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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第二章 小さな復讐者と怪物の王
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ガランとリッツ②


リッツ・コーナルルは数日ぶりにマンバナ村の中の集落を訪れた。日は既に中天にまで昇っていた。実際には今朝がたには村に辿り着いていたのだが、ダボンに見つかることを恐れた彼は戦士団が出て行くまで村の近くで待機していたのだ。ザガからもらった弁当のお陰で道中は幾分かは楽だった。荒く挽いた麦をこねて作った団子で木の実が混ぜてあるものだ。味に関しては忠告されていたものの、おかしな味も匂いもすることはなく腹を満たすことが出来た。


(確かにとんでもなく美味しいわけじゃなかったけど……?)


まさかあの男らしいザガが、幼馴染であるグンガに事あるごとに同じく幼馴染だった妻の料理を自慢されるせいですっかりコンプレックスを拗らせてしまっている、などという事実を知る由もないリッツは首を傾げた。何も言われなければ、それこそ素直に満足出来る弁当だったのだ。


(またここに来ることになるなんてな……)


村の中に入ると見覚えのある景色が見えて来る。そこは村の入り口の部分でもある広場だ。最初に来たときは交易団が来たばかりだったので市場が出来ていたが、今はすでに片付けられている。リッツも当初は交易団の護衛の一人として、この村にやって来た。その中には様々な人間がいて、その中でも多かったのは領主であるダボンに手合わせを願う者が何人もいた。今にして思えば、そういった空気もあって気が大きくなっていたのだろう。


(あの人達も今頃は竜王と戦っているのかな……)


中の集落を逃げ出した直後、呆然と荒野をさ迷っていたリッツに声をかけてくれた男。レグウェイという名の男を思い出す。あの時、彼に声をかけられ西の集落についていっていなければ、そのまま当てもなく荒野を歩き続け野垂れ死んでいたことだろう。思えば命の恩人であるはずなのに、碌な礼もせずに随分と恩知らずな別れ方をしてしまった気がする。

恩を返すなら竜王退治につき合うくらいはした方が良かったのだろう。だが今のリッツにはとてもそんな真似は出来そうにない。


「…………ぁ」


思わず声が出た。そこは広場を少し離れた所。その場所に立ったとき胸の中の蛇がざわつき始めた。

そこはリッツが村にやって来て、倒すべき仇である魔女を始めて目にした場所。そしてあの恐ろしい怪物に初めて出会った場所でもあった。

成長の終わっていない子どもの身体とはいえ、その全力の小剣での突きを素手で受け止めた男。樽のような体型に太い手足。顔は丸く団子鼻で目は線のように細い。目にも捉えられないほどの速度で動き、人とは思えないほどの(おぞ)ましい殺気を発する。その怪物の姿を思い出すとリッツの心と身体は硬直してしまう。


あのとき自分は背後に回られて頭を鷲掴みにされた。そこまで力が込められていた訳ではない。背後にいたので、直接姿が見えた訳でもない。だがリッツは確信している。シルフィーが止めなければ、あの怪物はそのまま自分の頭を握り潰してしまうつもりだったのだ。

素手を通してしっかりと伝わって来た明確な意思。


お前を殺す


あのとき浴びせられた殺意を思い出すと、燃え盛るような嚇怒(かくど)も、煮えたぎる厭悪(えんお)も、ドス黒い恐怖に塗りつぶされてしまう。憎い仇を討ち倒すことに意気揚々とこの村に乗り込んだはずなのに、今はもう怒りよりも恨みよりも、ただ怖い。

腰に下げた小剣も結局あれから一度も抜いていない。抜けば、あのときの恐怖がさらにはっきりと蘇る気がした。


(まだまだ蛇が飼いならせる気がしないな……)


そもそも本当にそんなことが出来るのか。ザガは飼いならしたと言ったが、そもそもあの男は特別な人間だ。ザガが出来たからと言って、自分が出来るとは限らない。そもそも以前の言い回しなら克服できない人間の方が多いのだろう。


(……もう傭兵団にも戻れないな)


この体たらくでは無理だろう。剣を抜いて正面から相手と対峙する。敵に近づき、敵の刃が届く範囲に身を投げ出し、敵に斬られる覚悟で剣を振るう。もうそういうことが出来る気がしなかった。敵から離れて使える魔法なら大丈夫だが、そういう問題でもない。まだ幼いと言っても良いリッツが、さらに幼少の頃から訓練し続けてきた鍛錬の結果のほとんどが無に帰してしまったのだ。

リッツは恐怖から逃れるようにその場所を去る。そうして心音が平穏を取り戻したとき、背後から声をかける者がいた。


「あれ? お前、リッツか?」


この村の子どもにしては痩せた、長そでを着た少年はガランだ。


「お前、どこ行ってたんだよ。急にいなくなってよ」

「あ、ああ……」

「竜王にやられたんじゃないかって心配したんだぜ。知ってるか? お前がいなくなった晩に竜王が来て畑を焼き払っていったんだぜ」

「ああ、そうだったんだな」


あの時は怖く怖くて怖くて、もうただ逃げていた。そうして思い出す。自分はこの少年ともあまり良い別れ方をしなかったのだ。


「悪かったな」

「ん? ああ、魔法を教えてくれって言ったことか?」

「そうだ。なんか……ごめん」

「別にもういいよ。出来ないものはしょうがねぇしな」


あっけらかんとガランは答える。思ったよりも気にしていなかったことに安堵するリッツだが、ガランの次の言葉にそうではないとすぐに悟った。


「まぁ、やっぱりもう戦士にはなれないんだって知ったときはショックだったけどさ。そもそも怪我したのは俺の責任だしさ。戦士になれない代わりにバンじいちゃんやロベルトの手伝いするって決めたからさ」

「そうんだんだ……」

「おう。それにここで俺が腐って何にもしなかったらただの無駄飯喰らいだしな」

「お前……いろいろ考えてるんだな」

「そりゃ、俺が怪我してから、もうすぐ半年くらい経つからな」

「半年か……」


兄が死んだのはもう一年以上も前の話だ。その間に自分は復讐以外のことを何か考えていただろうか。


(いいや、違うな……)


そもそも復讐のこともあまりよく考えていなかった。シルフィーのせいで兄のディンは死んだ。それは大枠で間違いないだろう。だが事実そのままではない。


シルフィーのせいでディンは死んだ。

シルフィーが傭兵の仕事を依頼してディンは死んだ。

シルフィーが傭兵の仕事を依頼して、エリオットに破れディンは死んだ。

シルフィーが傭兵の仕事を依頼して、エリオットとの尋常の勝負の末に力及ばずディンは死んだ。

シルフィーが傭兵の仕事を依頼して、エリオットとの尋常の勝負の末に力及ばず、不慮の事故が起きディンは死んだ。


あまりにも過程が抜け落ちてしまっている。だと言うのに、自分はその情報を最初から全部知っていたのだ。考えなかったにもほどがある。


「お前さ、村を出て行くのか?」

「ああ……いや、うん」

「そうか、コーナルルだっけ? 傭兵団に戻るのか」

「いや、どうだろう」

「え? 帰らないのか?」

「うん、帰らないかも」

「じゃあ、どこに行くんだよ」

「分からない」

「何だそれ??」


ガランは首を(かし)げる。そうして少し考えてリッツに言った。


「あのさ、最後に姉ちゃんに会っていかないか?」

「え?」

「無理っていうか……お前、僕があの女にあっても大丈夫なのか?」

「う~ん、大丈夫なんじゃね? だってお前もう姉ちゃんに何にもしないだろ?」

「…………それは」

「そこで何かするって即答出来ない時点で、もう姉ちゃんとケンカする気ないんだろ」

「…………」


押し黙る。

まさに図星だった。今のリッツは剣を抜けないことを別にしてもシルフィーを害せる気がしない。まるで牙を抜かれた犬のようだと思いながらもリッツは不承不承の振りをしてガランの提案に頷いた。


「しょうがねぇな」

「おう、これで……最後だろうしさ」

「うん、そうだな」

「それに今なら兄ちゃんもいないしさ。お前、兄ちゃんにめちゃめちゃビビってるだろ」

「うるさい!」

「ハハハッ」


笑うガランにリッツは噛みつく。

そもそもあの途轍もない怪物を恐れない生き物などいるのだろうかとリッツは考えた。それこそあの強大な竜王ですら、あの怪物を恐れるかもしれない。

今頃は二頭の怪物が荒野のどこかでぶつかっているのだろう。だがそれももう自分には関係のないことだ。もはや傭兵として生きることが難しいと考える彼は最後に踏ん切りをつけるためにもガランとともに屋敷へと向かうのだった。



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