兄と妹と闘神と
現れた青年の顔を見てシルフィーは思わす声を上げた。
「お、お兄様?」
「やぁ、シルフィー、久しぶりだね……と言っても、通信で何度も顔を合わせているからそこまで久しぶりという感じでもないかな?」
先遣隊の代表は艶やかな黒髪の如何にも育ちが良さそうな細面の青年だった。シルフィーの実の兄であるレンドだった。
「どうしてお兄様が?」
「マンバナ村の様子を直接見たくなってね」
「村の?」
「ああ、ここは良い村なんだろ?」
茶目っ気たっぷりな笑顔を浮かべてレンドは言う。長兄であるレンドはシルフィーとは10才も年の差のだが、もともと仲は悪くない。むしろ7才年上である次兄のミルムとの方が距離がある。しかしそれでも忙しい中でわざわざやって来るのは違和感があった。何しろ兄は武人ではない。今回の竜王と戦うという目的と照らし合わせても適切な人選とは言い難かった。
(またお父様が何か企んでいる?)
そう考えずにはいられない。ダボンと兄の顔を見比べる。すると、レンドの表情が僅かに強張っていることに気がついた。
「ダ、ダボンも……直接会うのは久しぶりだね。今回は本当に大変なことになったが、よろしく頼むよ」
声が上ずる。その後、ほんの僅かな間を置いてから右手を差し出した。
友好の証である握手を申し出たのだ。
「ええ、よろしくお願いします」
「ああ、た……頼むよ」
やはり表情は硬い。だがダボンはまるで意に介している様子はなかった。
そうして再会の挨拶は終わり、昨晩の竜王襲撃の話に移る。村の被害の状況から、実際に竜王を見ての感想だ。
「大きいな……翼を広げれば、ちょっとした屋敷程度の大きさはあるということか……それが空を飛んで火を吐くとは……どれくらいの高さ飛ぶのだろうな?」
「月と並んで飛んでいたと言う声もありました。僕も飛び去るところを見ましたが、本気で高く飛ばれればこちらからは手が出せません」
「弓矢では無理か?」
「恐らくは……魔法ではどうですか?」
「筆頭魔道士殿ならば可能だろうが……」
レンドは王都にいる宮廷魔道士筆頭である老人の顔を思い出す。レンドはかつて王宮の儀礼でかの老魔道士が塔の上にある献火台に炎を灯したところを見たことがある。本気になれば巨大な火球を塔の上に落とすことも出来るとも聞いたことがあった。
「無理ですか?」
「いや、青牙騎士団でも可能だ。だがあまり効率的ではない。それよりも攻城魔道兵器を持って来たから、それを使った方が効果的だね」
「攻城魔道兵器?」
「大型弩砲だ。射程を考えれば、こちらの方が効果的だろう。ただ、これほど急に必要になるとは思っていなかったから、見本として一台しか持ってきていない。ダボンに見てもらってから、必要ならば取り寄せるつもりだったのだけどね」
「どれくらいかかるのですか?」
「6日といったところかな」
「ずいぶん早いですね」
予想外の答えにダボンは驚く。ルナの都からマンバナ村からは一週間はかかる。以前、ダボンが行ったときもそうだった。
「不眠不休で持って来させるさ。もともと竜王の話が出て来た時点で準備はさせていた。ただもともと数が多い物でもないから、それが難点だ」
「何台あるのですか?」
「今すぐに使えるのは21台だ。新たに組み上げればもっと用意出来ないこともないが、そもそも平時で必要な物でもないからね」
21台という数が多いのか少ないのかダボンには解らない。だがルナ家が出来うる限りの準備をしているということは理解出来た。それほどまでに竜王の魔石が欲しいのだ。
「早速だが見るかい?」
「ええ、お願いします」
ダボンは応えると、レンドは「準備しよう」と強張った表情で応えて足早に部屋を出る。その様子を見てシルフィーは首を傾げた。
「お兄様……どうしたのかしら?」
不敵に現れた割にダボンの顔を見た途端、明らかに表情が硬くなっていた。しかしダボンは自明の理とばかりにシルフィーに応える。
「ああ、それは多分、僕が怖いんでしょうね」
「え? ダボンが? 何故?」
「何故と言われても……」
ダボンは王都での決闘の後で開かれた宴席を思い出す。政敵であるターノス家の狙いを挫き、ルナ家の健在を十全に示したことを祝う宴だ。ごく身近な者だけで催された宴で当主であるザカードは上機嫌だった。赤鱗騎士団を粉砕したダボンの武勇を誇り「彼こそが王国最強の戦士だ」と喧伝した。だがその隣にいたレンドは違った。彼は勝利を喜びながらも、明らかに父親とは違う感情を自分に向けていた。
それを思い出し、自嘲した。
「それよりもバリスタを見に行きましょう。お義兄さんが待っていますよ」
「え、ええ……」
明らかに何か言いかけていたダボンを胡乱に思いながらシルフィーは後に続いた。




