南の戦士長グンガ
「解った。協力するぜ」
両脇に女性を侍らせた大男はレンドの申し出に快く了承した。
肉厚な男だった。ザガやダダンも巨漢だったが、この男は横幅が広い。ガッシリとした骨格に密度の高い肉を鎧のように纏っている。近づくだけで熱気を感じるような肉体の持ち主、南の集落の戦士長グンガだ。
唐突に訪れた西の集落や、伝令を送ってから到着まで間もなかった北の集落と違い、レンド達が来訪することが解っていた南の集落では歓待の準備が整っていた。無論、国の中央に出入りするレンドからすれば粗末なものであるが、南の集落がルナ家を歓迎することは十分に理解出来るものだった。
「協力に感謝するよ」
「こっちこそ、ルナ家には世話になってるからな。それにシルフィー様を前にして断れるわけがねぇ。まぁ、ザガの野郎が一番目立つ作戦だってトコだけは気に食わねぇが」
「発案はダボンだよ」
「だから余計に文句が言いにくいんだ。アイツは知恵が回るからな。だがアンタ達に従うのに文句はねぇ。それに余所者をまとめて追い出してくれるのもありがたい」
「追い出す訳じゃないんだけどね」
「どっかにやってくれるなら十分だ。全くあの連中ときたら厄介ごとばかり起こしやがる」
最近、流入してきた余所者達だが、南の集落でも問題が起きているらしい。聞いてみると、つい先日も力不足の余所者が畑仕事を斡旋されたことに怒り騒動を起こしたらしい。
「まったく弱っちいから代わりに仕事を紹介してやったってのに恩知らずな話だぜ。勝手に狩りにでも出て魔物にやられちまってくれれば後腐れもないんだが、そういうヤツほど口ばっかりで村に居座りやがる」
「なるほど、ザガ殿も、ダダン殿も言っていたが、他所から来た連中というのは色々と問題を起こしているんだね」
「そうだ。今はそれほどじゃねぇが、これ以上数が増えたら厄介なことになるかもしれねぇ」
「ふむ、そうだね……」
一息ついてレンドは考える。
(余所者の受け皿……雇用か。新しい街づくりには丁度いい。だけどマンバナ村の戦士達の機嫌を損ねるのも問題だ。彼らの矜持を傷つけず新しい形の戦士団を作る必要がある。そう考えるとやはりザガに最初に会い行ったのは正解だったな)
今は竜王退治の後について語る必要はないと判断したレンドは含みを持たせて応えた。
「それに関しては今後も何とかなるかもしれない」
「何? 本当か?」
「ああ、ただし、まだきちんと形になっている話ではないからね。ダボンと相談してからになるが恐らく問題は解決するだろう」
「そうか、そいつは助かる。さすがはルナ家の若様だ」
多いに喜ぶグンガを見てレンドは薄く微笑む。その隣ではシルフィーが「また何か悪だくみを考えてるのか?」と横目で見るものの、父や兄が悪だくみをするのはいつものことなので、この場では追及することもなく大人しくグンガに対応していた。
(別にマンバナ村が損をする話じゃない。むしろ得をする話だ。もちろんルナ家もね)
要はパイの分け方の問題だ。全員がもらえると分かっているパイを上手に切り分ける。全員がもらえるから損をする訳ではないのだが、配分が偏ると文句を言うものが現れる。それをどうやって誤魔化すか、もとい納得させるか。もちろん中にはパイが嫌いなひねくれ者もいるだろうが、そういう例外はごく一部なのだから必要以上に気にしても仕方がない。
レンドは心の中で「上手に分けてみせるさ」と決心すると、笑みを浮かべたままグンガに視線を向けた。少なくともこの男はレンドの分けたパイを喜んで受け取るだろう。そして彼は平等に配分するつもりはないが、出来るだけ大きなパイを準備するつもりだった。
「ルナ家は出来うる限りマンバナ村に便宜を図ることを約束するよ」
「そいつはありがたい。シルフィー様がこの村に来てから怪我をして戦えなくなる戦士が減った。灯りの魔石器機も都合してくれたし、何より塩や香辛料のおかげで飯が旨くなった」
言いながら両脇にいる女性に視線を送る。やや年齢差のある二人。5人いるという妻の内の一番上と一番下の女性らしい。マンバナ村の多くは一夫一妻だが、戦士の中でも特に力が認められている者は多くの妻を娶ることが奨励されている。強い血を残すためだ。グンガは現在もっとも多くの妻を持つ男だった。
「コイツらにも、もっと良いもんを着させてやりたいしな」
「グンガ殿は愛妻家だね」
「何だ。若様は違うのか?」
「なるべく相手をするようにはしているさ」
「そういう言い方をしてる内は、ちゃんと相手は出来てねえな」
「グンガ殿は手厳しいね」
レンドは苦笑する。
グンガは前もって聞いていた通りの男だった。良く言えば素直、悪く言えば単純。レンドにとってはもっとも組みしやすいタイプの人種だった。
(とはいえ、これだけ好意的なら策を巡らす必要はないな)
三人の戦士長との会談だが、肩透かしを食らったと言って良いほど順調だった。強いて言うならザガだけは食えない男だったと言えただろう。だが、そのザガでさえルナ家には友好的だった。
「若様も、そういう所はダボンを見習わねぇとな」
「ダボンをかい?」
「ああ、そうだ。姫様よぉ。アイツはアンタのことを大事にしてくれてるだろ?」
急に話を振られてシルフィーは顔を赤くする。その反応にグンガは大いに気をよくしたのは呵々大笑した。
「そうだろ、そうだろ。アイツときたらシルフィー様が来て以来別人みたいになっちまったからな」
「別人……そうなのかい?」
レンドは思わずシルフィーを見るが、自分が来る前のことを彼女が知るはずもない。それに気づいたレンドは自嘲しながらグンガに向き直る。
「シルフィー様が来るまでは不愛想な顔しかしないヤツだったんだ。親父が死んでからは特にだ。昔はもっと可愛げのあるヤツ……でもないか。まぁ、そんなヤツだったんだ。もっとも文句なしに強いし、長としての仕事も十分に果たしていたから別にいいんだが、あの面は気に入らねぇ」
「今でもあまり陽気には見えないけどね」
「前はもっと陰気なヤツだったんだ。こいつらはよく怖いと言ってたよ」
そう言って両脇の女性に視線を送ると、グンガの二人の妻は遠慮がちに笑う。まさかダボンの婚約者を前にしてそうだとは答えられないのだろうが、その表情がグンガの言葉が真実だと告げていた。
もっともその話はレンドもシルフィーも解らなくはない。
ダボンの目は感情の読み取りにくい細目で、表情も豊かとは言い難い。あまり知らぬ者ならば怖いという印象も仕方がないだろう。シルフィーも以前、自分が来てからダボンの雰囲気が柔らかくなったという話は聞いたことがあった。
(悪いことではないな)
むしろ都合が良いとレンドは考える。ルナ家にとっても、シルフィーにとっても、村にとっても、そしてダボン自身にとってもだ。
「そうなると跡取りが生まれるのが楽しみだね」
何気なくレンドは言う。グンガも「まったくだ」と豪快に笑う。彼の妻たちも楽し気に微笑む。そうしてシルフィーに視線を合わせようとして――
「シルフィー?」
妹の視線が露骨に泳いでいることにレンドは気づいた。
「どうしたんだい?」
「い……いえ、何もありません」
「そうかい? あまり、そうは見えないが――」
そこまで言って、レンドは「もしや?」とある可能性に思い至る。そうして言葉にするかどうか一瞬だけ迷い「あまり上品な話でもないし、まぁいいか」と流そうと心の中で決めたのと同時だった。
「何だ、ダボンのヤツ、まだ姫様に手を出していないのか」
心遣いを台無しにする声がグンガから放たれた。
「アイツは昔から女に興味がないからな」
「そ、そうなんだね……」
「ああ、14の誕生日のときにうちの姪をあてがってやったのに、不機嫌そうに追い返しやがってよ。袖にされたニンナは周りから笑いものにされて結婚が遅れちまったんだ」
「それは災難だったね」
「まったくだぜ。まぁ、ニンナも去年結婚したし、玉なしだと思ってたダボンにも良い嫁が来た。もっとも、まだアイツが玉なしじゃないと証明されたわけじゃないがな!」
遠慮など欠片も見せることなくグンガは大笑いする。
シルフィーは赤い顔をして目を背け、グンガの妻たちはそれを微笑ましそうに見守り、グンガはさらに大笑いした。
王国自体は一夫一妻が一般的なのですが、マンバナ村は独自の文化圏なので一夫多妻制です。とは言っても、多くの妻を認められているのは上位の戦士階級だけです。畑を耕している村人や、大半の戦士は奥さんひとりだけです。その中でもグンガは子どもが16人いる大家族です。きっといっぱい稼いでいるのでしょう。
若干女性蔑視の風潮が香る本作ですが、あくまで作品世界の価値観ですのでご理解ください。それでも「まぁ、いいよ」という方は、ブックマーク、ポイント、感想などお待ちしております。




