覚悟と魔法と首飾りと
魔法を教えてくれ。
そうガランに言われたリッツは返答に困った。ここしばらくなし崩しで行動を共にしているガランだが、基本的には敵同士のはずだ。
「……何でだよ?」
声を潜めてリッツは聞き返す。周囲では大人達が馬鹿騒ぎをしていた。そんな喧騒に紛れ込ますようにガランは呟いた。
「オレ……やっぱり戦士になりたいんだ。魔法が使えれば、今度こそ戦士になれるかもしれない」
右の袖を握りながら言う。一度だけリッツも見た傷だらけの腕だ。それが腹や胸まで模様のように刻まれている。先ほど戦士の一人から聞いたが、数カ月前と比べるとガランは随分痩せたらしい。自分と同年代のバンザ達を見たが、大人顔負けの槍捌きをするような腕前だった。今でこそ歩き方さえぎこちないガランだが、恐らく怪我をする前は同じようにしっかり鍛錬を積んでいたのだろう。何気ない動きの中での身のこなしは悪くないが、それでも今の彼はとても戦う者には見えない。
「なぁ、頼むよ」
「そ、そんなこと言われても……」
真剣な瞳を居心地悪く受け止める。
自分は人に教えられるほど魔法は上手くない。
教えるにしても道具も何もない。
そもそもあの魔女の仲間に教えるはずがない。
沢山の理由を考えついたが、どれ一つ言葉にすることが出来なかった。二人が黙っていると、そのうち酒盛りしていた戦士たちが声をかけてくる。リッツは粟酒を勧められ、ガランも盃を押しつけられ、その時の話はうやむやになった。
酒宴が終わりその晩のことだ。リッツはマンバナ村に来てから離れにある客間でガランと寝食を共にしている。ガランの目的はリッツの監視で、ほとんど四六時中離れることはなかった。しかしその日は珍しく酒宴から帰ったガランは「ちょっと出て来る」と言って、離れを出て行った。
そうしてしばらくして戻ってきたガランはリッツに向かい言った。
「なぁ、リッツ。これやるからさ。オレに魔法を教えてくれよ」
差し出したのは手の平に収まるほどの紫色の石だ。それに紐がつけられ首から下げられるようになっている。
「何だよ、これ?」
「戦士の首飾りだ」
「戦士の首飾り?」
「おう、この村では初めての狩りで狩った魔物から採った石を首飾りにするんだ」
言われて、リッツもこの村の戦士たちが皆、首飾りをつけていたのを思い出す。すぐにそれに思い至らなかったのは、他の戦士達の首飾りと違い、ガランのそれは一回り大きいものだったからだ。それに形も違う。他の首飾りの石は砕いたような歪な形をしているのに対し、ガランのそれは真円に近かった。
「これは俺が初めての狩った魔物から採った魔石なんだ」
その意味に気づいたリッツの視線は無意識にガランの右腕に向かっていた。
「これはオレの一番大事なものなんだ。マンバナ村は貧乏な村だから宝物なんてないし、オレはただの領主の弟だけど財産は兄ちゃんのものだからお金なんて持ってない。これやるからさ……オレに魔法を教えてくれよ」
言っていることがメチャクチャだとリッツは思った。ここしばらく共に行動したからこそ既に彼は知っている。野卑な一面はあるもののガランは馬鹿ではない。そんな彼が道理を無視して自分に教えを乞うている。
「お前さ……何で、そこまでして戦士になりたいんだよ?」
「だって、俺は領主の一族だし……」
「ザガさんは、そんなこと気にするなって言ってじゃないか」
しばらく前に会った異形の右腕を持つ男を思い出す。先ほどの酒宴でもたびたび名前が登場し、皆が信頼していたことからも、彼が村の有力者の一人であることがうかがい知れた。
「だけど領主の家に生まれたのに戦士にならないなんてカッコ悪い……」
「何だよ、それ?」
「領主の家に生まれたヤツは戦士になることが決まってるんだよ。父ちゃんも、兄ちゃんやザガみたいに強くなかったらしいけど、立派に戦士として戦っていたんだ」
とつとつと語る。余所者であるリッツには解らないが、恐らく戦士になるというのはマンバナ村の人間にとって特別な意味があるのかもしれない。しかし次の言葉はリッツにも十分に理解出来るものだった。
「それにオレは兄ちゃんの弟だから、兄ちゃんみたいな強い戦士になりたいんだ」
「お前の……兄さんみたいに?」
思わず怪物の姿を思い出し、その後にガランの痩せた躰を眺め「それは無理だ」と言いそうになったのだが、すんでのところで止める。兄のようになりたいという気持ちはリッツ自身にも痛いほどよく解る目標だからだ。だからこそ彼は真剣に答えなければならない。そう思った。
「なぁ、オレに魔法を教えてくれよ」
「それは……無理だ」
「そっか……俺は姉ちゃんの義理の弟だもんな」
「違う。あの女は関係ない」
リッツは断言する。そして尋ねた。
「魔法についてはどれくらい知ってる?」
「え?」
「だから魔法についてだよ」
「そんなこと言っても、魔法なんて今日初めてみたばっかしだし、よく分かんねぇよ。だからリッツに頼んでるんじゃないか」
「そうだろうな」
一息つく。さらに続けた。
「魔法っていうのは完全に才能だ。才能のないヤツはどんなに頑張っても使えない。お前さ、その首飾りが大切なものだって言ってたよな?」
「ああ」
「じゃあさ、それに触ってるとき魔石がうっすら光ったことはないか?」
「え?」
「ないよな? じゃあ、お前に魔法は無理だ」
はっきりと言い切った。
それは先ほどの酒宴の中でうっすらと予想していたことだった。マンバナ村の戦士達は初めて見た魔法に対して質問攻めしてきたのだが、その中で魔法の適正についての話題も出て来た。そして彼らは誰も魔力を持つ人間が精神を集中して魔石に触れると発光するという事実を知らなかった。魔石を取り扱うことが産業である村にも関わらずだ。魔法で大成する人間は少ないが、単に魔力を扱える素養だけならば五人に一人程度と言われているので、そこまで奇跡的な確率ではない。にも関わらず村人たちはそれを知らない。ひょっとしたらこの村の人間は先天的に魔法が使えないのかもしれないとリッツは考えていた。
「それにもしも魔法の才能があったとしても、ボクに魔法が教えれるとは限らない。ボクが使えるのは土の魔法だけだ。だからもしもお前に魔法の才能があっても、火の魔法や水の魔法の才能だったら、ボクには教えることが出来ない。魔法っていうのは、そういうものなんだ」
残酷な現実を伝えた。この国に住む者にとって魔法は贅沢な習い事だった。何しろ習得するのに時間とお金がかかる。そのくせ才能がある者が時間とお金をかけても十分な腕前になるとは限らない。だからこそ土魔法の使い手が極端に発現する血統であるコーナルル傭兵団が勇名を馳せているのだ。リッツや兄のディンは代々傭兵団に伝わる土魔法の鍛錬法でいくつかの魔法を使えるようになっていた。しかし魔石を光らせることが出来ても土魔法の適正がないものは魔法を覚えることが出来なかった。何しろそのためのノウハウをコーナルル傭兵団は持ち合わせていないからだ。
「…………そうか」
長い沈黙の後、ガランは呟く。泣いているのかとリッツは思ったが、俯いていた顔が前を向いた時、涙が流れていないのを見て内心でほっとする。
ガランは「悪かったな」と言うと、振り向くことなく部屋を出る。
「何だよ……まるでボクが悪いみたいじゃないか」
嫌な気分だった。
自分は正義のはずだった。兄を陥れた魔女を倒せば、それで万事が上手くいくはずだった。だというのにこの村に来てからというものろくな事がない。リッツは去り際のガランの顔を思い出し、やはり何か声をかけた方が良いのではないかと思い部屋を出て追いかける。だが既にガランの姿はそこにはなかった。
「ちぇ、何だよ」
そこにガランがいなかったことに安堵したのを隠すように悪態をついて見せる。
リッツが逗留しているのは母屋ではなく離れだ。夜の間は母屋に近寄らないようにガランから伝えられている。
「まぁ、帰ったんなら仕方がないよな……」
その言葉もやはり言い訳じみていた。
未練がましく母屋を眺める。少し迷っていた。
母屋には近づいてはいけない。それはあの恐ろしい大男にも言われていたことだった。それを思い出した途端、領主の屋敷が悪魔の居城に見えて来る。
「……しょうがないさ」
もう一度言う。
その時だった。
「リッツ?」
声が聞こえた。若い女性の声だ。
リッツも当然、その声の主を知っている。長い黒髪と白皙の美貌。この村では魔女ではなく聖女と呼ばれている女。シルフィー・ルナだった。
本作で何度も登場する魔法ですが普及率は高くありません。完全に才能の世界なので勉強しても大成しないことが多いからです。なので王国では魔石を加工することで擬似的に魔法を再現する魔道具の開発に力を入れています。
ちなみに本作で登場している魔道具は、明かり、通信機器、馬型ゴーレム、そして武器というように戦争に転用可能な技術がほとんとです。そっち優先なのであまり庶民の生活を良くするためにとかでは作られません。
本作を読んで「おっ、ちょっと面白いじゃん」と感じていただけたら、感想、評価、ブックマークなど、よろしくお願いします。




