御曹司の戦い
落雷のような怒声が屋敷の中に響いた。
「ダボンよ、どういうつもりだ!!」
左頬に大きな傷のある男はダボンの前で息巻いていた。初老の男だ。髪には灰色のものが随分と混じっているのだが、まるで年老いた印象を感じさせない大男だった。むき出しの二の腕は女性の太ももほどもあり、力んでいるせいか筋肉が隆々と盛り上がっている。北の戦士長であるダダンだ。
「何で今すぐ、戦士達を全員集めて大山脈に乗り込まねぇんだ!」
激昂していた。竜王がダボンのいる中の集落を襲って二日が経っている。にも関わらず、ダボンが戦士を招集して竜王討伐に乗り込まないことが不満なのだ。
「ダダン、さっきも言ったが大山脈には乗り込まない。それに竜王を放っておくとも言っていないだろう」
「ルナ家の戦士の力を借りる必要なんてねぇ。俺たちだけでも倒せるはずだ。放っておけばいい。爺さん達に出来たんだから、俺たちに出来ないはずはない」
「ああ、そうだな。だけど、戦力をそろえるのが悪い筈がない。犠牲は少ない方がいいだろ?」
「その間にまた竜王が襲ってきたらどうするんだ。今度こそ犠牲が出るぞ」
「それは解っているけど、闇雲に大山脈に乗り込んでも竜王とすぐに戦えるとは限らない。それどころか他の魔物と先に遭遇して、消耗したところを竜王に襲われたら全滅するかもしれない」
「だったら、村の人間が焼かれるのを黙って見てろっていうのか! それが戦士のすることか!!」
叫ぶ。
その巨躯に相応しく声も大きい。屋敷中に響くほどの大声だった。
「この前は畑が焼かれただけだったが、それは夜だからだ。昼間で視界が良ければ人も焼かれていたかもしれないじゃねぇか」
「そうだな」
「だったら、何で早く手を打たない! 死人が出てからじゃ、遅いんだぞ」
「打たないとは言っていない」
「少し待てってか? ルナ家の応援が来るまであと五日もあるんだぞ!」
「それを待って欲しいんだ。マンバナ村側の戦士達にだって準備はあるんだから」
「狩りの準備なんざ必要ねぇ。魔物が出たらすぐにぶっ殺しに行く。それが戦士だろうが!」
「確かにそうだけど、準備は大切だ。勝つためには最善を尽くす必要がある」
ダボンとダダンの意見は噛み合うことがない。その様子をシルフィーは困った顔を眺めていた。
(ダダンの言うことも間違ってはいないんでしょうけど……)
対処が遅れて大きな被害が出る例は枚挙に暇がない。魔物相手なら猶更だ。しかし相手が竜王という未知の魔物なら慎重を期す必要もある。
結局、シルフィーに宥められたダダンがその日は引き下がるという結果になり、話し合いは終わった。
◇
「いやはや、なかなかに激しい御仁だね。下の階にいたのにしっかりと声が聞こえて来た。顔を見せておこうと思ったが、あのタイミングで会うのは悪手だ。シルフィーの忠告を受けておいて良かったよ」
先ほどまで隣の部屋に控えていたレンドはダダンの様子を思い出して苦笑する。忠告とは「いきなりダダンには会わずにマンバナ村の戦士の様子をうかがった方が良い」というシルフィーの言葉だ。
「何と言うか……まぁ、僕ら中央の貴族がイメージする地方の兵士といった印象だね」
「田舎の野蛮人と言っていただいてもけっこうですよ。僕ら自身も理解していますから」
「そういう君は随分と理知的だけどね」
「そんなことはありませんよ」
「そうかい?」
「ええ、もしそう見えるなら先生がいいんです。僕はザガの真似をしているだけですから」
「ザガ……西の戦士長だったかな?」
「ええ、僕のお手本です。とは言っても、あまり上手に真似出来ているとは言い難いのですが……」
「ふむ、キミが手本とする人物か」
レンドはダボンの顔を見て頷く。彼の言葉遣いは家令のバンや使用人のゼベから教わったと聞いていたのだが、振る舞いにも見本となった人物がいたらしい。
「お義兄さんもマンバナ村の戦士と連携を取るなら、まずはザガと話した方が良いかもしれません。おそらくダダンも、先にザガに会いに行って合意を取ったのなら文句が言いにくいはずです。一週間後には戦士長を全員集めての会合がありますから、それまでに顔を会わせておくのがいいでしょう」
「そうだね……」
田舎の戦士であろうと、都の騎士であろうと、そして王都で権謀術数に勤しむ貴族であろうと、男たちというのはとにかく順番を気にする生き物だ。そして順番を示して守っていれば、多少意見が違ったとしても反対は言いにくくなる。
(まずはザガ殿に会う。それが優先事項だ。ただ……)
先ほどの雷鳴のような怒声を思い出して考える。面倒そうな人物であるが、後々の計画のことを考えてレンドとしてはマンバナ村の戦士達とはなるべく良好な関係を築いていきたい。そのためにも西北南の集落にいる三人の戦士長とは個人的に話をしておきたかった。
「よし、今日中に会いに行くとしよう。ダボン悪いが、道案内に何人か貸してくれないかい?」
「構いませんが……今日中に?」
「ああ、西の戦士長に会った後は、すぐに北の戦士長、そして南の戦士長にも会うつもりだ」
「それは……無理ではありませんが、強行軍になりますよ」
「構わないさ。必要なことだからね」
「それはそうでしょうが……」
如何にも優男といった風なレンドを見て、ダボンは心配そうに眉を顰める。北と南はそれほどではないが、西の集落までは距離があり、徒歩なら丸一日かかる。そこを経由してから北の集落に寄り、さらに南の集落に顔を見せてから戻ってくる。旅慣れた者ならともかく、レンドは明らかにそういう風には見えなかったからだ。
しかしこれ以上食い下がるのもレンドを侮辱することになると考えたダボンは首を縦に振る。そうして今後の方針が決まり、各々が動きだそうとした時のことだった。
「ねぇ、待って」
制止する声が一同を呼び止めた。これまでダボンとレンドのやり取りを静観していたシルフィーの声だった。
「私は行かなくていいのかしら?」
ダボンに尋ねた。
「それはシルフィーもお義兄さんに着いて行くという意味ですか?」
「ええ、ザガやダダンに顔つなぎをするためにも、私が同行した方がいいでしょ?」
「それは……そうですね」
もっともな提案にダボンは言い淀む。
「お兄様もそう思うでしょ」
「まぁ、確かに……そうだね」
そしてそれはレンドも同様だった。心の中で「ふむ、参ったな」とため息を吐いてさえいた。
シルフィーの言っていることは何一つ間違いがない。レンドは大貴族であるマンバナ村に多額の援助をしているルナ家の人間であるが、それでも村の人間からすれば知らない男だ。隣にシルフィーがいるだけで、すんなりと話が進むだろう。だが正直なところ今回の一件はレンドは自分ひとりの力で話を纏めたかったのだ。そんな心情を察していた妹だが、バッサリと兄を切り捨てた。
「お兄様、まさか妹の力を借りては示しがつかないなどとお思いではないでしょうね」
「痛い所を突くね」
「仕方ありません。お兄様は力試しがしたいのでしょうが、私にはこの村を守る義務があります。そのためには最善を尽くさないと……そうでしょ、ダボン?」
「ええ……そうですね」
渋々ながらダボンも頷く。そんな婚約者の姿を見て、シルフィーはさらに言い放った。
「ダボン」
「は、はい」
「道中のことを心配しているのでしょうけど、私だってこの村に来て半年以上経つんだから少しくらい無茶な移動でも大丈夫よ」
「ですが……」
「貴方らしくないわね。私がお兄様と同行して、ダダンやグンガを説得する。それが一番効率がいい筈でしょ?」
「まぁ、たしかに……そうですね。今、大切なのは竜王の狩りで被害を減らすことですから」
「分かればよろしい」
ダボンを言い負かす妹の姿にレンドは苦笑する。
(やれやれ、なかなか父上のようにはいかないな……まぁ、シルフィーはきちんとダボンの手綱を握っているようだし、今はそれで良しとしよう)
力不足を感じながらもしっかりと仕事をこなしている妹に関心する。そうして「自分も役割を果たさないといけないな」と覚悟を新たにするのだった。




