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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第二章 小さな復讐者と怪物の王
54/107

ガランとリッツ①


「なぁ、もうちょっとゆっくり歩いてくれよ」

「ついて来るなよ」


自分の後ろについて回る少年を見てリッツは忌々しそうに言った。先ほどの執務室の一件から逃げるようにリッツは屋敷を出たのだが、ガランという少年は自分の後をついて来る。


「そうは言ってもなぁ。兄ちゃんにお前のこと見張るように言われてるしさ」

「…………っ」


ダボンの名を出されてリッツは押し黙る。


(こいつ……わざと言ってるんなら狡猾なヤツだな)


振り向いて改めてガランを見ながらリッツは心の中で呟く。妙なヤツだとリッツは思った。年のころは10歳ほど。自分と同じくらいの年の少年だ。この村の人間は何人かすれ違ったが、他の村人と比べると肌の色がやや白い。それは人種が違うというよりも、どこか病弱な色白さだった。この時期には珍しく長い袖のシャツを着ていて、足が悪いのか歩みが遅く、身体が悪いのは間違いない。顔立ちに僅かにあの怪物と似た部分がなければとても弟だとは思えなかった。


「だいたい、お前さ。どこに行くつもりなんだよ。外は魔物もいるしさ、危ないぞ」

「何だよ、お前。魔物が怖いのかよ」

「そりゃ、魔物は怖いよ。人間よりも強いからな」

「僕は怖くないさ」


そう言って腰に()いた小剣に手を添えようとして――腕に暗く冷たい蛇の感触が蘇る。


「ん? どうした?」

「何でもないさ。魔物なんて怖くない。僕は魔法が使えるからな」

「すげぇな、お前。魔法が使えるのかよ」

「まぁね。傭兵団の中じゃあ、団長や隊長達の次に、僕の魔法はすごいんだぞ。知ってるか? コーナルル傭兵団だ」

「知らねぇ」

「何だよ、知らないのか」

「こんな田舎に傭兵なんて滅多にこないよ。それにマンバナ村の戦士達はみんな強えからな。傭兵なんて要らねぇもん」


ルナ家が魔石を独占していることもあり、最近までは隊商すら寄りつかない村だったという。来るのは個人で来るような商人だけだ。そしてそういった商人は傭兵を雇う余裕もない。マンバナ村の使命は西の大山脈から発生する魔物からルナ領を守ることにあるので、東からやって来る商人は比較的安全ではあるものの、それでも危険はつきまとう。旅の危険は何も魔物だけではないのだ。

リッツは屋敷から最初にシルフィーに出会った広場に戻ってみた。人口こそそれなりにいるようだが、物心ついた時から傭兵暮らしで様々な街を見たことがるリッツから見てもマンバナ村は辺鄙(へんぴ)な村だ。ルナ領にありながら都からは遠く、ここに来るまでに最後に立ち寄った村から二日も離れている。

それに思い当たり、リッツは「まぁ、田舎者には分からねぇよ」と言い、ガランは「何だよ、失礼なヤツだな」と鼻を鳴らす。


「兄ちゃんに負けたくせに」

「それは……関係ないだろ」


リッツは「あんな化け物に勝てるわけがない」という言葉を何とか飲み込む。しかし表情で伝わったのだろう。ガランはどこか諦めた笑顔を浮かべてリッツに言った。


「まぁ、しょうがねぇけどな。兄ちゃんは特別だから」

「アレ……お前の兄さんはいったい何なんだよ?」

「何って?」

「あのメチャクチャな強さだよ。特殊な魔法でも使えるのか?」

「魔法? そんなの使えないよ」

「だったら――」


あの強さはいったい何なのだろう?


「兄ちゃんは鬼子だからな」

「何だよ、それ?」

「オレ達のご先祖様はスゲー強い人だったらしくてさ、うちの村ではそのご先祖様の血を継いだスゲー強い子どもがたまに生まれるんだよ。兄ちゃんはその鬼子の中でも特別に強いんだ。魔物だって素手で捻り殺せるくらいだからな」


剣による刺突を平然と素手でつかみ取る。確かにあの馬鹿げた腕力なら魔物を素手で(ほふ)ることも可能だろう。心の内に湧き上がるものを振り払うようにリッツは言う。


「僕の兄さんだって……負けてないさ」

「ああ、そうか。お前の兄ちゃんも強かったんだよな」

「そうだ。兄さんならきっとアイツにだって負けないさ。兄さんは凄かったんだ。俺と同じ年の頃にはもう大人に負けない剣の腕前だったんだ。魔法だってその頃には一番だったんだぞ」

「へぇ、スゲー兄ちゃんだったんだな」

「そうだ! 兄さんならアイツにだって……」


「勝てるはずだ」と、そう言いかけてリッツは押し黙る。脳裏に一瞬、あの恐ろしい大男の影が(よぎ)った瞬間、胸の中にいる何かがじわりと心臓を絞めつけた気がしたからだ。


「何だよ?」

「な、何でもないさ」

「そうか?」

「そうだよ!」


むきになって言い返す。

きっと兄ならばあの怪物にも勝てるはずだ。そう思い込まなければ腹の底に巣くった恐怖に飲み込まれそうだった。


「なぁ」

「何だよ」

「お前の兄ちゃんがスゴかったのは解ったんだけどさ……」


ガランは困ったように頬をポリポリと掻く。そうして少し考えた後、目の前の少年に提案した。


「敵討ちするの止めないか?」

「なっ!?」


正面から申し出て来るガランにリッツは一瞬声をつまらせる。

そして口角泡飛ばすように気色ばんだ。


「そ、そんなこと出来るわけないだろ!!」

「いや、でもさ……」


ガランは言いにくそうに、しかしハッキリと言い放った。


「お前の兄ちゃん殺したのって、この国の王子様だろ? そもそも姉ちゃん関係ないじゃん」

「なっ!!?」


あまりにも当たり前な事実を口にする。それはつい先ほどダボンがシルフィーに語り、彼女自身が口止めしたのと同じものだった。それを至極当たり前にガランは口にする。


「そんなことはない。あの女は魔女だ。あの女の悪だくみの犠牲になって兄さんは死んだんだ!」

「いや……まぁ、その辺りの話の流れは知ってるけどさ」


ここ数カ月で人の流入が増えたマンバナ村。そのこともあって王都で起こった事件は風聞として伝わっていた。それも嫉妬に狂った女が王子を害そうとした事件ではない。高飛車だが気高い少女が無実の罪で辺境へと追いやられ、それが華々しく王都へと帰還する『黒薔薇の魔女と野豚の騎士』の物語としてだ。おまけに風聞とは人の口が変わるたびに変化し、さらにこの村はルナ領の一部である。当然、噂は悪いものから良いものに変化していた。そのこともあり元から聖女として崇められていた村人のシルフィーへの想いは、絶対的な信仰にまで昇華されてしまっていた。

だがそんなことを知る由もないリッツは叫ぶ。


「兄さんが負けたのも、あの魔女が何かしたからだ!」

「……? 何でだ?? 姉ちゃんが勝たないといけない勝負だったんだろ?」

「それは……そうだけど」


『黒薔薇の魔女と野豚の騎士』の物語では、シルフィーは嫉妬に狂った悪女ではなく、王子に忠言するために憎まれ役を買ったことになっている。実際にはアリスへの嫉妬が多分に混じってはいたのだが、世間は残酷だ。流行りの脚本家が書いたこのシナリオは面白おかしく世間に真実として流布してしまっていた。

シルフィーにとって誤算があったとしたら、彼女にとってアリスとの過去はもう思い出すことさえも恐ろしい悪夢であり、これらの噂にも耳を背け続けていたという事だ。だから村人たちに自分が辺境のマンバナ村にやって来た経緯が歪められて完全に伝わりきっているなど、夢にも思っていなかった。

そしてさらにもう一つ。

残酷な、シルフィーがダボンに禁じていた言葉をガランはあっさりと口にした。


「だいたいお前の兄ちゃんが王子様に負けたのは、王子様よりも弱かったからだろ? それもシルフィー姉ちゃん、関係ねえじゃん」

「――――!!」


ガランの言葉にリッツは絶句した。

そう、シルフィーに誤算があるとすれば、マンバナ村の村人達の死生観は都の人間よりもはるかに殺伐と、そして達観したものだということだ。戦士は戦いの中で死ぬ。それは常識である。もちろん死は恐ろしい。避けるべき忌み事だ。しかし名誉なことでもある。そう考えることで彼らは矜持を保ち、この危険な村の中でも生き抜くことが出来るのだ。

だからこそガランは言う。


「お前の兄ちゃんって戦いの中で死んじゃったじゃないか」

「そ、そうだ。あの魔女のせいで死んだんだ……」

「まぁ……それならそれでいいけどさ、でもそれって仕方のない事じゃないのか?」

「仕方ないだって!」


リッツは気色ばむ。正直ガランは面倒くさいと思った。しかしリッツの監視は尊敬する兄から任せられた仕事であり、大好きな義姉がけなされるのも面白くない。だからこそ、率直な意見をぶつけてやった。


「いや、だから傭兵って、戦士みたいなもんだろ。だったら戦いで死んじゃうこともあるんじゃないのかな?」

「何が言いたいんだよ!」


今度はリッツが眉を寄せる。


「マンバナ村は昔から魔物を狩ってる村なんだ。この村の戦士達は強いんだけど、魔物は危険からやっぱりたまに死ぬこともあるんだよ」

「だから何だよ」

「いや、だから戦いの中で死んじゃうのは悲しいけど、それってやっぱり仕方のないんじゃないかな。ほら、オレもこの前に魔物と戦って大怪我しちゃってさ」


そう言って、ガランは右の袖をまくって見せる。そこから現れた傷跡を見てリッツは息を飲んだ。ガランの細い腕には切れ味の悪い刃物で無理やり線を引いたような歪な肉が盛り上がりが刻まれていた。しかもそう古いものではない。尋ねるやはり怪我を負ってから半年も経っていないようだった。「死にかけたんだぜ」と言われ裾を(めく)った腹からにも同様の傷が縦横に刻まれている。


「兄ちゃんの真似をして一人で狩りに行ったときにやられちまったんだ。四ツ目狼って知ってるか? 一匹はやっつけたんだけど、その後にでっかいヤツが出てきてさ。あとで兄ちゃんに聞いたら六つ目って言って、四ツ目狼の珍しいヤツらしいんだけど、そいつにガブってやられちまったんだ」


四ツ目狼はリッツも見たことがある。大きさは大型犬程度であるが動きが素早い。(あぎと)の強靭さは目の前の傷跡を見れば一目瞭然だ。リッツも魔法を使えば勝てるが剣技だけなら難しい。六ツ目狼は見たことがないが、それより遥かに大きく強いことは知っている。よく死ななかったものだとリッツは嘆息(たんそく)した。

そんなリッツにガランは言う。


「運が悪かったり、実力が足りないと大怪我したり死んじゃう。戦士の戦いって、そういうものだと思うんだけど、傭兵は違うのか?」

「そ、それは……」


押し黙る。

言いたいことはあるが、目の前で傷を負ったガランを前にすると言葉が出てこない。結局「まぁ、傭兵の流儀と戦士の流儀は違うだろけど」とガランはは一人で納得する。


「それよりさぁ、腹へってないか。何か食おうぜ」

「あ、ああ……」


断っても良かったし、断った方が良かったはずなのだが、雰囲気に飲まれたのだろう。思わずリッツは頷いてしまう。それどころか「しばらくマンバナ村にいるんだろ。ついでに案内してやるよ」との申し出にまで思わず頷いてしまう始末だった。心の中で「まぁ、どのみちこの村にはしばらくいるんだし」と言い訳にように呟き「魔女の隙をうかがうためだ」とリッツは無理やり納得する。そんなリッツにガランは思い出したように忠告した。


「そうだ。リッツ」

「何だよ」

「姉ちゃんのことは絶対に魔女だなんて言うなよ。誰かに聞かれたら、村中の人間から袋叩きにされるからな。シルフィー姉ちゃんはマンバナ村の聖女様なんだ。オレもさっきは許したけど、次に言ったらぶっ飛ばすからな」


リッツの返事を聞くこともなくガランは「行こうぜ」とリッツを促した。



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