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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第二章 小さな復讐者と怪物の王
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出会いと忠告


「ドゥードゥ婆ちゃん、串肉2本くれよ」


屋台につくなりガランは店主のドゥードゥに言うと、彼女は串に刺さった肉をタレにつけて焙っていく。すでに一度火を通した肉からはすぐに香ばしい匂いが漂ってくる。その匂いにリッツは唾を飲み込んだ。ガランはそれを一本左手で持ってリッツに差し出す。


「ほら、食えよ」

「あ、ああ……いくらだよ」

「え?」

「え、じゃないよ。値段、いくらだよ」


きょとんとしたガランだったが、それが串肉のことを聞いていることに気づく。そうしてドゥードゥの方を振り向くと、老婆は笑って首を振っていた。


「いらねぇってさ」

「いいのかよ」

「ああ、それにここはウチがやってる店だしな」

「え?」


今度はリッツがきょとんとする。そして思い出す。目の前の少年は粗雑で、いかにも田舎者といった風だが、彼はれっきとした領主の弟なのだ。


「お前んちがやってる店なのか?」


改めて屋台を見れば、そこには野菜、穀物、干した肉など、食品を中心に雑多な商品が並べられている。


「おう。って言っても、バン爺ちゃんが帳簿を見てるだけで、ほとんど何もしてないけどな。シルフィー姉ちゃんが来てから品物もいっぱい増えたしな」

「そうかよ……」


ガランは左手で串肉をもう一本ドゥードゥから受け取ると、串肉を持つとガブリとかぶりつく。それに倣いリッツも口を開けて串肉に噛みついた。肉の味には覚えがある。魔物の肉。恐らくは角猪か何かだろう。甘辛いタレの中に微かな香草の薫りがして、それが肉の臭みを消していた。

その予想を裏付けるように角猪の毛皮を持った女性が毛皮と野菜を交換している。


「旨いだろ」

「ああ」

「シルフィー姉ちゃんも、ここの串肉が好きなんだぜ」

「…………っ」


その一言でケチがつくものの、すでに最初の一口は飲み込んでしまっている。握った串に力が入るものの胃袋はすっかり串肉を歓迎してしまっていた。どうしてやろうかと思案した挙句、結局はもう一口食べたいという欲求に抗うことは出来なかった。

面憎(つらにく)い女の顔が頭を(よぎ)りながら肉を(かじ)ると、やはり旨い。それでも意地が許さないのか、ガランが「姉ちゃんは兄ちゃんと歩きながら食べるんだぜ」と言うと、逆らうようにして屋台の前の椅子に腰かけた。

ガランもそれに倣い、ドゥードゥに串肉を更にもう二本注文して、そのうちの一本を再びリッツに押し付ける。そうして二本目の串に齧りついたとき、大きな人影が姿を現した。男はガランを見るなり朗らかにガランの名を呼び、ガランも男の名を呼ぶ。串肉を一本手に取った男を見てリッツは息を呑んだ。


男は異形の巨漢だった。とはいえ別に容貌が醜いというわけではない。三十路を過ぎたと思しき顔立ちは精悍で、そのくせ目つきが妙に人懐っこい。太い声は落ち着いたもので、聞くものに安心感を与えるものだった。では何が異形なのかと言えば、その右腕だ。彼の右腕は左腕と比べて不釣り合いに太い。無論、左腕もその体躯に相応しく(たくま)しいものだ。しかし右腕はそれ以上に太い。数匹の大蛇が互いに(から)みあったような、隆々とした筋肉を纏っている。まさに異形の右腕だった。

マンバナ村の西の集落の戦士長、ザガだ。


「ガラン、こいつは?」

「ああ、リッツて言うんだ。しばらくウチで世話をすることになったんだ」

「へぇ、そうかい」


ザガはリッツを一瞥(いちべつ)して「まだ幼いが良い戦士だ」と評する。そして同時にこう言った。


「だが心が折れているな」

「え?」


その一言にリッツはドキリとする。その手は無意識に腰に佩いた小剣の鞘へと伸びていた。


(なん)かあったのか?」


人懐っこい目が真摯にリッツを覗き込む。

それに答えたのはガランだった。


「ああ、コイツ、さっき兄ちゃんに喧嘩売ってボコボコにされたんだ」

「おい」

「本当のことだろ」

「よく分からないが、ダボンにやられたのなら石に(つまづ)いたんだと思って、さっさと忘れるこった。嵐や地震に巻き込まれたとしても、それは負けたとは言わねぇからな」


二人のやり取りを見てザガは笑う。木漏れ出る笑みも自信に満ち溢れた太いものだ。その所為か、初めて会った男に内心を見抜かれたというのに不思議と安心感を感じるものだった。


「えっと、ザガさん」

「何だい?」

「何で僕が自信をなくしてるのが分かったんですか?」


急に丁寧な口調になったリッツをガランは茶化すが、リッツはそれを無視して問う。するとザガは「よくあることだからな」と答えた。


「この村は昔から魔物と戦い続けてるのは知っているか? そんな村だから、当たり前のようにしょっちゅう大怪我するヤツが出るんだ。それで戦士を続けることが出来なくなるヤツも出る。死人だって出る。ところがだ。怪我を負った戦士の中には、怪我が癒えたあとも戦えなくなるヤツが出る。戦うことが怖くなったヤツだな。身体は無事でも心が折れちまったんだ」

「心が……折れる」

「ああ、そういう風に俺達は言っている。他にも『蛇に喰われた』なんていう時もあるがな」

「蛇に……!」


暗く冷たい感触を思い出し、無意識に右手が胸に触れていた。


「その……戦えなくなった戦士はどうなるんですか?」

「もちろん戦士をやめるしかねえ」

「戦士をやめる……」


視線が腰に佩いた小剣へと向かう。鞘の中で二つに折れてしまった彼の愛剣。別に蛇が巻き付いている訳でもない。しかしこれを抜く勇気は今の彼にはない。

そしてふと思い至り、リッツは傍らに立つガランを見る。今しがた見せてもらった生々しい傷跡。彼はしばらく前に死ぬほどの大怪我をしたのだ。その視線に気づきガランは怪訝な顔をする。


「何だよ?」

「あ、いや……」


ガランへ「お前は戦いが怖くないのか」と、その一言が言い出せず、リッツは結局押し黙る。ザガはそんな二人を見比べながら薄く笑みを浮かべた。


「まぁ、戦いが怖いというのは悪いことじゃねえさ。勇敢と蛮勇は似て非なるもんだからな。そこをはき違えた奴は狩りに行ってもすぐに死ぬ。死に真剣に向き合って、それを乗り越えて初めて一人前の戦士ってわけだ」

「死に向き合う……」


その言葉を聞き、リッツはふと思い出した。それは兄が死ぬ一年と少し前、彼が初めて実戦で人を斬った日のことだ。初めての戦場。怒号と狂騒が支配する中で、彼は初めての戦果を挙げた。大人たちに勧められて時おり呑まされる酒にも似た酩酊感の中、リッツは得体の知れない万能感に支配された。そしてその後の戦勝の宴の中、興奮するリッツに兄のディンが今と同じことを言ったのだ。


「死線を超えるということですか?」

「死の線か、言いえて妙だな。生と死の境界線を、見極め、恐れず、ギリギリを踏み越える。誰から聞いたんだい?」

「に……兄さんから」

「こいつ、こう見えても傭兵なんだよ」

「ああ。それでか」


ガランの言葉にリッツの背景が透けて見えたのか、ザガは得心がいったのかのように頷いた。


「あれは大変な仕事だな」

「ザガも昔、傭兵をしたことがあるんだろ?」

「傭兵というか、遠くまで狩りに行っただけだがな。あれだけの数を一度に狩ったのは後にも先にもあの時だけだ。食料を買うためだったとはいえ、もう二度と御免こうむりたいな」


ザガ嫌そうな顔で言い、ガランは神妙な顔で聞く。


「戦うってのは大変な仕事だ。だから無理に続ける必要はない。何だったら畑を耕して生きていってもいいんだ。心が折れなくとも怪我をした戦士はみんなそうする。この村じゃあ、どちらかと言うと人気のない仕事だが、昔ほど気にすることでもねえさ」


ガランの手が自身の右腕に触れているのを見て、リッツはこの馴れ馴れしい少年に初めて親近感を抱いた。その視線に気づいたのか、ザガはガランの頭をぽんぽんと軽く叩いて告げた。


「お前はダボンの手伝いだ。アイツに何かあったら、お前が領主なんだからな」

「でも俺は兄ちゃんみたいに強くないし……もう」

「お前の親父よりも俺の方が強かったが、誰も文句なんて言わなかった。領主の一族は鬼子が出やすいし、一番偉いヤツが一番強いってのは解りやすいが、別に必要なことなじゃねえ。ダボンの世継ぎが生まれるまでは、お前が次の領主だ」

「うん……」


明らかに納得がいっている訳ではない。しかしそれでもガランは首肯した。


「リッツも傭兵が出来なくないと思ったら、いつでも言うといい。北や南の集落ではまだ畑を耕せる土地が残っているからな。若い耕し手は大歓迎だ。最近はシルフィー様のおかげで、怪我で戦えなくなるヤツもずいぶん減ったからな」


憎い女の名が出て、リッツは思わず表情を歪めそうになる。しかしそれ以上に浮かんだ疑問が先に口に出た。


「シルフィーのおかげ?」

「ああ、そうだ」


誇らしげにザガは語る。


「シルフィー様の癒しの奇跡のお陰で大怪我をしても戦士に復帰出来るものが随分と増えた」

「癒しの奇跡?」

「ああ、聖女様の奇跡の御業だ」


それが治癒魔法のことだと気づくのに数瞬の時間を要した。彼の知る邪悪な魔女のイメージと、シルフィーが怪我人を癒すイメージが結びつかないこともあるし、これまでリッツが聞いてきた風聞に彼女が治癒魔法を使えるなどという話はなかったからだ。


(あの女が聖女だなんて……)


それに反射的に悪態を吐きたくなったのだが、ガランの先ほどの忠告と心酔するザガの顔を見て、慌ててそれを飲み込んだ。この村の人間にとってシルフィーは真実聖女なのだ。


「ところで、リッツはいつまでこの村にいるんだ?」

「し、しばらくは……」

「そうか、なら早めに決めた方がいいだろうな」

「決める……何をですか?」


ドキリとする。

心の中でシルフィーを嫌っているのがバレたのか? そんな考えが思い浮かぶ。しかしザガは空を見上げた言った。


「近々大きな狩りがあるかもしれないからな。戦士でいるつもりならいた方が良いが、決められないのなら去るべきだな。狩りに参加するしないに関わらずな」

「大きな狩り?」


リッツの言葉にザガは「ああ」と力強く頷き、短く「竜だ」と告げた。


「戦ったことは?」

「いえ……でも、見たことならあります。甲羅のあるヤツで、兄さんが追い払ってくれて」

「へえ、それは凄えな。甲羅ということは地竜か」

「なんだよ、ザガだって勝てるだろ」

「まぁな。だが竜の前に立てるというだけでも大したもんだよ」


左の拳と、それよりも一回り大きな右の拳。両の拳をゴツンと打ちつけて「アイツの甲羅は硬いからな」と笑う。それを見てリッツは驚愕した。


「まさか割ったんですか?」

「ああ、本当は弓が本職なんだが、片目を射抜いてやったら甲羅の中に閉じこもりやがってな。しょうがないからグンガの馬鹿と一緒によじ登って……おっと話が()れたな。大きな狩りがあるかもしれないって話だが、心が折れたままでいるんなら、この村にはいねえ方がいい。戦うべきときに戦わなかった。そういう思いを一度すると、いつまでも引きずる羽目になるからな。戦士としてもう一度戦うなら、それも糧になることもあるが、そうでないなら重荷になるだけだ」

「この村が戦場になるってことですか?」

「そうならないようにするつもりだけどな。だが今回の竜は飛ぶ。しかも見たこともない大物かもしれない。村の連中はそうもいかねえが、出て行けるんなら、わざわざいる必要はねえ」


神妙に言い、ザガは最後に「畑を耕す気はねえんだろ?」と笑って見せた。



ダボンは領主の家柄として闘神の直系の血筋なのですが、200年の時間の間に村中に血は広まっているので家柄に関係なく闘神の隔世遺伝は発現します。前章でダボンが「魔物を素手で倒せるのは10人ほど~」と言っていますが、現在マンバナ村には10人の鬼子が存在します。もちろんダボンがその中でも最強なのですが、それは家柄ではなく偶発性によるものです。ガランはその辺りを勘違いしているので劣等感を抱いてしまっています。


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