鷹の目
夕暮れに差し掛かるころ、馬車が走り出して程なく、よくこれで剣を振るっていたものだと、フランさんは僕の肩の手当てをしてくれた。
馬車の中は両側面に腰掛けが設置されており、僕の右隣にイヴ、向かい側にフランさん、斜め右前にタニアさんが座している。
ところでキリュウはというと、僕が馬車に乗り込んだ直後にまあいつものようにガミガミと言ってきたものなのだが、鞄の中から例の猫缶を見せびらかすと途端に上機嫌になり、今も僕の左隣の狭い場所で、夢中になって貪っている。
ケガの手当てを受けていると、イヴさんが心配そうに僕の事を伺ってきていた。
「大丈夫、これくらいは慣れっこさ」
「な、慣れるものなんですか?」
「まあ色々と面倒ごとを経験してるからね」
とはいえ、あの数の騎士に囲まれたり、追われたりした経験なんて生まれてこの方あったわけじゃない。
別に悪いことなんにもしてないのに…
ーーしたのかな?
なんとなく、イヴさんの方に視線を向けてみる。
「…ロットさん?」
いやしてない。彼女をあの場から助け出す事が悪いことであるわけがない。
「コ、コホン。なんでもない」
「ロット様は、手練れの騎士と勇敢に戦っていましたよ?」
手練れの騎士…ニーナさんの事だろう。
ーーだとしたらフランさんの目に映るのは割とコテンパンにされていた僕も姿だった気がするけど
「まぁ、やっぱりお強いのですね!」
「いや、そんな、あはは…」
さて、みんな一息付けただろう。本題に入ろうーー
「それで、本題ですが」
「はい、ご存知の通り、いわゆる怪しい人影の目撃者は私自身です」
「え?あら、そうだったの?」
タニアさんがギョッとする。本当に知らなかったらしい。
「なぜ言わなかったのフラン?」
タニアさんは若干むくれ気味で、フランさんに尋ねた。
「相手が相手だったので、クラウン家のみんなを巻き込むわけにもいきませんでしたから」
「えぇ…余計な心配せずに言えばよかったのにぃ」
なるほど、あの時タニアさんが傍にいたものだから、フランさんは外で聞いた噂話としてお茶を濁して話したんだ。
持ってる情報を正確に提供できないあの状況で、僕に話すのはさぞ気が進まなかっただろう。
「怪しい人影に…目撃者?」
現状蚊帳の外にいるイヴさんが疑問を口にした。実際は当事者なのだが。
「君が連れてかれて行ったのを見たみたいなんだ」
「まあ、本当に?」
「私が買い出しに出ていた時の話です。ーーイヴ様でよろしいでしょうか?あいにくと、私が目撃したのがあなた様とは限りません。私がわかったのはその集団が使用していた護送用の馬車に若いであろう女性が乗っている事まででしたから」
名前を確認されたイヴは軽く頷いていた。
「護送馬車…もしかして奴らが騎士団の関係者だった事もその時に?」
「ええ、外見から彼らが騎士である事は誰が見てもわかるでしょう。そして普通こう思う。『騎士団も満を辞して屋敷の本格調査に乗り出す』のだと」
「ーー確か、その前にも騎士が入って、特に異常はなかったと、結果は出てたんですよね?」
「はい、しかしながら当然信頼できるものでもなかったので、あれからもあの森の周辺の住民が、あの曰く付きの屋敷をなんとかしてくれと、相談・通報の手を緩めなかっただとか」
あの様子だ。恐らく所有者との連絡もつかない状況だろう。
察するに、所有者が他者の立ち入りを拒否していたんじゃなくて、不気味だから誰も近づかなかっただけで。
そうなると住民だけじゃなく、あの屋敷の所有権について頭を抱えていた役所の人間からも話が上がってもおかしくない。
と、そんな環境であれば、やっと本格的な調査が始まると、状況を見た人達は思うのだろう。
「えっと、ではなぜ誰かが捕らわれていると?私は馬車の中で大人しくしていたので、大きな物音すら立てられませんでしたけど…」
「それは…、これを使ったからです」
「…フラン?」
黙って聞いていたタニアさんが水を差してきた。
なんだろう、どうにも心配事があるご様子だ。
「大丈夫ですタニア様。考えなしというわけではありません」
「あなたがそう言うならいいのだけど…」
やりとりを終えると、フランさんは自分の右目を指差した。
「これとは?」
「ええ、ご覧になっていてください」
その時、何か岩でも引いたのか、ガタッと馬車が揺れる。
おっと…と左手を座席に付いて体制を崩さないようにするも、同じくこっちによろけてきたイヴを受け止める形になった。
「うわっと…!?」
完全に密着してしまっている。マズイ…これはマズイ!
一方、彼女は顔の熱さ感じる僕には目もくれず、ただ真剣にフランさん見つめていた。
「わぁ、ロットさん…見てください」
「え…えと、何?」
「フランさんの目です」
「め?」
慌てて僕もフランさんの方へ視線を戻す。
「ははぁ…なるほど、それは?」
フランさんの右目は、角膜が金色色に発行し、瞳孔も細くなっていた。
「鷹の目…と呼ばれています。私はこの目で遠くを鮮明に見る事ができ、少しだけですが透視のような事もできます。」
透視ーーなるほど、じゃあ文字通り見たんだ。その護送馬車の中で拘束されていたであろうイヴの姿を。
「ふむ…その能力で実際に見たんですね。具体的にはイヴさんはどんな状態だったんですか?」
フランさんはその問いに対して、首を軽く横に振った。
「ロット様、この目はあなたが想像しているほど便利な代物ではありません。透視といっても見えるものはぼんやりとしたものですし、私の実力では馬車の中に女性が捕らわれた状態で座らされている事ぐらいしか分からなかったんです。」
「そうだったんですか……。フランさんは相談する相手に困った事でしょう。相手が騎士だと分かっている以上、政府に関わりを持っている組織には打ち明けられない。察するにその目の事もあまり公にはしないのでしょう?」
「はい。私がこの目を持っている事を知っているのは、こちらにいるタニア様、ダニス様。そしてあと少数の使用人達だけです。」
「騎士団ねぇ。それで私達を巻き込みたくなくて誤魔化してたのねぇ?水臭いんだから」
「ええ、全て話しても良かったのですが、この話を聞けば、タニア様は確実に面白がって関わろうとするかと思いましたので」
「まぁ、よく分かってるじゃない」
「あはは……」
まだ極めて短い付き合いの僕ですら想像に難くない。
この人は確実に首を突っ込むだろう。
それだけじゃなく、婦人は例の猫が逃げ出して気が気じゃなかった頃だったはずだ。
それも考慮しての行動だったと見える。
「しかし、そこへーー」
「僕がやってきたと。政府と繋がりが無さそうでかつ、街の外の人間。確かにうってつけですね」
話を続けるフランさんは、僕に視線を向けたので、被せて言った。
「申し訳ありません。こんな大事になるとは思っていなくて」
「いえいえとんでもない、これが僕の務めですから」
と、平気な顔をして見せる。少なくともフランさんは悪意を持ってそうしたわけではない。
ただ、なるようになっただけだった。
「その騎士は6人組でしたか?」
「はい、間違いなく。統率者が1人、装備も人それぞれで一般兵には見えませんでした」
「イヴ」
確認のためそう呼びかけ、イヴの方へ顔を向ける。
「ええ、私を捕らえた方々だと思います」
「うん」
と、ここまで聞いた情報を手帳に書き込んできたが、正直なところ新たに得られた有益な情報は非常に少ない。
フランさんがイヴの存在に気づけたのは、例の騎士達がボロ出しただとか、外的要因からではなく。
フランさんが持っていた特殊能力のおかげだった。




