竜の驕り
眼下に広がる二本足の群れ。それらを炎で薙ぎ払いながら竜王は悦に入っていた。
既に間合いは掴んだ。地表からおよそ二羽ばたきと半分。この高度ならば相手の矢は届くがほとんど刺さらない。逆にこちらの炎の息は十分な効果が期待出来る。一撃では燃えないが、3~4回当てれば小虫共は燃え始める。
他愛ない。
このままの距離を保ち続ければ一方的に蹂躙が可能だろう。だが時間がかかる。数が多いので、もしも散り散りにでも逃げられれば追うのは困難だ。
勝ちの決まった戦い。だからこそ竜王は勝ち方にこだわり始めていた。
そのときだ。
竜王は地面を走る戦車の中でひとつだけ挙動のおかしな一台に気がついた。それは一回り大きな荷車だった。恐らく装甲が分厚いのだろう。それだけが動きが遅く、それどころか先ほどからほとんど移動していない。何よりも先ほどからチクチクと矢を飛ばしてくる他の荷車と違い一度も矢を飛ばしてこず、そもそも矢を飛ばす装置自体が載せられていなかった。
なるほど。
恐らくはあれが群れの中心だと竜王は推測した。その証拠にあれは常に一定距離を保ち、それを中心にして残りの荷車は動いている。あれを潰してしまえば、この規則的な射撃はなくなり二本足の群れは烏合の衆に成り下がるだろう。とはいえ下手に距離を詰めると射撃の的になる。小さな矢は竜王の命を奪うには心もとない一撃であるが、それでも浴び続けるのはそれなりに不快だ。
竜王は考え、ほんの僅かだが高度を上げた。
最初に行ったのは旋回行動だった。最初は楕円。散発的に炎の息で牽制しながら目的の戦車からわずかにズレながら大きく回る。そうして少しずつ旋回の軌道を真円に近づけていき、群れの中心である装甲の厚い荷車に近づいていく。
得物を睨みながら竜王は廻る。この位置ならば矢は届くがほとんど刺さらない。その代わりこちらの炎も効果が薄い。だがそれでいい。
ギリギリの距離を探りながら竜王は飛翔する。速度は荷車よりも竜王の方が格段に速い。気をつけなければならないのは毒針を持つ小虫。あの一撃はさすがに痛い。しかし耐えきれないほどではない。
一気に捻り潰してやろう。
炎で炙り殺すことも可能だが、毒虫には気をつけなければならない。一撃二撃は浴びることは承知の上で竜王は目的の荷車を直接攻撃するために狙いを定めた。
一撃離脱。竜王の巨体を以てすればあの程度の大きさの荷車をひっくり返すのは容易い。衝撃で中の小虫は死ぬだろうし、死ななくとも群れの中心が機能しなくなれば、あとは距離をとって有象無象を焼き殺していけばよい。
竜王は空を円を描いて旋回する。その中心にあるのは群れの長がいるであろう荷車。旋回の円は徐々に小さくなっていく。荷車から放たれる矢は真上に放つことが出来ない。この角度ならば、目的の荷車からの攻撃はない。そもそもあれには矢の発射装置が積まれていない。
今だ。
旋回途中で翼を広げ急制動を駆ける。トンボを切るような動きで角度を整えると、広げていた翼を折り畳み竜王は急降下する。左翼から矢じりが飛んでくるものの、虚を突いた竜王の動きに射手はついてこれず全て明後日の方向へと消えていく。
竜王は加速しながら瞬く間に目標地点との間合いを縮めていく。その距離が一瞬で半分を切る。先ほどはこの距離で左頬に傷のある小虫が飛び出してきたが、今回はそれがない。この荷車には毒針を持った小虫は潜んではいない。
潰れろ!
自らの巨体で圧し潰される荷車とその中身を幻視する。
その一瞬の隙。
瞬きの半分にも満たぬ意識の間隙を縫って、ナニかが竜王の胸を撃ち抜いた。
最初に衝撃。
体内に鋭い何かがめり込んでいく。これまでの鱗に何とか刺さったような射撃とはものが違う。速く、早く、疾い。そして明らかに強い。
音が聞こえて来たのは、その衝撃の後だった。
風を切るどころではない。空気の層を強引に貫通していく破裂音。
更に遅れて空気の振動が波のように全身を叩きつける。
何だ!!?
知覚出来ないほどの速度の何かが自分を襲った。それを竜王が理解したとき、彼はすでに地面へと墜ちていた。




