戦いの始まり
翼を広げて飛来する巨大な赤い竜を見てレンドは呟いた。
「来たな」
爬虫類を思わせる巨体は赤い鱗で覆われており、背中には蝙蝠のような皮膜を張った翼。首は長く、裂けた口からは乱杭歯が覗く。
改めて見たが大きい。巨大な翼抜きにしてもちょっとした屋敷ほどの大きさだ。これだけ大きな生き物が空を飛んでいるのをレンドは初めて見た。
彼が今乗っているのは特別性の装甲馬車だ。馬型のゴーレムも一回り大きく、馬車張り付けられた装甲板も分厚い。戦場では指揮官が用いる馬車だ。中に置かれた小さな机の上に図面が広げられ、その上にはコインのような駒がいくつも配置されていた。
中にはレンドの他に幕僚である老騎士が一人乗っている。レンドよりもはるかに年が上なのだが、その表情はレンド同様強張っていた。この軍の司令官はレンドだ。彼からすれば用兵術を齧ったことのある若造ではあるのだが、そのことに憤ってはいない。ただでさえ実戦の機会が少ない、この国の騎士。それが相手が竜王ともなれば戦い方の正解など知るはずもない。加えて言うなら、彼は9年前のルナ領での魔物の大氾濫の対処に駆り出されている。あの戦いはマンバナ村の戦士達が参戦していなければ、泥沼化していたのだ。魔物との戦いにあまり良い思い出がない。だからこそ逆にこの御曹司が自ら責任を取る立場に立ってくれて内心では安心していた。
「レンド様」
「ああ……」
幕僚に促されレンドは手元にある機器を手にした。音声のみを伝える通信用の魔道具だ。
「レンド様?」
「……いや、何でもない」
自分の手が震えていることに気づかない振りをしてくれた老騎士に感謝しつつ、若き司令官は「始め」と静かに言う。これが開戦の合図となった。
最初に動き出したのは魔法兵だった。腕や胸には魔石を埋め込んだ護符がつけられており、全員が統一規格の杖を手に持っている。その杖の先にも紫色の石がはめ込まれていた。各部隊に一人ずつ配置された彼らが使うのは水の魔法だ。杖の先端を戦士達に向けると魔法で出来た水の皮膜が戦士達を包み込む。防御の魔法が終わると、腕につけた紫色の石が黒くなって割れる。
「防御準備整いました」
老騎士の報告を聞き、レンドは再び口を開いた。
「バリスタ隊、放て」
一拍置いて、各戦車に積まれた攻城兵器から次々と矢が放たれた。20台の戦車から矢が放たれる。それもただの矢ではない。槍のような太さと長さの鋼鉄の矢だ。放たれた矢じりは軸に埋め込まれた風の魔法が込められた魔石により加速され、放たれて尚も加速する。
巨大な赤い飛竜は前方から飛来する小さな杭が悲鳴を上げながら近づいてくるのを聞いた。攻城兵器の存在を知らない竜王は不可思議に思いながらも意識を小さな杭に向ける。僅かに遅れてにチクりとした痛みが腹部を襲い、竜王は思わず飛び上がった。
「効果は?」
「刺さってはいます」
矢じりが赤い鱗を貫いたのを確認して幕僚は答える。
「ただ高度が上がったことで後続の矢はほとんどが弾かれてしまっています」
「もう少し引きつけるべきか……敵の高度と距離を随時確認。射程を50から40に変更。炎の息に気をつけろ」
指示が飛ぶ。効果が薄いが悪くない状態だとレンドは判断する。
今回の作戦で一番悪い想定はこちらが手出し出来ない高度から一方的に炎の息で焼き殺されることだ。だからその前になるべく遠い射程でケリをつけたかったのだが、さすがにそれは虫のいい話だったようだ。
「まずは予想通りですね」
「ああ、リーチはこちらの方が長い……とはいえ、そこまで息の射程が長かったら、過去のマンバナ村の戦士達が勝てるはずがないのだがね」
聞いた限りでは過去のマンバナ村の戦士達は弓矢で戦ったらしい。レンドは地図の上に置かれていた駒に指を伸ばす。ひと際大きな赤い駒は竜王、数字の書かれた駒は戦車隊のものだ。
「バリスタ1番はAの1からBの1に、バリスタ7番はHの5からGの6に――」
パチリと音が鳴り数字の書かれた駒が動かされる。装甲馬車の外部にいる見張りから伝令が伝えられるたびに、レンドは駒を動かす。その指示に従いバリスタを積んだ戦車は走る。
「さて……思ったように動いてくれるものか……」
魔物の行動原理はシンプルだ。人間を殺す。ただそのためだけに彼らは行動する。それ故に完全に引きつけれれば逃げ出すことはない。相手を殺すか自分が死ぬまで戦い続けるのだ。
「まずは完全に引きつける」
それまでに如何に陣形を整え竜王を追い詰めるか。盤面を見下ろしながら、レンドは空を舞う竜王を睨みつけた。




