御曹司と領主と盟約と
「さすがに疲れたね……」
中の集落にあるダボンの屋敷、その一室。強行軍を終え戻って来たレンドはため息を吐いた。テーブルの上にはカップに入ったお茶。茶葉は大したものではないが、淹れ方が見事なのかそこまで悪い味ではない。食事のときにも感じていたのだが、この屋敷の侍女の腕は悪くないとレンドは感じていた。
それを一口飲んでレンドは考えに耽る。
決して近いとは言えない三つの集落を四日かけて回る。馬車に乗っていたとはいえ、レンドにとっても体に堪える旅だった。
(首尾は悪くなかった。それどころか上々と言って良いだろう)
マンバナ村の三人の戦士長に会ったが、その誰もがルナ家に好意的だった。最大の障壁と思っていたダダンでさえもだ。
(だが……)
不満は残った。それもひどく贅沢な不満だ。そしてそれは彼自身理解していた。
あまりにも順調過ぎたのだ。
(いや、違うな)
不満に思ってしまったのは順調だった原因だ。
戦士長達との会談が順調に進んだ原因。考えるまでもなく妹だ。彼女は驚くほど鮮やかに村中を掌握していた。若者も老人も、農民も戦士も、多くの者から満遍なく好かれていた。人気という意味ではダボンをも上回っているというのがレンドの感想だった。そんな彼女が同行しているのだから、話がこじれるはずなどない。
だからこそ不満が残る。彼は本当なら当主として恥じぬ自信を得るために、いわば武者修行のつもりでこの蛮地にやって来た。いけ好かぬ中央の貴族の若造に反発する荒っぽい田舎者達を説き伏せていく。妹からは力試しと揶揄されたが、そういう試練を期待していた。
(成人して10年も経つようないい大人が……我ながら情けないね)
自嘲する。計画が順調に進んでいるのだから素直に喜べばいいのだ。戦力を結集すれば竜王には問題なく勝てるだろう。特大の魔石はルナ家の財政を潤す。ここで実績を積んでおけば気難しい戦士達との中を取り持つきっかけにもなる。そうなればいずれ作る街にとっても好材料となる。何も問題はないのだ。
こういう部分を飲み下せないところが自分と父親との違いなのかもしれないとレンドは考える。
(そう……何も問題は起こってなどいない)
そう言い聞かせて残ったお茶を飲み干すとレンドは立ち上がった。
自らを鼓舞して向かうのはダボンのいる執務室だ。戻って来たばかりのレンドだが数日後には竜王討伐が始まる。すぐにダボンと打ち合わせをする必要があった。
「妹が寝ている間に手柄を横取りする……というのはさすがに自嘲が過ぎるか」
自分で言ってみて苦笑いする。強行軍から戻ってきた兄と妹だが、体力のないシルフィーはさすがに疲労困憊といった様子でそのままベッドに直行していた。
妹は十分に仕事をしてくれたのだから、ここで役に立たないとさすがに立つ瀬がない。
思い直してダボンの元へと向かった。
◇
樽のような体型に、丸顔の真ん中には団子鼻。目は線を引いたように細い。村に来たばかりの頃は恐ろしく感じたダボンの顔だが、何度か顔を合わすうちにレンドもさすがにダボンの顔も慣れてきていた。
(ただ……油断はしないようにしないとね)
マンバナ村に向かう前に父であるザカードから「ダボンの本気の気迫を浴びればお前では保つまい」と忠告されていた。意味するところを完全に理解してはいないものの、この大柄な少年を怒らせて良い場面というのはあまりないだろう。そのことを重々承知しながら、レンドは戦士長達との会談の結果をダボンに伝えていった。
「では戦士長たち全員からは色よい返事をもらえたのですね」
「ああ、全員がダボンの策と、ルナ家がそれを全面的に支援することに意を唱えなかったよ」
「それは良かった」
「とは言っても、ダボンも彼らが強硬に反対するとは思っていなかったんだろ?」
「そんなことはありません。グンガなんかは本来なら面倒な相手のはずなんです」
「グンガ殿が? 最初から歓待してくれて揉めそうな気配なんてなかったが?」
「それはお義兄さんが順番を守って会いに行ったからです。グンガはダダンを尊敬しています。あの人が今でも戦士長の三番手を自称しているのは、長年村を守り続けているダダンに敬意を払ってのことです。逆にザガとは若い頃からのライバルなので、あの二人はよく揉めるんです」
「そういえばザガが目立つのは気に入らないと言っていたね」
「やっぱり言っていましたか」
呆れた声でダボンは言う。聞けばダボン自身も直接は知らないが、二人が子どもだった頃はそうとう激しくやり合っていたらしく、エスカレートしたときにそれを宥めるのがダダンだったらしい。
「何はともあれ各戦士長達の了承は得た。あとはそちらに任せていたものだが……」
「バリスタをバラシて組み直してみましたが多分大丈夫です」
「ああ、私も見たよ。ザガ殿に会っていなければ、あれが使えるとはにわかに信じがたかっただろうね」
そういう意味でもあの男に直接会っておいて良かったとレンドは考えた。
竜王を倒す準備はちゃくちゃくと整っていた。その後、レンドは各集落にいた余所者達を戦力として使う事、さらにルナ家に召し抱えることをダボンに説明する。
「それは助かりますね。あの連中には面倒ばかりかけさせられていますから」
「それはザガ殿もダダン殿も言っていたね」
「そうでしょうね。以前、余所者の仕事と言えば畑仕事でしたが、もう耕せる土地は多くはありません」
「水かい?」
「ええ、小さいながらも川の流れる中の集落はまだしも、南や北の集落は農耕には向いていません。そもそも狩猟で成り立っていた村ですから」
「ふむ、そうだね……」
飢饉で一時的に減った人口も徐々に回復しており、数年後には元の人口を上回ることは間違いないらしい。増える人口、足りない食料、流入してくる外部の人間。この村には新しい仕組みが必要だ。
「ひとつ提案があるのだけども……構わないかな?」
「何でしょうか?」
「竜王を倒した後の話さ」
「竜王を狩った……後ですか?」
「ああ、悪くない話だと思うよ」
レンドは語る。
聖女アリスが提案した蒸気機関の件、鉄道の件、そのために魔石をなるべく確保しておきたい件、これまで何度も立ち消えになっていた大山脈を開発する件、それを踏まえて多くの労働力が必要な件。
「だから僕はこの地に新たな街を作りたい。マンバナ村の戦士達を中核に大山脈の魔物を狩る新たな戦士団を作るんだ。もちろん金はルナ家が出す。ダボンにはその新たな街の太守となって欲しい。どうだい? 悪くない話だろ?」
「それは……余所者を戦士として活用するということですね」
「そうだね。放っておいても人は流入する。なら、いっそもっと呼び寄せて労働力として使えばいい。幸いにもマンバナ村の戦士達は押しなべて強い。余所者が入って来たとしても、不当な地位に身を置くことはないだろう。何しろ新たな街では、それまで以上に強さを求められるだろう。ダボン……聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
「盟約の話は聞いているかい?」
盟約。
それはダボンにとってもレンドにとっても重要な意味を持つ言葉だった。
ランディール王国の四大貴族であるルナ家。そこには昔から奇妙な言い伝えがあった。それは『ルナ家の初代当主は闘神と盟約を交わした』というものだ。盟約の内容も不確かなもので、闘神というのがどういった存在だったのかということも、もはや詳しくは残っていない。ただひとつ確かなことは、大山脈のふもとであるルナ領の最西端には辺境の村があり、そこにいる戦士達は魔物を狩り続けて魔石をルナ領に供給し続けているという事実だ。
「魔物を狩って魔石をルナ家に渡す。その代わり僕らを放っておいて欲しい……それだけは聞いています」
「ルナ家でもその程度しか伝わっていないよ。おとぎ話のような、でも確かに200年前に結ばれたと言われている盟約だ、ねぇ、ダボン――」
レンドは言った。
「新しい盟約を結ぼう」
「新しい……盟約?」
「そうだ。200年前に君の先祖はどこかからやって来てこの国に流れ着いたんだろう。僕の先祖は君達の先祖に王国民としての身分を与える代わりに魔石の供給と大山脈からやって来る魔物の処理を依頼した。そうして恐らくは流浪の民であっただろう君達マンバナ村の先祖たちは安息の地を得た。きっとそういう話だったのだろう」
「僕もそう思います」
「200年前の闘神はルナ家の初代当主に“放っておいて欲しい”と申し出た。だが200年の時間が経ち、時代は進んでしまった。かつては一つの集落しかなかったマンバナ村も四つの集落を抱え、住民の数は増え続けている。新しい時代には新しい盟約が必要だ。だから僕と君の間に新しい盟約を結ぶんだ」
「それは……」
ダボンは言葉を区切り黙り込む。頭の中ではレンドの言葉を吟味し咀嚼しているのだろう。普段から細い目は刃のように細められ、眉間に皺が寄る。
(悩んでいる……まぁ、当たり前か)
200年間続いていた慣習を自分の代で止めましょうと言われたら、誰でも怖気づく。実際にルナ家の歴代当主、それこそザカードでさえも大山脈に手を出すことは考えても実行には移さなかった。しかしそれは200年の間、世界に大きな変化がなかったからだ。
(だが彼は必ず新しい盟約を選ぶ)
以前会ったときはただの恐ろしい男という感想しか残らなかったものの、向き合って話してみると物の道理の解った男だった。特に利に聡い。シルフィーにダボンの人となりを尋ねたときの答えも同じような印象だった。だからこそ理詰めで話せば納得してくれるだろう。レンドにはそんな確信があった。
そうして十分に時間をかけたダボンは陰に入った表情のまま、言葉を搾り出した。
「その話は……お断り出来ませんか」
言葉尻こそ疑問の形を取っていたものの、表情は明確な拒絶を表していた。
「何故だい? 余所者はこれからも流入し続ける。その受け皿を作った上で利用する。ルナ家の資本が入れば、この村もさらに発展する。いい話だと思うのだけど?」
もちろんいい事ばかりではないだろう。一番最初に思いつくのは村の戦士達の心証だ。魔物を狩ることに誇りを持っている彼らにとって、他所から来た連中が魔物と戦うことはけっして面白い話ではないだろう。現状で余所者が流れ込んで来て不快な思いをしている村人も多いのだから、さらに余所者が流れてくれば不安に思うものもいるだろう。だがそういったことを踏まえた上で、村を発展させていこう。これはそういう話だ。
「このまま人口が増え続ければマンバナ村だけでは支えきれなくなるよ。もちろんルナ家としては援助はするが、それにも限度がある……いや、父も僕も採算を度外視して援助をしても良いと思っているが、それは君がこの村にいるからだ。はっきり言おう。もしも君の後を継ぐ者が君よりも弱ければルナ家は援助を大幅に減額する」
ダボンは強いが、それでもいつかは年をとって死ぬ。もしもそうなったときマンバナ村の経済が自立出来ていなければ待っているのは破滅だ。そしてそれはこのまま無策でいれば確実に訪れる未来だった。
「……………………それでもです」
しかしそれでもダボンは答えた。
「その話はお断りさせていただきます」
もう一度言う。
それは焼けた鉛を飲み下したような声だった。




