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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第二章 小さな復讐者と怪物の王
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袋と覚悟と逃亡者と


執務室に置かれた大きなテーブルの上には何枚もの紙が並べられていた。それを前にしてマンバナ村領主の家令であるバンは唸り声をあげた。


「ふむ、物凄い数ですな」

「うん、スゴイね。時間がかかりそう」

「頑張らないといけない……です」


その両隣にはリンとミンがいて、同じ表情で資料を眺めていた。


「そんなことはありません。まずはとにかく数えるだけで結構ですから」


面々の姿を見て、如何にも育ちの良さそうな青年は笑って言った。しばらく前にルナ家から派遣されてきた徴税管で名をロベルトといった。


「とにかく数です。村人の数、大人の数、子どもの数、男の数、女の数、戦士の数、農民の数、そして村人以外の数。それらが分らないと税金の取りようがありません」

「いやはや、そうは言っても、マンバナ村はこれまで魔石を採って麦や油と交換するだけの村でしたからな。まさかこれほど人や物の出入りが増えるとは……」


シルフィーが輿入れした直後はほとんど変化のなかったマンバナ村だが、王都から帰還した直後から急激に変化が訪れていた。端的に言うと税収が増えたのだ。もちろんそれは領地を経営するのにおいてとても素晴らしいことなのだが、それがバンを悩ませていた。


「いっぱいお金が入るようになったんだね」

「お店にも沢山、品物が入るようになりま……した」


これまでマンバナ村はランディール王国の経済圏から取り残されていた。魔石の取引はルナ家が独占しており、それらも麦を始めとした物資と交換してしまうことがほとんどだ。危険地帯故に定期的に来る商隊もルナ家が編成したもので、行商が訪れることもほとんどなかった。店と言えば領主が経営しているドゥードゥの店だけだ。稀に貨幣を獲得しても使う場所がない。件のドゥードゥの店ですら、物々交換で商品を売買することも珍しくなかったのだ。


「とにかくどんどん数えていきましょう。項目が多いのでさすがに時間がかかるとは思いますが、数える順番を決めておけばいつかは終わります。地道にいきましょう」

「はーい、どんどん数えていきます」

「勉強の成果を見せ……ます」

「ふむ、そうしますかなぁ」


若い二人と違いバンはため息を吐く。シルフィーが良い教師だったこともあり、リンとミンは簡単な書類仕事なら任せても問題ないレベルに仕上がっていた。


(シルフィー様の意見を取り入れて正解だったわい)


村の子どもに勉強を教えようという話を聞いた時、必要以上に村人に知恵をつけさせることに乗り気ではなかったバンだが、今ではその慧眼に感謝していた。


(こんなことなら、もう一人くらい教え子を増やしても良かったかもしれんのぉ)


今更言っても詮無きことだが、それも仕方ない。今はリッツの見張りについているためにいないが、本来ならここにガランも加わって事務作業を行う。まだガラン本人には伝えていないが、リンとミンのどちらか、もしくは両方とガランを結婚させるつもりで、バンもダボンも考えていたのだ。


「ふむ、リンとミンに仕事を教えたら引退するつもりだったのですが、まだ先の話になりそうですな」


恨めしそうに書類の山を見る。その声に若い徴税管は苦笑した。


「ええ、数を数え終えてからが本当の仕事ですから。バン殿にはまだまだ現役でいてもらわねば困ります。私もダボン様の臣下の一人ではありますが所詮はよそ者です。バン殿が前に出ていただかなければ言うことを聞いてくれない者も多いでしょう」

「確かに北の集落の連中などは荒っぽい者が多いですからなぁ」

「や、やっぱりそうなんですね。皆がザガさんのように人当たりの良い方ならよかったんですが……」

「ダダンは声が大きくて怖いんだよね」

「グンガさんは荒っぽくて苦手……です」


北の戦士長と南の戦士長の様子を聞き、見るからに荒事と縁がなさそうなロベルトは青い顔をする。そして「是非ともバン殿の力をお借りしたいですね」と改めて周囲の面々に視線を送る。


「とにかく当面は仕事が山積しています。私達とガラン様で手分けしていきましょう」

「うん、シルフィー様をお手伝いするんだね」

「ダボン様のお役に立ち……ます」


やる気溢れる若い三人を眩しく思いながらも、バンもこれが最後の奉公とばかりに覚悟を決めて「皆で力を合わせるとしましょうか」と老いてはいるものの気勢を吐いて見せた。


「ええ、皆で力を合わせましょう。そもそもこの村は大き過ぎるのですから」

「え? そうなの?」

「うちの村って、大きいの……ですか?」

「ええ、大きいですよ」


それは村に来てからロベルトが感じた率直な感想だった。

ロベルトの家はルナ家に代々使える直臣の家柄ではあったものの、その宮中序列は高いものではなかった。領地を持たぬ貴族、いわゆる士族と呼ばれる家の出だった。一代限りの身分である士族はあいまいな身分で、広義では貴族であるものの領地持ちの貴族からは偽貴族と揶揄されることも多い。そもそもが貴族が増え過ぎないために数を調整するための身分なのだ。

そんな家督でさえもすでに兄が継いでり。先祖の功績によりロベルト自身までは士族を名乗ることが許されているが、彼の子の代からはそれも剥奪される。つまり自分が結婚して子を成そうとも、その血脈が家として認められることはなく市井に混じって生きることとなるだろう。そうならないためには、自身をひとつの家だと認めてもらうためには、主家であるルナ家の当主から力を認めてもらう必要がある。

だからこそシルフィーが文官を必要としていることを知った時、周囲が危険な辺境の村に行くことを躊躇している中で彼はすぐに手を挙げた。ルナ家の直轄領からほとんど出たことないロベルトであるが、マンバナ村の噂は朧げながらに知っていた。


曰く、魔物が毎日のように襲ってくる危険な村。

曰く、逃亡した犯罪者達が目指す蛮地


王都から『黒薔薇の魔女と野豚の騎士』の風聞が伝わり切る直前のタイミングということもあり、シルフィーの悪い噂はまだ払拭され切っていない。マンバナ村への赴任は嫌がる者が多かった。そうしてロベルトがマンバナ村を訪れた時「勝った」と心の中で快哉を上げた。


「この村は四つの集落から出来ています。そして私はこの中の集落しかまだ見てはいませんが、それぞれは決して小さくない。この規模になると村ではなく本来なら(さと)という扱いになるのです」

「さと?」

「簡単に言うと村が3つ以上集まった塊のことです」


ロベルトが危険な辺境の村に赴任するという賭けに出たのはダボンの宮中序列を知った時だった。王都から帰還した時にルナ家に迎えられ高い序列が与えられていてのは知っていたのだが、彼が注目したのは元々の序列だ。それは大したものではないのだが、それでも田舎の一領主に与えられるにしては妙に高いものだった。「この村には何かある」と、そう確信したのだ。


「実際に調べてもっと人口が多ければ、郡としての扱いになるかもしれません」


そのためにも人口分布が早く知りたかった。聞いた話だと、ここ数年で村人の数は増えているらしい。さらには外部からの人の流入。10年前の飢饉以降から本格的に始まったという開墾。実入りは確実に良い筈なのだ。


(ふむ、野心がみなぎっているな……老骨には少し羨ましい)


隠し切れぬ思いを瞳の中から読み取り、バンは心の中で呟いた。とはいえ、それはあまり問題ではない。少なくともロベルトはバンの知る限りでは人当たりの良い青年であり、実務能力にも疑いはない。ただ老いた自分が、若者の勢いについていけないだけの話なのだ。


(戦士を諦めた時のことを思い出すの)


首から下げた紫色の石に触れて思い出す。バンは戦士として狩りに出ていたが、あまり優秀な戦士ではなかった。ただダボンの祖父と幼少期から仲が良く、近場で身の回りの世話をしている間に右腕のような扱いになり、年をとって気づけば家令として領主の家を切り盛りすることになっていた。


(まぁ、ロベルト殿が後釜になるなら、それはそれで良いかもしれん)


ここ一年の間に村は急速に変わりつつある。その勢いに自分はもう着いて行けそうにないし、そろそろ楽をしたいという欲もある。本来ならガランがその役に収まると思っていたのだが、村は今後も発展し続けるのだ。恐らくはもっと相応しい役割があの少年にも回ってくるはずだ。

村は大きくなる。それはもはや確定した事実なのだ。その意見はロベルトも同じなのか、三人の前で熱っぽく村の発展について語る。そんな彼の言葉にリンは「きれいな服が来てみたいな」と笑い、ミンは「都のお菓子が食べてみたい……です」と空想する。ロベルトの野望は村人の要望に沿ったもので、村人達にも受け入れられているようだった。


「それにしても不思議ですね」


周囲の賛同に満足したロベルトは、ふと以前から感じていた疑問を口にした。


「何がでしょう?」

「ダボン様のことです。あの方は為政者として決して無能ではありません。なのにあまり徴税に興味がないようでした」


それが現在のダボンに対するロベルトの評価だった。当初、赴任した頃のロベルトはダボンのことを物を知らない田舎者だと思っていた。何しろ自分はルナの都で学問を収めた身だ。辺境で学校にも通えないような場所の男に知恵比べで負けるはずがない。

実際に接してみてダボンは田舎者だった。しかし決して愚かではなかった。村と村人の平和を願う純朴な青年。それでいて必要な場面では非情な判断が下せる。ルナの都でどちらかと言うと平民を見下す貴族を多く見て来た士族であるロベルトにとって、そういうダボンを好ましく思った。


「実際に徴税方法などに確認を取ったときも、私に丸投げするような風にも見えました」

「それはロベルト殿が税金の専門家だからなのでは?」

「それは、そうなんですが……」


歯に物が挟まったような気持ちの悪さをロベルトは思い出す。それはロベルトがダボンに税金の取り立ての方法を具申したときのことだ。ダボンはロベルトに丸投げしてはいたのだが、いくつかの質問をしていたのだ。


それは大まかに言えば、徴税する際に誰がそれを確認するのか、確認するものを誰が見張るのか、数え間違えたときはどうするのか、ということだ。つまり彼は、申告者の不正と、それを確認する者の不正、そして不正が起きた場合の罰則はどうするのかと訊いてきたのだ。それをダボンが考える素振りも見せず間髪入れずに尋ねてきたものだから、そのときのロベルトは単純に「思ったよりも徴税について考えているのだな」と感心した。

そしてその後、バンに実際の徴税方法について確認したとき、ロベルトの中に小さな違和感が生まれた。不正に対するチェック機構について知っていながらも、それは徹底されていなかったのだ。厳密に言えば、チェック機構はあるのだが、どこかおざなりだ。そしてダボンはその事実を認識していた。


例えば麦だ。彼は増反(ぞうたん)を推進している。それは自らが鍬を振るっていることからも明らかだ。だというのに、彼はその収穫してから年貢について無関心だった。それはまるで「村人の腹がくちればそれで良い」というような投げやりな雰囲気だった。まるで城壁を作っているのに、そこにわざと穴を開けている。そんな不可解さをロベルトは感じていた。


「ダボン様もお忙しいですからな。手が回らないということもあったのでしょう」

「まぁ、そうでしょうが……」

「儂も新しい事を考えたり、始めたりするのが年々しんどくなっていますからな。正直、麦の収穫量などはもっとしっかり把握していた方が良かったのですが、後回しになっていたのもありますな」

「畑もどんどん大きくなってるしね」

「収穫時期はみんな大変……です」

「でも麦食べないと死んじゃうしね」

「病気になり……ます」

「病気?」


飢饉のことはロベルトもよく覚えている。かつてこの国では飢饉が起こった。太陽のほとんど出ない夏が3年ほど続き、国全体から食料が消えたのだ。だが病に関しては記憶にない。


「それに加えて疫病も流行ったのですか?」

「私たちはよく覚えてないけどね」

「まだ赤ちゃんだった……です」


それは恐ろしい出来事だったバンは語った。

冷害が起こった最初の年、ルナ家から送られてくる麦が半分になった。当時から畑はあり開墾はしていたものの、とても村全員に行き渡るほどではない。しかしこの時はまだ村人達はそれほど食糧難を危惧していなかった。何しろここはマンバナ村。大山脈から無限に湧き出る魔物を狩り続ける戦士達の村だ。魔物の中には食用に適したものも多く、それで飢えを凌げると考えていた。


冷害が起こった二年目の年はさすがに問題が起こり始めていた。ルナ家からの麦の量がさらに半分になり、栄養失調になるものが目立ち始めたのだ。普段だったら、2~3日も寝ているば治るような風邪が悪化して、そのまま亡くなってしまうものが老人を中心に現れ始めた。


三年目は村人全員にとって悪夢だった。疫病が発生したのだ。身体が震えだし、手足の筋肉が強張り、そのうちに歩行もままならなくなり衰弱して死ぬ。麦を食べている家の人間が病気になりにくいということに気づいたのは冷害が終わる直前のことだった。


「あのまま飢饉が続いていたら、我々は野盗にならざるえなかったかもしれません」


それをせずに済んだのはルナ領で魔物の大氾濫が発生したからだ。それを聞いた先代の領主であるダボンの父はすぐにルナ公ザカードに応援を打診し、派遣した戦士団は魔物を壊滅させた。その代価に食料供給を約束させたのだ。


「だからこそ、ここ数年の我々はとにかく食料を増やすことに専念しているのです」

「なるほど……」


ならばダボンの態度にも説明がつくとロベルトは首肯する。それでも違和感は感じるのだが、それはやはり気のせいだろう。接する限りダボンは良い領主であり、領民のことを普段から気遣っている。領民は大切にしているのに、領地の繁栄には興味がない。そんな領主がいる筈がないのだ。


「まぁ、今は飢饉よりも怖いのは竜ですな」

「竜王の話ですね。明日にはルナ家から先遣隊が来るとか」

「竜王か~、強いのかな? 大きいのかな?」

「ダボン様がやっつけてくれ……ます」


しきり直すようにバンが言い、周囲も追従する。

飢饉も疫病も恐ろしいが、それよりも差し迫った危機が村にはある。厳密には危機が迫りつつある。現状でまだ被害は出ていない。しかしもしも竜王が村を襲えば恐ろしいほどの被害が出るだろう。


「空を飛ぶのですよね。しかも火を噴く……恐ろしい生き物ですね」


かつてこの村の祖先達が竜王を狩っているが、その時の出来事は半ば昔話のようにして伝わっている。ルナ家に保管されていた資料にもそのことは記されていた。


「大きい魔石が採れるらしいよ」


魔物の王である竜王からは巨大な魔石が採れる。それは高額で取引され、かつてのルナ家の蔵を膨らませた。


「ルナ家からたくさんご褒美がもらえ……ます」


それはバンが祖父から聞いたという出来事だ。麦を始めとした食料や、魔石器機、そして美味い酒だ。


「ふむ、凶暴な上に途轍もない強さだったと祖父は言っていましたからな。竜の火が村を焼く前に何とか出来ればいいのですが……」


それは祖父にとっての英雄譚だったのだろう。当時、大山脈から現れた竜王は突然現れ村を焼いた。それを鬼子達を中心とした戦士達は力を合わせて退治した。バンの祖父や、共に戦った戦士達は寝物語に何度も子孫たちに聞かせていたのだ。


(村の連中は昔話に出て来た竜王退治が出来るなどとはしゃいでいるものも多いが、とにかく被害が少なければいいの……)


やはり年をとったと、こういう時にも感じてしまう。おまけに戦士として自信のない彼は厄介ごとなど早く終わって欲しいと考えていた。もっともそれほど心配もしてはいない。


(ダボン様がいる以上、大丈夫じゃろうしな)


彼は己の主の強さを疑っていない。村の中でも高齢の部類に入るバンはこれまで多くの鬼子達を見てきていた。鬼子達は皆が隔絶した戦士だったが、ダボンはその中でも別格に強かった。今、この村で2番目に強いのは同じく鬼子である西の戦士長であるザガだが、そのザガとさえ圧倒的な実力差があるのだ。


(村の未来は明るい……)


始祖である闘神の再来と呼ばれる領主と、それを支えるマンバナ村の聖女。内政を勉強し始めたガランに、リンやミンにロベルト。村は大きく変化しようとしている。これまでランディール王国の中でも取り残されていた辺境のマンバナ村に多くの人や物や金が流れ込んでいる。

戦士として芽の出なかった自分であるが、人生の最後に大きな仕事が与えられたことにバンは総身を震わせた。



その晩のことだ。ロベルトとの話が白熱し、いつもよりも帰りが遅くなった所でバンはダボンに呼び止められた。


「ああ、良かった。バン、探していたんだ?」

「どうかしましたか?」


最初、バンは明日のことについて話があるのだろうと思っていた。明日は竜王狩りのための先遣隊がやって来る。すでに準備は済ませているとはいえ、何か入用になったものでもあるのかもれしれない。そんな彼にダボンは言った。


「袋を準備してくれないかい」


前置きも説明もなく、それだけ伝える。


「今、すぐに欲しいんだ」


さらに続ける。

しかしそれだけで十分だった。


「かしこまりました」


短く応える。

彼はこれから領主としての仕事を行うのだ。


「速やかにお持ちいたします」


そう言ってバンは一礼した。



マンバナ村には4つの集落がある……というのは、恐らく第二章を書くにあたっての設定上の最大の変更点です。人口が増えている、食料が足りなくなる、という点を考えると小さな集落ひとつだけだとちょっと話が合わなくなる気がしたのです。

ちなみにザガが「北と南の集落にはまだ開墾地がある」という発言をしていますが、西の集落にはもともと畑はなく、ここの食料は全て他の集落で負担しなければならなくなっています。


ちなみにエリオットの魔法属性が雷から火に変更されているのですが……まぁ、コイツみんなから嫌われてるキャラなので、誰も覚えてないでしょうね(笑)

穴だらけの設定を指摘されるのに怯える筆者ですが、感想などは手加減していただけると幸いです。

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