく経ったが、ロト坊はやってこない。
しゃーない、そろそろ様子を見に行ってやるか……
ワレ様が重い腰をあげ、小娘の腕から飛び降りると、シュタっと着地音がする。
「ん?」
…… いや、ワレ様が小娘の腕の高さから飛び降りたところでこんな音しないだろヨ
「あら!」
タニアとかいう女が何かに驚いたような様子だったので、そっちを見てみると。
知らない黒い服の人間がいた。
「ただいま戻りました。皆さまお怪我はございませんか?」
「誰だヨあいつ」
「フランソワーズさんです。さっき話していた馬車から飛び出していった方です。ロットさんと一緒にいたはずなのですが…」
ああ、なんか言ってたな。
「フランちゃん!いやいや、こっちのセリフだよ。心配したんだぞ?」
「恐縮です。ダニス様」
「こっちはみんな無事よ。お気に入りの日傘はボロボロになっちゃったけど」
「傘は後ほど新しい物をご用意します」
「あ、あの…」
小娘が恐る恐るだが、割り込むように入っていく。
言いたい事は分かる。
「ロト坊はどうしたんだよ」
ワレ様の一言に人間は目を見開き沈黙した。
なんだ?やっぱりロト坊に何かあったのか?
「フラン?何かあったの?」
「ま、まさかロットさんの身になにか……!」
小娘がそこまで詰め寄るとそいつはやっとの事で口を開き始めた。
「ーーね」
「ね?」
「ね、猫が、喋っている…!?」
あーもー、まーたこれかヨ
「た、タニア様、少し休息をいただいてもよろしいでしょうか?不覚にも猫が喋ってるように見えてしまいました…」
「フランちゃん。それ現実だから。いやうん、それが普通の反応だよね」
「バカな!?」
「おい黒服!!」
ワレ様は痺れを切らして大きな声を出した。
「は、はい!」
「ワレ様が喋るとか、んなこたぁどうでもいいんだヨ!!ロト坊はどこで今何してるんだヨ?」
「一緒にいらっしゃったんでしょう?お願いします!教えてくださいませんか?」
「え、ええ。そうでしたね…」
「珍しいわね、フランがここまで取り乱すなんて」
「失礼、取り乱しました。訳あって別行動になりましたが、無事かと思われます。そろそろこちらにーーおや、噂をすれば」
黒服がそう言って街の方を向くと、走ってくる人間がいた。
「おーい」
ロト坊だ。
結構ボロボロじゃねえかヨ。
「いや、参ったよ。厄介な人に……」
「ロットさん!!」
「うわ!」
ワレ様が行くより先に、小娘が涙目で駆け寄っていた。
「よかった…心配しましたわ」
「う、うん。し、心配ありがとう…あはは」
ロト坊は真っ赤になってやがる。
あの小娘が現れてからずっとこんな感じだヨ。
「無事、揃ったみたいでなにより。さあ出発しましょう。ほらあなた、もたもたしないで!」
「へいへい……」
夫婦は出発の準備を始めた。
ワレ様も馬車に飛び乗って振り返ると、ロト坊は小娘との再会もそこそこに、こっちへは来ないで何やら黒服を呼び止めていた。
なんだ……?
騒ぎに乗じてスタット街から出る事に成功した僕。
フランさんに確認したい事があって、仕方がなかった僕は、彼女を呼び止める。
この場の出発よりも、フランさんとの話を優先したくなるのは僕が探偵だからだ。
次回「馬車の続く先」




