迷いと決意と秘め事と
「大丈夫ですか?」
「ええ、もう大丈夫だわ。心配をかけてごめんなさい」
ベッドで横になるシルフィーにダボンは遠慮がちに声をかける。元から色白のシルフィーなのだが、顔色は明らかに悪い。そんな青白い婚約者の顔を見ながらダボンは心の中で「不味いな」と呟いた。今の彼女の様子にダボンは覚えがあった。それは数カ月前王都へ赴いたときの彼女の姿だ。マンバナ村に戻って来てからは何事もなく過ごしていたために問題視していなかったが、やはり彼女の心には大きな瑕疵が残っていて、それが本来のシルフィーらしさを損なっている。
「無理をしなくてもいいですよ」
「そういう訳にもいかないわ。私がしでかした事が原因なんだから」
ダボンは思わず「そうでしょうか?」と言いかけて、その言葉を飲み込んだ。少なくともダボン価値観では、そうではない。しかし彼は知っている。彼女はディンの死に責任を感じているのだ。そうでなければ顔を見られるのさえ嫌がっていた彼女が王都で外出などする訳がない。
「責任というか義理は果たしているとは思いますよ」
シルフィーと一緒に供えた赤い花を思い出してダボンは言う。むしろその辺りの話を切り出して和解を切り出してはどうかとも思ったのだが、すぐに自分の浅はかさに気づき口を閉ざした。
方法は間違ってはいないのだろうが、そのまま切り出してはリッツを頑なにさせてしまうだけだ。そもそも頑なになったリッツが「そんなものは嘘だ」と言ってしまえばそれまでなのだ。
ダボンは丸い鼻をポリポリと掻きながら控えめに尋ねた。
「どうしようもないなら僕の方で何とかしてみましょうか?」
「前にも言ったけど、それは駄目よ」
「しかし……」
「解ってるわよ。それが一番簡単だってことは……でもね、それは絶対に駄目」
今にも倒れそうな顔色にもかかわらず、強い口調でシルフィーは言う。それがダボンには不思議だ。そんな彼にシルフィーは告げた。
「だって、あの子は昔の私と同じだから」
「シルフィーと?」
「ええ、そうよ。あの時の私と同じ。憎しみで周りが見えなくなってるわ」
愚かで無様だった一年前の自分を思い出して言う。
「正直、彼を助ける必要はあまりないとも思っているわ。でもね……夢を見るのよ」
「夢?」
「そうよ。昔の夢。私があの子に……アリスに固執したせいでどんどん状況が悪くなって、誰も助けてくれなくて、最後には馬鹿やって破滅したときのことよ。それが夢になって出てくるの。だから……私は今でもあの子が怖い」
本当にアリスのことが怖いのだろう。搾り出すようにシルフィーは言う。
「私はアリスに負けたわ。負け犬よ。前に王都に行った時に少しだけやり返せたけど、あんなんじゃ全然駄目。だって私は何回も何回もあの子に負けてるんだから……だからよ」
「?」
「リッツを見捨てたら、あの日の私を見捨ててしまうような気がするの」
「そ、そうですか……」
正直、ダボンには理解しきれなかったが、リッツと和解するということはシルフィーの中では重要なことらしい。それは理解出来た。
「ままならないものですね」
「そうね……ままならないわ」
シルフィーは沈んだ表情で視線を伏せると黒真珠のような瞳が憂いを帯びて揺らめいた。ダボンはその美しい色に思わず見惚れた後、すぐに己を叱咤した。
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
「そう?」
「はい。ただ、ままならないなりにも何か出来ることをしようかと思って」
「出来ること……何かしら?」
「とりあえずガランを叱りにいきます」
「別にいいわよ」
「そうもいきません。悪気はなかったんでしょうが、ひと言伝えてから行動に起こすべきでした。シルフィーの心の準備があれば、もう少し結果は変わっていたかもしれないものを……」
やはりこれも間違ってはいないがタイミングが悪かったのだろう。
「あまり強く言わないであげてね」
「善処します」
ダボン自身も他人の心の機微には疎い方なのだが、気がついたからには言うべきだろう。そして今は自分にとって出来るべきことをやるだけだ。顔色を悪くして横たわるシルフィーの姿を見て思う。
「まぁ、悪いようにはしませんよ」
部屋を出るためにシルフィーから視線を外してダボンは言った。




