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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第二章 小さな復讐者と怪物の王
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浪人たち③


肉の焼ける臭いにレグウェイは込み上げてくる吐き気を必死に我慢した。名前も知らない男ではあるが、先ほどまでは苦鳴を上げながらレグウェイに助けを求めていた。彼はもう助けを求めることはない。足元にはそういったものがいくつも横たわっている。幾筋もの黒い煙の上がる空には赤い竜が火を噴いており、まるで地獄のような有様だった。

レグウェイは青ざめた顔で呆然とする。

竜王と戦えば箔がつく。ルナ家に取り立てられ立身出世が望めると思っていた。しかし彼らはまたも考えが足りていなかった。

竜王と戦えば箔がつく。それはそのまま如何に竜王が危険な存在かということだ。

ルナ家が準備した魔法兵の施した防御魔法。薄い水の膜による防御壁によって一度目の炎は防ぐことが出来た。二度目も熱を感じたものの炎の息が届くことはなかった。しかし三度目だ。耐久値を超えた炎の息はレグウェイの隣にいた一隊をあっさりと焼き払った。


(これが竜王か……)


空を舞う竜王は炎の塊を大地にぶつける。それはレグウェイのいる場所からかなり離れていたのだが、彼は思わず身をすくませた。


「レグウェイ、生きてるか?」


問いかけてきたのは仲間のひとりだ。彼の顔色もレグウェイと同様にすっかり青ざめていた。


「ああ……なんとかな。お前は――!」

「クソッ、少しばっかし左腕が焦げちまった。まぁ、そこの全身が黒焦げになっちまった連中よりかはマシだがな」


憎々し気に佩き捨てるものの、空から聞こえる地響きのような咆哮を耳にした途端、再び顔を青くする。痛みよりも恐怖が勝っているのだ。草に引火した火が広がっているのか、平原の一部が赤く染まっていた。


「クソ、クソ、クソッ、怪物め!」


赤い鱗に覆われた巨体に皮膜の張った翼、それに牙や爪。どう見ても人外の存在に、わざわざ怪物と罵る姿はどこか滑稽だ。だがその滑稽さをレグウェイは笑うことが出来なかった。何故なら彼も同様だからだ。

抜け駆けして挑んでやろうと思っていたのは、つい先ほどの話。だが今はもう怖くて足が動かない。だがそれは幸いだったのだろう。彼は後で知ることになるのだが、そういった考えを持って近づいていった戦士はほぼ全員が炎を浴びて死んでいた。


(どうして俺はこんな怪物と戦おうなどと……)


竜王が人間よりも、自分よりも強いことなど分かり切っていた。だというのに、今の今までレグウェイは自分が命を落とすことなど考えもしていなかった。

弱い自分が死なないと思い込んでいた。その理由は簡単だ。戦う前から誰もが「勝てる」と言い切っていたからだ。マンバナ村の戦士達は「竜王など大した敵ではない」と言い放った。他の村人も「竜王を狩ったら宴だ」と大いに盛り上がっていた。ルナ家から派遣された騎士達は勝った後の仕官のための話をする。そうして自分達の総大将であるルナ家の御曹司。細面の黒髪の貴公子は断言した。

君たちは強い。自分たちは勝てる。竜王を倒した暁には騎士団の席を用意しよう。

力強い声と耳障りの良い言葉だった。他人の上に立つ人間というのはこういう人種を言うのだと、レグウェイも思わず見惚れたものだ。

思わずレグウェイの脳裏に「騙された」という思いが去来するのだが、すぐに(かぶり)を振ってその邪念を追い出した。

確かにレンドは自分達をその気にさせるために思わせぶりな言葉と身振りで自分達を誘導したのだろう。だがそれに乗ったのはレグウェイ自身だ。何よりもレンド自身が自ら指揮を執り、自分達を同じ戦場に立っている。

しかし、だからこそ絶対に自分が死ぬはずはないとすっかり思い込んでしまっていた。

両腕は垂れ剣先は地面を向いている。そんな時だ。

遥か後方で炎を吐いて暴れていた竜王の身体が空中で僅かに仰け反った。


「何だ?」


空を飛んでいるので分かりにくいが、まるで腹を殴られたような仕草だった。その疑問に答えたのは背後にいる一団だった。


「おっ、ありゃ、オヤジさんだな」


粗末な衣服を身に着けた一団だった。革を加工して作った軽装の鎧に手には槍を持っている。マンバナ村の戦士達だ。


「あれくらいの距離なら、俺の槍でもやれそうだな」


真ん中にいるのは大柄な戦士達の中でもひと際体の大きな男だった。村の中にも10人だけいる鬼子と呼ばれるマンバナ村の中でも特別に強い戦士。名をガイガと言った。戦士長達に次ぐ力を持つ彼は不敵に笑うと、近くにいたルナ家の魔法兵に向けて言い放った。


「おい、アンタら、さっきの火を防ぐ魔法、もう一回かけてくれよ」


脅している訳ではないのだが全身から溢れた気迫のせいで魔法兵の男は一歩後ずさるのだが、彼が味方だとすぐに思い出し水の防御膜を施していく。連続して魔法をかけ終わると、魔法兵の胸につけた護符や杖の先の石が紫から黒に変わる。自身にかけられた魔法に満足したのか不敵に笑い、ガイガは同胞の戦士達に向かい言う。


「よし、これであと何回か火を浴びても大丈夫だな」


その言葉にレグウェイは肝を潰した。彼らにまるで竜王を恐れている様子がないからだ。それは鬼子であるガイガだけでなく、後ろにいる戦士達も同様だ。強いには強いがレグウェイとそこまで力の差がない鬼子以外の戦士達。彼らもガイガと同じ笑みを浮かべていた。


(やはりこの村の連中はおかしい)


その事実にレグウェイは得体の知れない不気味さを感じた。

そもそもの在り方が違う。そして彼の不気味な印象を裏付けるように、この村の戦士達は()()()()と意志を以て仕組まれている。情報を操作し、教育を制限し、戦うための徹底した思想教育がされているのだ。だからこそ強い。

ガイガは凶暴な笑みを(たた)えながら青牙騎士団の騎士に尋ねた。


「……で、騎士殿よ。どうするんだ? 他の隊と合流するのか? 若様は何て言ってる?」


その問いかけに問われた騎士はまるで異国の言葉を聞いたかのような違和感を感じた。それはおおよそ戦鬼のような狂笑を浮かべた人間とは思えないような理知的な問いかけだったからだ。

好戦的に笑いながらも無謀に突っ込んだりはしない。彼らは全員が優秀な戦士であると同時に練度の高い兵士であることを騎士もレグウェイも改めて思い知る。

騎士はすぐに通信魔道具でレンドの支持を仰ぐ。部隊再編の指示はすぐに伝えられガイガたちは「そうか」と頷くとレグウェイを一瞥(いちべつ)することすらせず戦士達を引き連れる。

遠ざかっていく背中をレグウェイは呆然と見送る。

マンバナ村の戦士達は進む。その先には翼を広げ飛翔する竜王の姿があった。



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