VSニーナ
目の前から鋭い金属音がする、刃がぶつかり合う音だ。
勢い良く踏み込んできたニーナさんの繰り出す一撃を、中途半端に引き抜いたレイピアで防ぐ事ができたのだ。
身構えてたのに間一髪という所だった。
「ら、乱暴だなぁ」
そのまま少し下がり、様子を伺う。
客観的に見ても、完全に交戦状態と言えるだろう。
仕方ないが剣を構えるしかないか……
「へぇ、あなた器用ね。仕留めたと思ったのだけど」
「ふふ……」
「あら、何がおかしいの?まさか一撃を防いだだけで、私の事を侮っているとでも?」
「まさか、むしろ今ので、僕などはあなたの実力には到底及ばないと分かったよ」
「だったら、大人しくついて来てくれるのが利口な判断だと言えるけど。そういうわけではないのでしょう?」
「当然。なにも実力の差があっても勝てないってわけじゃない」
僕はスタット街を訪れてから起こったゴタゴタの数々を思い出していた。
「僕は探偵だ。武力による諍いは本職じゃない。それなのに昨日から妙に剣を抜くことが多くてね、それも大体劣勢の状態で」
屋敷でイヴさんと出会った時の男たち、そして今日はたくさんの騎士に囲まれた。
ーーなんだ、騎士しかいないじゃないか……
「全部ピンチだったけどその度に、喋る猫や、古い付き合いのおっさん。果てはとある婦人や凄腕の執事さんに助けられてなんとかなっていたもののーー正直僕は無力だったよ」
タニアさんやフランさんは他でもない依頼人だ。そんな人まで駆り出してしまった。
「だから、一対一である今この状況ぐらいはーー気合を入れないとね!!」
そう言いながら今度はこちらから仕掛けていく。
多分、彼女を打ち倒すことは僕にはできない。
殺す気でかかったとしても、逆に重傷を負うのが僕の方なのは目に見えている。
だが、そもそも僕に課せられたこの戦闘の勝利条件は、彼女を倒す事ではない。
逃げることだ。
だから逃げるための隙を作らねばならない、それもできるだけずる賢く姑息な手で。
「はぁ!瞬列斬!」
僕にできる限りの素早い連続切り。
最初の一手は避けられ、残りも容易くいなされた。
まあ想定通りだ。
「甘いわ、所詮勢いだけの攻撃ね。今度はこっちの番よ」
すべて対処された僕に対して、再び剣を振るわれた。
「くっ……!っ…!」
彼女の剣術はとても洗練されている、だが命を取る気はないという事も分かる。
決まって狙ってくるのは膝下や、僕が武器を持つ腕など……あくまで無力化を狙うための部位だ。
そして、ある程度騎士団らしい型にはまった剣術だ。
それならば、瞬間で反応する事はできなくても、幾分か次の手が前もって予測できなくもない。
「はぁ!!」
「うわっ……!」
命を取るつもりなんてないーーそんな浅はかな事を考えていた僕の眉間目掛けて、先程よりも気持ち気合の入った一撃が飛んできた。
「あ、あぶな……」
なんとか刃を合わせる事ができて、思わず息を呑んだ。
「へぇ、今のも防ぐ?隙を伺われてるようで気分が悪かったから少し本気が出てしまったわ」
「本当に死んだらどうするつもーー」
ピシッ
ん?なんだ今の不吉な音は……!
音のした方が視界に入るように微かに動かしてみると、その正体がわかった。
えぇ!?なんでぇ!!?
音源はどうやら僕のレイピアだ。
薄くヒビが入っていた。
彼女の攻撃を防ぐ度に妙だとは思っていた。
一撃一撃は見た目より重く、レイピアを持つ手にまでしっかりと響いていて痛いくらいだったからだ。
しかしながら彼女の持つ若干細身の剣に特には変わった特徴は見受けられず、他の騎士が持っていたものと同じもののようだ。
彼女はなおも斬撃を繰り出してくるも、僕は防戦一方で反撃をする機会はなく、少しずつ歩を後ろへと下げていて、隠れていた荷車あたりまでまもなく追い詰められるところだった。
こいつが折れたりしたらシャレにならないぞ……
そろそろやるしかない。
「今だ!!」
僕はわざと大きな声で、そう叫び後ろへとステップを踏んで、腰に括り付けてあるレイピアの鞘を彼女目掛けて投げ込んだ。
それもクルクルと回転させて目を引くように。
次にーー
「まやかしは無駄よ!そこ!」
ニーナさんはほんの一瞬は目を奪われたもの、僕の投げた鞘を避けると、目標に向かって切りかかっていた。だがーー
「え、コート!?」
彼女が切りかかったのは、鞘を投げ込むと同時に、同じく僕が放り投げたコートだ。
僕は逆方向に走り、あるものの袋を積んでいる荷車のロープを切り崩した。
するとムワっと粉が舞う、積んであったのは大量の穀粉だ。
「うっ…コホ…まさかこんな手段で…」
さて隙ができた!反撃だ!
ーーというわけでは、もちろんない。
僕が選ぶ選択肢は決まってエスケープだ。
粉が舞ううちに姿を消そうと走り始めた時だった。
彼女の手に魔法陣が浮かんでいた。
「まずい!」
「ーーフレアガン!」
「無詠唱!?うわぁ!!!!」
僕はニーナさんが放った炎弾を避ける事ができず、熱気に吹き飛ばされてしまった。
体がゴロゴロと転がされ、すぐに立ち上がる事はできそうにない。
「うぐ、はぁ…はぁ…」
「惜しかったわね、ロットンくん」
動けないでいる僕の側まで寄って来た彼女はもはや剣を収めていた。
僕もこれ以上咄嗟の策は思いつきそうにない。
なるほど、彼女が腰に括り付けてある板のような物は、魔導書だったのか。
「妙に…重い剣だとは…思ったけど。魔法で強化でもしてた…みたいだね」
「ご明察、満足したかしら?」
「くそぅ…」
ダメだ、詠唱なしで中級魔法のフレアガンを放つような人をどうにかできるわけない。
そろそろ立ち上がる事ぐらいはできそうだが、白旗を上げるしかないようだ……
しかしそんな時だった、遠くから大きな大きな鐘の音が響き、再び事態は急変するのだった。




