北の戦士長ダダン
落雷のような大声が集落に響いた。
「よく来たな。ルナの若様。儂は北の戦士長をしとるダダンだ。歓迎するぞ! 姫様もよくぞ遥々来てくれたぁ!」
すぐ目の前にいるというのに大声で喋る。別に怒っている訳ではない。むしろその顔は笑っている。彼の場合、地声がとにかく大きいのだ。
左の頬に傷のある初老の大男。北の戦士長ダダンだ。
「は、初めまして、ダダン殿。レンド・ルナです」
「おう、話は聞いとる。竜王の件だな」
「え、ええ……」
レンドが西の集落に言っている間に伝令をよこしている。だからダダンが自分たちが来るのを知っているのは当たり前なのだが、そのあまりにも友好な雰囲気にレンドは困惑していた。
(二日前はあれだけの剣幕だったいうのに??)
戸惑いながらもダダンとの話し合いは始まる。
ダボンとともに協議した竜王を倒すためのバリスタを使った作戦の概要を話すのだが、そのときもダダンは終始頷くだけで反論する素振りなど見せなかった。そうして最後に「任せておけ」と豪快に笑って承諾した。その間も葡萄酒の入った杯を片手に上機嫌で笑っていた。
中の集落にあるダボンの屋敷で「竜王を狩るのにルナ家の手など借りる必要はない」と叫んでいたのはつい先日の出来事だ。あまりの豹変ぶりにレンドは困惑は加速していた。
隣にいるシルフィーを見るも、彼女も同様らしい。
「儂が聞き訳がいいのが、そんなに不思議か?」
「ええ、まぁ……」
「そりゃまぁ、そうだろうなぁ。若様もこの間の儂の大声は聞いとるだろうしなぁ!」
悪びれなくガハハと笑う。その様子に警戒していたレンドもすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
「僕が来ていたことは知っていたのですね」
「もちろんだ! 中の集落では、その話で持ち切りだったからな! 若様がいたのは知っていた! だが言わせてもらった。失礼だとは解っていたがな!」
「理由を聞いても大丈夫ですか?」
「おうさ!」
杯をドンとテーブルに置く。無作法であるが、レンドも辺境の村のさらに片隅に来てまで中央の作法を通そうとは思わない。
「儂が若様達が来ていると知りながらあんなことを言ったのは、儂がこの村の戦士の矜持を示さねばならんからだ!」
「戦士の……矜持ですか?」
「おうよ。最近の若い者は畑なんぞを耕しおって気骨が足りん! そんなもんは戦士の仕事でじゃない! そりゃ、飢饉のときは困ったさ! だがな! そんなもんをいつまでも引きずっちゃ、いかんのだ!! そんなもんは余所者に任せ解けばいい! 狩りも同様だ! 最近は妙な連中が出入りして、儂らの矜持を汚しておるのだ!!」
大声で言い放つと、ダダンはテーブルをドンと叩く。並べられた食器が僅かに踊り、中の料理が少しだけ零れる。
その音にレンドの肩が思わずビクリと動く。しかし不思議と恐怖は感じなかった。それはダダンの表情に気づいていたからだ。
「…………とな。そんなことを言うのが今の儂の、この村での仕事なのさ」
「なるほど」
レンドは頷く。
ダダンの顔は諦めたように力なく笑っていた。つまり目の前の男は先ほどのレンドと同じだ。現実を無視してまで、自分の流儀を押し通そうとは思っていないのだ。
「儂もさすがにもう解っとるんだ……飢饉のとき生まれたばっかりの孫が死んじまったからな」
「そうですか、お孫さんが……」
「おう……嫁御の乳の出が悪くてな。メシがたらふく食えてたら、あんなことにはならんかったかもしれん……しかしな、古き良き時代を知る最後の者として、儂は言わんといかん。儂らのやったことは間違っていなかった! 誰かが言わんと先祖に申し訳がたたん! そしてもうそれを言えるのを儂だけなんだ!!」
聞けばダダンは現役最年長の戦士らしい。多くの同輩は戦死するか、とっくに引退してしまっている。つまり彼は最も長くこの村を守り続けている男なのだ。
「本音をいうとな。たまに夢に見るんだ。戦士が戦士らしかった昔みたいに、儂がガキの頃の戦士達のように、ダボンのヤツが傍若無人に振舞って、畑を耕すなんて軟弱者のすることだと馬鹿にして、魔物を狩って、最後はみんなで馬鹿笑いしながら酒を飲む。そういう光景さ」
「それは何とも剛毅な夢ですね」
「おうさ。剛毅だったよ、昔の戦士達は! だからガキの頃のダボンを見たときは、その時にはもういい年だった儂も胸が高鳴ったさ。何せアイツときたら言い伝えにある始祖様そのものだったからな。だって言うのに、デカくなるにつれて頭でっかちになりやがって……まったく、グダンダがやったのか、バンがやったのか、妙な躾をしやがって!」
「本人はザガ殿を見習っていると言っていましたよ」
「ザガか。アイツも若い時の儂と同じくらい強いくせに妙にこざかしい! まったく気にいらん!」
そうして空になった杯に手酌で葡萄酒を注ぐと、それを一息に飲み干して勢いよくテーブルの上に叩きつけた。
「だが昔より酒は断然旨くなった! だから気に入らんかっても協力しよう! 儂が戦士を辞めて、その時に毎日旨い酒を飲んで暮らせるようにな!」
大声で宣言する。そして「頼んだぞ、若様、姫様」と言い、ダダンは再び葡萄酒を飲み干した。
ダダンは鬼子の中でも特に強い戦士で10年前まではマンバナ村最強の男でした。年齢は60歳くらいでダボンの祖父やバンと同世代です。戦士達からは「オヤジさん」と呼ばれ慕われています。
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