父と息子と陰謀と
部屋の中央にはテーブルが置かれていた。赤金色の木材で出来たテーブル。その足の部分には蔦が絡まるような意匠が彫刻されている。100年ほど前に王国の貴族の中で流行ったデザインだ。
テーブルの上には氷の浮いたグラスが二つ。底の部分が宝石のようにカッティングされており、室内の灯りを反射して中身の酒を琥珀色に輝かせている。
テーブルと同じ意匠のソファに座っているのは男が二人。黒髪の中年の男と若い男。顔立ちはよく似ている。
口を開いたのは若い方の男――レンド・ルナだ。その顔は理解出来ないものを目の当たりにした者のそれだった。
「湯を沸かして荷車を動かす??」
「ああ、そうだ」
レンドの問いかけに、口ひげを蓄えた男は静かに頷いた。自信に満ち満ちた男だった。中年に差し掛かっているが黒髪に白いものは混じっていない。若い娘が見たとしても思わず見惚れてしまう容貌の持ち主だった。ルネ家の当主であり、シルフィー、レンドの父であるザカード・ルナだ。
「燃える石の話は僕も知っています。北方の地域で暖を取るために使っている……確か泥炭とか、石炭とか言いましたか?」
「ほう、さすがだな。相変わらず妙なことまで良く知っている」
「だけど、それと荷車がどう関係あるのですか? しかも湯を沸かす?……何故??」
「さてな。よくは分からんが、とにかく動くらしい。技術者によると理論的には可能だそうだ」
そうしてザカード自身も大まかに伝え聞いただけの簡単な説明をレンドに伝える。その説明を聞いても門外漢であるレンドには半分も想像出来なかったが、専門家が言うのだから間違いないのだろう。理解し難いが、必要なのはこの理屈をどう利用するかだ。
「蒸気機関ですか……なるほど、ではそういう理解をすることにします。それでその蒸気機関ですが、ルナ家で作る魔道具と比べてどうでしょう?」
「実物がまだないわけだから何とも言えんが、単なる乗り物として見た場合はうちの圧勝だろう」
「でしょうね。ただ人を乗せる乗り物として見ない場合だと?」
「分が悪いな」
「なるほど」
「ふむ」
顔を突き合わせて同時に頷く。
ルナ家の魔道具工房でも馬型ゴーレムに荷車を引かせるのではなく、荷車そのものを走らせるという試みは行ったことがある。だが上手くいかなかった。車輪を回すのは原理としては簡単なので物としてはすぐに出来たのだが、速度の調整が難しく、方向転換がしにくく、そのせいでひどく揺れる。「内臓が口からはみ出しそうになった」というのは、当時の開発者の言葉だ。その点、魔石を使ったゴーレムは簡単だった。四足歩行の魔物の魔石を使えば、ゴーレムはその動きを再現する。そして獣型の魔物が数多く出没するルナ家の立地は馬型ゴーレムの製造に向いていた。
「魔石で荷車自体を動かすのは可能だが、とても人が乗れるものではない。技術者の話によると蒸気機関も構造としては似たようなものなのでそれは変わらない。だからこそもう一つの案が活きてくる」
「鉄道……ですか」
「うむ、鉄道だ」
「とんでもない考えですね。鉄の路を国中に引いて、その上に荷車を走らすなど」
「ああ、各勢力ごとの領地を簡便に行き来する道をつなぐ。しかもこの規模で……正気の沙汰ではない。だからこそ効果的だ」
道の上でしかまっすぐ走らない乗り物ならば専用の道を作ればいい、最悪人が乗れなくとも荷物だけ載せればいい、そしてこの蒸気機関と鉄道は大量輸送を前提に考えられている。それを踏まえてレンドには気になることがあった。
「動く荷車も、燃える石も、線路も、領地間を跨ぐ街道も、ひとつひとつは誰でも思いつくアイデアです。それをひとつに纏めて実現しようとする。これを言い出したのはもしや……」
「察しの通り聖女で間違いない。カーナにも裏を取ったが在学中に、それに近いことを言っていたらしい」
「なるほど……そうですか。聖女殿はどこまで考えているのでしょうか?」
「さてな。俺もあの娘に関しては読み切れん。頭の良さや洞察力とは違う、発想やものの考え方が俺たちとは違うのだろう」
「そう言った手合いは大抵、特殊な環境下で育つ者と相場が決まっていそうですが、聖女殿は……」
「ああ、こういう言い方はおかしいが、調べた限りはありがちな聖女だった」
聖女とは王国で一世代に一人現れる特別に強力な治癒魔法を使うことの出来る魔法使いのことだ。血筋に関係なく発現し、金色の魔力を帯びていることと、必ず女性であることが特徴だ。そして血筋に関係なく発現するということは確率的にもっとも多い平民層の中から生まれる可能性が高いということだ。
「平民として生まれ、治癒魔法の才能があったために特待生として学園に招かれ、聖女としての才能が開花する。我が国ではよくある話ですね」
「ああ、よくある話だ。だがあの娘は何かおかしい。強いて言うなら、何か大きな秘密を隠している……そういった類の人間に見えた」
「秘密……ですか」
ザカードの言葉にかつて会った聖女を思い出す。愛らしい、まだ少女の影を強く残した女だった。少しだけ言葉を交わしたのだが、そのときのレンドの印象は『変わった女』だ。ただ面白い人物であるが、妹がどうしてあそこまで彼女の名を聞いて怯えるのか、それが彼には理解出来なかった。しかし今回の一件が本当に彼女の発案だと言うのならば認識が足りなかったと言わざる得ない。
「鉄道にしてもそうだ」
「ええ、このタイミングでなければ、どこの領主も難色を示したでしょうね。そういう意味でも恐ろしい女性です」
今、この国の勢力図は大きく塗り変わろうとしていた。ランディール王国の元になった国は、もともと大陸の西部に居住していた3つの人種が集まって出来た国だった。それを統一されたのが900年ほど前。それから権力闘争の末に幾度も国体が変わったり、王朝が交代したりしながら、現在のランディール王朝が生まれたのが200年ほど前。今の王家が当時から強大だった貴族、すなわち、ルナ家、ダムト家、モノ家、ターノス家に忠誠を誓わせたのだ。
その頃には言語が統一され、文化的にも同化し、混血もそれなりに進んだため(身分の高い者ほど有力貴族との婚姻が多いためにその傾向が強かった)それぞれの人種よりもどの勢力の領地に属しているかを気にする者の方が多くなっていた。
そうして200年間、四大貴族の序列が入れ替わりながらも王家が四つ大貴族を従えるという構図が変わることはなかった。その構図が急変したのはここ一年のこと。きっかけはシルフィーのしでかした婚約破棄の事件と、それによるルナ家の没落だ。過去の政争で敗れ万年末席に甘んじていたダムト家とルナ家が手を組んだのだ。今の王国は四つの派閥に分かれている。王党派、ターノス派、モノ派、ルナ・ダムト派だ。3つの人種に、4つの派閥、5つの家。その地域も線で引いたように分割されているわけではない。この国はこれから権力の再編成が進むだろう。
「どこにも属していなかった無派閥の貴族や、右へ左へフラフラしていた商人たち。4つの勢力のどれかを選ばないとこれからは難しいことになるでしょう」
「鉄道が繋がっている部分が、そのまま勢力図になるわけか。まったく分かりやすくなるものだ」
鉄道で結びついた領地と領地は経済的にも軍事的にもこれまで以上に強い結びつきを持つことになる。そして鉄道が全て繋がったとき、この国の新しい支配構造が誕生するのだ。そうしてつい先ほど蒸気機関との勝負は「分が悪い」と語ったザカードは息子に尋ねる。その顔は負けることなどまるで考えていない表情だった。そしてそれはレンドも同様だ。
「この計画……気づくのが遅ければ負けていましたね」
「ああ、まったくだ。負けていた」
お互いに嗤う。実に悪人めいた笑みだった。二人は気づいているからだ。
蒸気機関という魔石以外をエネルギーとして使う大量運搬方法。素晴らしい技術だ。しかし――
「線路の上を走らせるのは別に蒸気機関で動く車である必要はない」
ザカードは断言した。これが気づくのが遅れていれば負けていた、そして現状ではまだ十分に勝算のある理由だった。
「ええ、鉄道の案はそのままいただいて、魔石で動く荷車……そうですね魔道機関車とでも呼びましょうか。それを王家よりも先に広く遠くまで走らせてしまえばいい」
敷かれた線路、燃える石を掘り出すための炭鉱、そういったインフラが全て整っていればルナ家が魔道機関車を作ったとしても遅かったかもしれない。だがまだ何も整っていない今ならば、先に作った方が勝つ。そういう話だ。
「しかしルナ家の魔石に頼らない動力機関とは恐ろしいことを思いつきますね」
「ああ、まったくな……もっとも蒸気機関が完全に魔石にとって代わられることはないだろう。鉄道の案がなければ放っておいても良かったくらいだがな。レンド、お前はどう思う?」
「どう……とは、魔石と石炭のことですか?」
「そうだ」
「そうですね」
問いかける父を見て、レンドは芝居じみた咳払いをする。対するザカードも芝居じみた仕草で腕を組んで息子の答えを待った。
「石炭と魔石ですが、本来なら競合する関係にありません。あらゆる分野に応用できる魔石と違い、石炭は燃やすだけの燃料です。それこそ鉄道の件がなければ放っておいても良かったでしょう。ですが石炭を燃やして蒸気機関を走らせるというのであれば話が違ってきます。王党派が画策している計画は潰さなければいけません」
「なら、どうする?」
「石炭は単純に燃料として見た場合は優れた物質です。高い温度で燃えることから、もともと一部の地域では工業用として使われていたはずです。さすがに「何に?」と聞かれればすぐには答えられませんが、色々と使い道があるでしょう。王党派が考え出した蒸気機関がまさにそれです。ですが欠点があります」
「ほう、何だ?」
「まず品質に幅があることです。高品質なものは鉄さえ溶かすようですが、低品質なものは薪程度の温度しか出ません。暖をとるだけなら、それこそ薪でもいいでしょう。実際に植物の生育の悪い北の地域以外では石炭は燃料として使われていません。石炭を燃やすためにはまず穴を掘って探す必要がありますから、木を切って乾かす方がよほど楽です。そして採掘には多額の費用と時間がかかります。石炭が鉄や銅などの鉱物資源と同じならば、それこそ採掘のための街をひとつ作る必要があるでしょう」
「そうだ。石炭を大量に採掘しようとすれば人と時間と金がかかる。その時間につけこんで蒸気機関を潰するもりだ」
「ですから、もう一手加えましょう」
「うむ、どうするつもりだ?」
「魔石の流通をコントロールします。ルナ家であらかじめ大量の魔石を抱えて、王党派の採掘が本格的に始まった段階で一気に値崩れさせます。石炭の値が魔石よりも高くなれば採掘するための費用が釣り合わず、石炭の採掘や蒸気機関の運用は産業として成り立たなくなります」
「ふむ、悪くない」
まるで教師と生徒のようなやり取りで親子は論議を交わす。もちろん父が教師で息子が生徒だ。ザカードが試すような質問をしてから、息子の答え合わせをする。この二人の中ではよく行われるやり取りだ。
しかしこの日は珍しく父が息子の答えに窮する場面があった。それはザカードが魔石の流通制限について触れようとしたときのことだ。
「いえ、流通を制限する必要はありません」
生徒ははっきりと言い切った。
「何だと?」
「厳密に言うと、ルナ領で採れる魔石ないし魔道具を減らす必要はないのです。そしてそれがルナ家の魔道機関車が王党派の蒸気機関に負けない根拠でもあります」
ザカードは困惑する。息子が彼の想定していなかった答えを準備してきたからだ。思わず「ほう……」と感心したように息を吐く。あくまでも芝居じみた仕草であったが、答える声には先ほどにはない硬さがある。驚きと期待の入り混じった声だった。そんな父に息子は答えた。
「魔石には石炭にない、圧倒的に有利な点がひとつあります」
「何だ? 言ってみろ」
「無限に採れることです」
はっきりと言った。
「石炭が鉱物なら、鉄や銅と同じく採り尽くせば枯渇します。しかし魔石は違います。魔物は無限に発生し続けます。そして魔石も無限に採り続けることが出来るのです」
魔物は無限に湧き続ける。それはこの国では、そしてこの世界では常識だ。
例えばダンジョンというものがある。王都の学園で管理しているものが最も有名かもしれない。魔物の生息地であり、多くは洞窟や深い森の中にある。空間が歪んでいるのか、本来の洞窟や森以上の広さがあり、周囲を歩けば3分で一回り出来る小高い丘が登るのに30分かかったという話もある。
その実験が行われたのも、その小高い丘での出来事だった。スライムと呼ばれる小指の爪の先ほどの魔石しか持たない低級な魔物しか発生しないそのダンジョンは魔物の発生原因を探る実験にはまさにうってつけだった。ゆっくりとしか動けず、柔らかい表皮をナイフで割いて魔石を採り出すだけで溶けて死ぬスライムは子どもでも倒せる魔物だ。発案した学者は当時の王の援助も受け、何百人もの人手を使い、昼夜問わず1週間かけてスライムを駆除し続けた。そうして解ったことは魔物は何もない所から唐突に、そして無限に発生し続けるということだ。生まれるのではなく発生だ。他の生き物とは違い、魔石を宿す魔物と呼ばれる存在は、親など必要なく何もない場所から霞のように勝手に発生し続ける。理由は分からない。その実験を行った学者も、魔物が一定数減るか、一定時間が経過すると、一定の個体数まで魔物が発生するという法則は発見出来たが、何故魔物が発生するのかは最後まで分からなかった。
それがまるで法則だというように、天が定めた摂理だというように、もしくは誰かが設定したプログラムだというように、魔物は無限に湧き続けるのだ。
「石炭は掘り尽くせばなくなります。新しく石炭を入手するには、新たな鉱脈を見つけ、街を作り、さらに街から蒸気機関で石炭を運び出す線路を引く必要があります。当然ながら莫大な資金が必要です。もちろんそれに伴う人と物と金の流れは魅力的ではあるのですが、結局石炭がなくなれば寂れた街が残るだけです。とても効率が悪い。しかし魔石は違います。街など一つあれば事足りる」
「レンド……お前、まさか……!?」
そしてようやく息子の企みに気づいたザカードは息を呑んだ。それは歴代のルナ家の当主たちが一度は思いつき、そしてすぐに危険だと感じて実行しなかった企みだったからだ。
「新たな盟約を結ぼうと言うのか?」
「ええ、幸か不幸か聖女殿が時代をひとつ進めようとしています。ならば新しい時代には新しい盟約が必要になるでしょう」
「それは……………………」
ザカードの右手が世話しなく自身の口ひげに触れていた。普段は決して人前では悩んだ素振りなど見せぬ男が、腕を組み、眉間に皺を寄せ、唸り声を上げる。そうしてしばらく沈黙した後、目の前にあるグラスに視線を向けた。思った以上に時間が経っていたのか、先ほどまで浮いていた氷の塊はすっかり溶け、琥珀色の酒の色も薄れてしまっていた。
「…………っ」
小さく息を吐く。
そしてグラスを無造作に掴むと、そのまま中身を一気に飲み干した。
「レンド」
「はい」
「許可する」
「ありがとうございます」
頭を下げる。
そうして宣言した。
「必ずや、王国の最西端。マンバナ村のさらに西にある大山脈を開発してみせます」
この世界では魔石は燃料であり集積回路でもある、何でも出来るマジカル物質です。石炭をそこまで知らないレンドは気づいていませんが石炭には公害問題もつきまといますので、そういう意味でも魔石は有利だったりします。ただ地面掘って大量に出て来る魔石の方が長期的にはコスパがいいかもしれません。
ただ次世代エネルギー戦争で敗れても、結局魔石を流用して蒸気機関の部品をとか出来そうなので、なんやかんやでルナ家は引き分けには持っていけそうな気がします。
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