酒と愚痴と落伍者と
その男は村の片隅で酒を飲みくだを巻いていた。薄汚れた服装はマンバナ村のものではない。ダガーという名のマンバナ村の外からやって来た男だ。
「ああ、畜生……」
村の中は喧騒に包まれていた。竜王を倒した宴の準備だ。とは言っても、ダボンが率いる戦士団が西の集落に向かったのは今朝のこと。竜王との戦いなど、まだ始まってもいないだろう。にも関わらず、村人達は戦士団の勝利を疑ってはいなかった。
酒場などないマンバナ村で彼が酒を飲めているのも、宴の準備のどさくさに紛れて一本だけくすねる事が出来たからだ。少なくとも碌に働いてもいない余所者のダガーに酒を譲るものなど一人もいない。
数日前、村にやって来たルナ家の跡取りが竜王討伐のために戦士を集める御触れを出した。竜王討伐で活躍した者は仕官させる。そういう類の知らせだ。それに村の外部からやって来た戦士は歓喜した。彼らのほとんどがダボンとの腕試しに来た連中であり、国で最強の戦士と謳われるダボンを倒したことを喧伝していずこかの家に自分を売り出すことが目的だったからだ。そんな中で剣を持つ彼が竜王討伐に参加していない。戦士の村の人間がそういった人間にどういう目を向けるのか想像に難くない。
「どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!」
もちろん実際には誰も面と向かって彼を馬鹿になどしていない。どちらかと言うと単に相手にしていないだけだ。腕自慢を名乗りながら村にやって来て、強敵と仕官の約束がありながら竜王との戦いに参加しない。つまり腰の剣は臆病者の証だ。もちろんダガーはは最初からダボンと戦うつもりなどなかったのだが、そんなことは周囲には関係がない。
「クソッ、それもこれも、あのクソ領主の所為だっ!」
空になった酒瓶が頭に来たのか、地面に向かって投げつける。
もともと北方の大きな街で生まれたダガーは地元では有名な乱暴者だった。その街の領主に仕える兵士の家で生まれた彼は剣術道場に通うとメキメキと頭角を現し道場で屈指の実力者となった。そこで研鑽を積めば道場主の紹介で領主家に兵士として仕えて、食うには困らぬ程度の生活は約束されていただろう。だが2年の修行で兄弟子のほとんどを打ちのめした彼は調子に乗ってしまった。腕自慢をいいことに評判の悪い連中との付き合いが増え、自身もあっさりと犯罪に手を染めて地元の街にはいられなくなったのだ。そうしてそのまま他所の街でも犯罪に手を染め、転々と街を渡り歩き、最後に辿り着いたのはマンバナ村。後ろ盾のない犯罪者が最後に逃げ込む場所として、ある筋では有名な場所だった。
マンバナ村に入った当初、ダガーは警戒していた。何しろここは辺境にして、古くは流刑の地とも言われていたマンバナ村。噂を知る者からすれば犯罪者の巣窟だ。しかし実際に村の中を歩くにつれ、ダガーは拍子抜けする。何しろそこはのどかな田舎の村だったのだ。しかも彼からすれば幸運なことに、今この村には外部からの流入者が増えておりダガーが身を隠すにはうってつけの状況だったのだ。
多くの武辺者が流れており、そこに紛れ込むのは都合が良い。一年ほど前にこの国の王子とルナ家の娘が痴情のもつれで揉めている話はダガーも聞いたことがあったが、この村の領主との手合わせにはそこまで興味はなかった。だがダガーもこの村での生活の基盤を作る必要があり、領主との手合わせを条件に魔石採取の仕事が斡旋されているのは素直にありがたかった。
何から何まで上手くいっている。
もちろん彼自身が何かをしたわけではない。いわゆるツキが巡っている状態で、そういったことは人生の中で一度や二度はある。大抵の者はそれを素直に感謝しつつも過信せずに日々の生活を送るものなのだが、まれにそうった幸運が自分の実力だと勘違いし調子に乗ってしまう輩がいる。博徒や破落戸の類だ。そしてダガーはまさにそういった人間の見本だった。
そうして彼は調子に乗った。マンバナ村の戦士達が詰める兵舎でのことだ。他の余所者の戦士たちと共に魔石の納入と金額の話を聞く中でダガーは「引取りの金額が安い」と難癖をつけたのだ。そもそも手合わせの教授料が莫大だ。実際に周囲の余所者の戦士達も換金率には不満そうな顔をしていたのをダガーは見逃さなかった。もちろんダガーもここでごねて換金率が変わるとは思っていない。ただこの場にいる余所者の戦士達を味方する振りをしていれば、この後の村での活動がやりやすくなるだろう。そんなことを考えたのだ。
そのまま説明役の戦士に詰め寄る。若い男だ。背は低く体の線も細い。また子どもと言っても差し支えないだろう。
ダガーは相手の胸倉がつかめる位置にまで顔を近づける。実際には掴んだりはしない。本当にいきなり暴力を振るえばこちらの責任になる。だからそういう素振りを見せるだけだ。
適当に恫喝して、相手が怯えた素振りを見せれば、そこでこちらが「まぁ、いいさ」と余裕を見せた態度で見逃してやる。つまらないマウンティングだが、力があることを示すのはこういった戦士相手には大事なことだ。
そんな胸算用をした直後のことだった。ガンッという音が頭の後ろで鳴り、ダガーの意識は暗転した。次に目を覚ましたのは兵舎の外の道端だ。背後にいた別の若い戦士に頭を椅子で殴られて、そのまま気絶したのだと聞いたのは後になってのことだった。
あとはもういつもの彼の人生を踏襲していた。当然のようにダガーに仕事の斡旋がされることはなく、嫌がらせのつもりで領主に難癖つけてやろうとすれば暴力に訴えられる間もなく口だけであっさり一蹴される。中の集落に居場所がなくなり、南の集落に行くと、そこでは「弱いヤツに任せられるのは畑仕事しかない」と断言された。それに激高し詰め寄ると、またしても殴られて(今度は正面からの殴り合いだったが)まるで相手にならず昏倒した。
そこでダガーもようやく気付く。かつての流刑地であり、犯罪者達の逃げ場所が何故こんな牧歌的で平和なのか。何のことはない。この村は戦士と呼ばれる階層の人間達が力で支配しており、その彼らは規律や約束を重んじる人種だったということだ。ダガーもそれなりに腕っぷしには自信があり、内心では「田舎でお山の大将を気取ってやろうか?」などと考えていたのだが、この村の戦士の水準は高い。街の道場で一番になれるような強者がゴロゴロいる。それどころか、そこが最低ラインなのだ。ダガーが南の戦士長と呼ばれる男を一目見たとき、あまりの気迫に腰を抜かしそうになった。あれを相手には万が一もない。10万回やれば10万回、100万回やれば100万回とも殺されるだろう。完全に要求されるレベルが違う。
「クソ、クソ、クソッ、こんなはずじゃなかったのによ」
何度目かの怨嗟を口にする。具体的に誰に対して怒っている訳でもない。何となく感じる世の理不尽さに漠然と彼は怒っている。だから結局はしっかりとした怒りのぶつけ先もなく、盗んだ酒を飲んで荒れているのだ。
もはやこの村にはいられない。もちろん真面目に畑を耕す気があれば、まだやり直す余地はあったかもしれないが、短絡的な思考でこれまでの人生を押し通してきた彼にとってそれは難しい選択だった。
そんな彼が選ぶ選択肢は結局いつもと同じものだ。厄介ごとを起こし見つかる前にその街を去る。
「この村で一番、金を持っているのは……」
規模こそそれなりだが碌な施設も家もない田舎の村。ならば、該当するのはひとつしかない。おまけに今は竜王討伐のために、村の戦力のほとんどが外に出てしまっている。
「こいつも迷惑料だ」
下卑た笑みを浮かべてダガーは呟く。
短絡的であるが故に思いついてからの彼の行動は早い。そのアイデアを形にするため、酔いの冷めぬ足取りのまま彼は目的の場所へと足を向けた。
マンバナ村の人間は戦闘民族なので「こいつ敵」と判断したら容赦なく後ろからでも殴ります。特に描写されていませんが、兵舎でダガーが若い戦士に詰め寄ったときも、アイコンタクトで連携を取って、一人が引きつけてもう一人が後ろから挟み撃ちで攻撃するという狩りの基本が行われています。
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