狩りの始まりと不機嫌なダボン
竜王がシルフィー達の住まう中の集落を襲った次の日の朝のことだった。ダボンは難しい顔をしながら報告を聞いていた。
「それで……麦畑は3割が壊滅というわけか。休耕地の部分が多かったのは不幸中の幸いだったな」
明らかに不機嫌な声で言う。報告に来た村人は青い顔をしているのは、竜王の恐ろしさを直に見たからだけではない。ダボンの細い目に睨めつけられると、さらにしどろもどろになる。そんな可哀そうな村人に対してシルフィーは笑顔で労った。
「ありがとう。下がってくれていいわよ」
「は、はい……!」
地獄で仏を見たような顔で村人は執務室を出る。その様を見てシルフィーは眉を顰めた。
「ダボン、駄目よ。怖がらせては」
「そ、そんなつもりでは……」
「そんなこと言って、全身から不機嫌さがにじみ出ているわ。確かに被害は小さくはないけれど……」
特にこの中の集落はダボンが先頭に立って開墾していった地域だ。それが燃やされていい気がするはずがない。夜だということがあって、出歩いている者がいなかったこともあり人的被害がなかったことが唯一の救いだろう。
「食料なら大丈夫よ。ルナ家が都合してくれるわ」
「そ……そうですね」
「ええ、任せておいて。お父様は竜王の魔石が欲しいのだから、これみよがしに兵士に食料を持たせてすぐに送ってくれるわ」
これまで通信機で何度も連絡は取り合っているが。当主のザカードは竜王の魔石を欲していた。今ならば戦士たちの士気を上げるためにも喜んで食料を起こるだろう。燃えた畑も収穫時期ではなかったため、すぐさま食糧不足に陥るわけではないが、この村は食糧難に敏感だ。だからこそ誠意の見せどころでもあり、恩の売りどころでもある。
「そうですね。特に今日のお昼にはルナ家からの先遣隊がやって来ます」
「そういう意味では良いタイミングね」
「ええ、本来は竜王を狩るかどうかからの話し合いの予定でしたが……こうなると放っては置けません」
ダボンは低い声で言う。バンの話ではかつて村を襲った竜王は畑だけではなく村人も焼いたらしい。今回、死人が出なかったのはたまたまだろう。
(珍しく怒っているわね……)
ダボンの機嫌が悪いのは明らかだった。
(ダボンのことだから大丈夫だとは思うけど、私がしっかりしないと)
ダボンは頭の切れは悪くないのだが交渉事に強いとは言い難い。そういう意味ではこういったことは自分の領分だ。ルナ家から援助は引き出しても借りは作ってはいけない。彼女は父親から「闘神の手綱を握っておけ」と命じられていた。ルナ家に利益をもたらせということだ。もちろんシルフィーにとってそれは望むところなのだが、今の自分は領主婦人(予定)であり、マンバナ村の聖女でもある。もちろんダボンのことも嫌いではない。
父のザカードは典型的な貴族であり、陰謀や謀略が大好きな男だ。ルナ家に属するマンバナ村はザカードの支配するゲーム盤の上にある。今回の件もダボンという駒を使い竜王から魔石を奪うという遊戯のなのだろう。
(今度はお父様に良いように使われ過ぎないようにしないとね)
数カ月前の王都の一件。それが終始ザカードが描いた絵の通りに進んでいたと気づいたのは、全てが終わった後のことだった。それでもシルフィーやマンバナ村にとって唯一の救いは、ザカードは他人を駒とみなしながらも謀略に対して極めて真剣であることだ。命の代わりに金を、それもはした金ではない莫大な資金を投じている。
(先遣隊……知っている人が来ればいいのだけど)
恐らくは青牙騎士団の隊長の誰かが代表として来るのだろう。古株である団員ならばシルフィーも何人か知っている。幾人かの顔を思い浮かべながらあれこれと作戦を考えるシルフィーであるが、その思惑は数時間後現れた先遣隊の代表を見て破綻することとなった。




