落伍者と魔女と復讐者と
屋敷に忍び込んだダガーの足元には兵士がひとり血を流し横たわっていた。
金目の物を盗んで高跳びを決め込んでいたダガーが泥棒の先として選んだのは領主の館だ。余所者であるダガーには、物々交換がまかり通っているマンバナ村で確実に金品がある場所をここ以外思いつけなかったのだ。ただそれでも彼なりに頭を使ったらしく、竜王討伐のために戦士達は出払っているという目算のもと、屋敷へと足を運んだのだ。そうして裏口から忍び寄り窓を覗き込んで人がいないことを確認する。普段ならばこの時間にゼベがいるはずの厨房だが、今はシルフィーに呼び出されているために誰もいない。
ダガーは「ツイている」と考え、大胆に忍び込む。当然、厨房に金目の物などあるはずもない。いちおう周囲に足音が聞こえないか耳を澄まし、適当な部屋に当たりをつけて物色を開始する。ここでもダガーはツイていた。そこは普段はバンやロベルトが事務を行う部屋なのだが、二人はリンとミンを連れて新しく出来た魔石の管理庫に行っている。ただその部屋は当然高価な品など置いてはおらず、事務に使う道具や書類しか置いていない。ここしばらくの間でロベルトが調べた村の様々なデータは重要なものではあるのだが、ダガーにとってもは意味のない紙の束に過ぎない。
ダガーは「碌な物がねぇ」と吐き捨てて部屋を出る。しかしそこでついに人目に触れることとなった。部屋を出た途端、レンドが連れて来た兵士に見つかったのだ。だがここでもダガーの悪運は尽きてはいなかった。危険地帯とはいえ、村の中に入ってしまえば治安自体は良いマンバナ村。今はレンドが逗留しているので、たまたま兵士がいたが、もともと警備にはそれほど力は入れておらず普段は見張りさえ置いていない。そしてその彼も完全に気を抜いてしまっていた。マンバナ村の人間には見えないダガーを不審に思い声をかけたまでは良かったのだが、まさかその不審者が問答無用で斬りかかってくるとまでは考えていなかったのだろう。ダガーの抜き放った刺突の一撃をあっさりと胸で受け止めてしまう。
「なんだ……やっぱり俺、強ぇじゃねぇか」
自分の技が衰えていないことを確認してダガーは悦に入る。マンバナ村にやって来てしばらく連敗続きだった彼だが、もともと弱い訳ではない。フル装備の騎士が相手でもなければ、そうそう後れをとることはない腕前なのだ。
凶悪に笑い、剣を納めることなく次の獲物を探すように新たな部屋へと向かう。
そこにいたのは長い黒髪の美しい女だ。ダガーはそれほど記憶力に自信がある訳ではないが、これほどの美女ならばさすがに覚えている。シルフィー・ルナ、この村の領主婦人となる女性だ。
「貴方、いったい……!」
「どうやら、また今日はツイてるみたいだな」
血に濡れた抜身の刃を見た後、ドアの隙間から見える倒れた兵士の姿を見て明らかに腰の引けている女を見て、ダガーの唇が野蛮に歪む。
「手っ取り早く言うぜ。金を出せ。金目の物じゃねえぜ。金だ」
「お金……ね」
「そうだ。お嬢様が身に着ける貴金属も悪くないが、今はとにかく金だ。早くしろ!」
怒気荒く叫ぶ。とはいえ、あくまで怒ったふりだ。こういう口調で言うと、相手がさっさと金を用意することはダガーはこれまでの経験で知っていた。
そうして抜け目なく視界の隅できっちりともう一人の人影を捉えていた。10才かそこらの子どもだ。気にしなくてはいけないのは武器を帯びていることだ。腰に下げた小剣。気にする必要がある。
(この村の連中ときたら、ガキでもやたらと強いからな)
ダガーを後ろから殴って昏倒させたのはさすがにもっと年齢のいった少年たちだったが、それでも油断は禁物だ。
「おい、ガキ」
「な、なんだ……?」
「その剣、ゆっくり床に置け」
「え?」
「さっさとしろ!」
ダガーの脅しにもすぐに屈せず、むしろ一瞬、小剣の柄に手が伸びようとする。
(クソが、やっぱりこの村のガキだな)
心の中で毒づき、ダガーはシルフィーの隣にいた少年を早々に斬り捨てることにするのだが――
「リッツ、剣を手放しなさい」
「……っ」
「早く!」
悲鳴のようなシルフィーの声に促されリッツは剣を足元に置く。それを見たダガーは素早く拾うと窓の外へと投げ捨てた。そうしてホッとしたダガーは
「まったく、面倒くせえガキだな」
そう言って、いきなりリッツの腹を蹴り飛ばした。ダガーが道場で学んだのは剣術だけだが、街の喧嘩で鍛えられた蹴足はそれなりに鋭い。腹腔に突き刺さった蹴りは体重の軽いリッツを後方へ弾き飛ばし、彼の身体を後方の壁へ叩きつけた。
シルフィーはそれを見て悲鳴を上げるが、ダガーはそれを見て薄く笑った。
「ほら、さっさと金を出せ」
見せしめのようにリッツの背中を踏むと空気を絞りだされた肺から苦鳴が漏れる。その様子に慌てたシルフィーはすぐに「お金を出すから」とダガーに懇願した。当然だがシルフィーの部屋に現金など置いてはいない。確実にあるのはダボンの執務室だ。
「分かればいいんだよ」
久しぶりに弱者を力づくで従える悦びに浸りながらダガーは意気揚々と部屋を出る。盗みや刃傷沙汰を繰り返しているダガーだが、富裕者の家に強盗に入ることは初めてだった。通常ならば裕福な家ともなると見張りや護衛、そうでなくとも多くの人間が詰めているのが常だ。それがこうもあっさりと思い通りに事が運ぶ。ツキの巡りに満足したダガーは嗤う。
(この村には散々な目に合わされたが、最後の最後でツイてやがる……せっかくだ)
前を歩くシルフィーの姿に邪な考えが滲み出る。
「これも迷惑料だ」
彼の中では極めて正当な暴論を振りかざし、ダガーは執務室へと足を運んだ。




