竜の誤算
炎の息とバリスタの矢。幾度かの刺し合いの末に、竜王は飛んでくる矢の発射位置に法則性があることに気がついた。特にこの矢は真下からは襲ってこない。ならば答えは簡単だ。一か所に狙いを定め、多方向からの被弾を多少は覚悟しながら、一か所ずつ車輪のついた発射台を潰していく。それを繰り返すだけで、このやかましい射撃は止むはずだ。
竜王はひとつの戦車に狙いを定めて急降下する。その間にいくつかの矢が彼の鱗を貫いたが、ほとんどは浅く刺さるだけで大した被害与えることはなかった。
戦車は眼前に迫っている。この角度では矢の一撃はない。後はこのまま炎で地表を蹂躙する。陣形が崩れたところに爪の一撃、尾の一撃を振るい、小虫どもを薙ぎ払うのも良いだろう。
口腔に熱が生まれる。炎の息だ。それが地表に向けて放たれる寸前、何かが大地で弾け飛んだ。
それは彼が小虫と見做している二本足の生き物だ。
左頬に傷のある男だった。すでに初老の域に達しているのだが手足は丸太のように太い。雷鳴のような怒声を響かせ、未だ中空にいるはずの竜王に迫る。握っているのは戦斧。彼は知らないが、それはこの村において領主の棍棒に次ぐ重量を誇る得物だった。
男は飛べるわけではないのだが、高度を落とした竜王はすでに跳躍する彼の間合いの内に収まってしまっていた。
標的に到達した、この村で三番目に強い男は竜王の腹に戦斧の一撃を叩き込んだ。
赤い鱗が叩き割られ、ズンとも、ドンとも、聞こえるような、まるで爆発音のような音と衝撃が腸を掻き混ぜる。竜王はこの戦いが始まって初めて痛みというものを感じていた。
竜王は身構えるのだが、二撃目はない。飛翔できない傷の男は竜王に痛打を与えると、そのまま地面へと落ちて行ったのだ。
彼にとって、それは酷く屈辱的な経験だった。
何しろ彼は最強の存在としてデザインされており、それを彼自身本能として知っている。その自分が小虫に過ぎない二本足を恐れた。
赦さない。
怒りに任せて火を噴いた。それは自分が安全圏内である距離からだ。その事実に彼はさらに憤り炎の吐息を吹きつける。
あまりの恥辱に目の前が白く染まっていた。そんな彼の頭を冷やしたのは眼下から聞こえてくる悲鳴だった。
燃えている?
先ほど怒り任せに炎を叩きつけて小虫の群れ。その一角が燃えていた。炎を浴びせられた小虫は叫び声を上げ、バタバタとのたうちながら地面を這う。二本足が無様に四本足になるその様に彼は気を良くし、裂けた口の端から乱杭歯が見えた。人間ならばニヤリと嗤った表情なのだろう。あの一角は念入りに炎をぶつけた部分だったはずだ。
なるほど、何度も火をぶつければ燃えるのか。
理解した。二本足の小虫は何度も火をつければ燃える。小虫の中には毒針を持つ危険なものもいるようだが所詮は小虫。距離をとって空を飛んでいる限り、その毒針は届かない。方法は単純だ。それを実行するため、彼は地は這う小虫に炎を浴びせかけた。




