覚悟と矜持と策謀と
「それで、どういうつもりだったんだ」
「うう……兄ちゃん、ごめん」
ダボンに執務室に呼び出されたガランは、小さくなって縮こまっていた。それはリッツが勉強会に参加したすぐ後のことだった。
珍しくダボンは怒っていた。それもこれもシルフィーが沈んだ表情で教室から出てきたからだ。
「シルフィー姉ちゃんとリッツに仲良くなって欲しいと思って……」
「それは……そうなんだろうけど」
ガランの気持ちは解る。だからこそ、ダボンも振り上げた拳の落としどころに困っていた。ダボンは落ち着き払うためにも団子鼻から太い息を漏らしてガランに向き直る。
「で……リッツに接してみて、ガランはどう思った?」
「う~ん、そうだな……よく分かんねぇや」
「まぁ、そうだろうな」
ダボンも同意する。リッツにとってディンは偉大な兄だったのだろう。しかし『黒薔薇の魔女と野豚の騎士』でしか知らないガランにとって、ディンはそれこそ物語の端役に過ぎない。もちろんガランも兄を慕う弟であるのだが、やはり逆恨みのように感じてしまう。
「なぁ、兄ちゃん」
「何だ?」
「リッツの兄ちゃんが死んだのって、シルフィー姉ちゃんが悪いと思うか?」
「それをリッツの前でも言ったのか?」
「え?あ、うん、言ったけど?」
「そうか……」
ダボンは苦々しく唇を曲げる。それを見てガランは「ん? 言っちゃ駄目だったのか?」と聞くのだが、対するダボンはもう一度唇を曲げ直して言った。
「いや、駄目じゃないよ」
そもそも価値観が違う。そして伴侶となる女性を恨んでいるような人間と価値観を共有するつもりはダボンにはなかった。
「確かにシルフィーが悪いと言えば、悪いのかもしれない……けど、それを言ったら傭兵なんてやらなければいい、というのが本音かな。一番悪いのはどう考えてもディンだ。弱いヤツが……悪いんだ」
最後の言葉は吐き捨てるように言う。もちろんディンが傭兵をやっていたのにも何かしらの理由があったのだろうが、それこそダボンにもシルフィーにも関係ない。
「そ、そうだよな」
「ああ、そうだ」
ガランは控え目に同意しながらも、それでも右の袖を握りながら言う。
「でもさ、兄ちゃん。アイツそんなに嫌なヤツでもないんだぜ」
「そうなのか?」
「ああ、傭兵辞めるなら耕し手にならないかってザガも誘ってたしさ」
「ザガが?」
「おう、だからさ、もうしばらく様子見てやってくれよ」
ザガの名を出されダボンは意外そうに眉を上げる。西の集落の戦士長であるザガはマンバナ村の有力者の一人でありダボンの兄貴分でもある。そして今は亡くなったダボンの父はザガの兄貴分だった。
「そうか、なら仕方が……ないな」
ザガの名を出され不承不承に納得する。
「だけど竜王を狩る準備が始まるまでだ。それまでに何ともならなければ、リッツには村から出て行ってもらう。言っておくけど、これはシルフィーにも秘密だからな」
「分かったぞ」
「なら、いい」
「おう……でも兄ちゃん、それっていつまでだ? それに竜王なんて本当にいるのかな?」
至極真っ当にガランは尋ねる。巨大な竜が大山脈に巣食っているという話は昔から酒の席でもよく聞かれるし、自分達の祖先がそれを何度か倒している話も知っている。だがガランが生まれてから、竜王が出たなど聞いたことがない。
「大きな竜がいるのは間違いないみたいだ。聞いて回ったけど、西の集落ではザガの他にも見た者がいるらしい。ただ、頻度は多くないし、全て狩りの最中のことらしい」
「大山脈の近くってことか」
「そういうことだ。わざわざ山まで入って狩りに行くとなると面倒だな。出来れば永遠に山に籠っていて欲しいもんだ」
「でも兄ちゃんなら竜王が相手でもへっちゃらだろ?」
「さぁ、どうだろう。普通の竜とは違うだろうしな。まぁ、ルナ公の意向もあるから、ある程度しっかり調べる必要がある。もう少し……そうだな、1週間だ。あと1週間したら、ルナ家から先遣隊が来る。その前になんとかするように頑張るんだ。解ってるとは思うけど――」
「おう、シルフィー姉ちゃんには秘密だな」
「ああ、そうだ。陰ながらシルフィーの力になってやってくれ」
ダボンが静かに告げる。ガランは兄から頼みごとがされたのが嬉しかったのか、張り切って部屋を出た。執務室にはダボンが独り残されている。
「竜王にリッツ・コーナルルか……」
ポツリと呟いた。
強大な魔物の王と、脆弱な子ども。それがまったく同質だと言わんばかりにダボンは吐き捨てる。
「まったく面倒くさい」




