覚悟のある者、足りない者
執務室に戻るなり、シルフィーはリッツに宣言した。
「リッツ。貴方がマンバナ村に滞在する間は当家が全ての便宜を図るわ。好きなだけここにいなさい」
「な、何を言ってるんだ?」
「そのままの意味よ。気のすむまでここにいなさい」
「僕はお前を殺しに来たんだぞ」
「解ってるわよ」
「だったら僕に大人しく殺されるってことか?」
「それは……残念だけど無理よ。だから私は貴方に諦めて欲しいの」
とんでもなく自分勝手な要望をシルフィーは差し出した。しかしそれはリッツも同様だ。彼自身も己の過ちを悔いる女を斬るのではなく、邪悪な魔女を誅滅したいと考えているからだ。
「勝手なことを……」
「それを承知で言っているの」
当たり前だが、二人はとことん噛み合っていない。そんな向かい合う二人を見て、ダボンは静かに鼻を鳴らす。
シルフィーに口止めされたからこそ言葉にしなかったが、ダボンが見たところリッツには覚悟が足りていなかった。彼はあの時シルフィーに向かい、わざわざ「アンタがシルフィー・ルナだな」と問いかけた。ダボンからすれば、それがもう無駄だ。相手を事前に調べていないなど問題外だし、敵に自分の存在を知らせるなど愚策だ。自分が隣にいたのに、そのタイミングを選んでシルフィーに襲い掛かったのもいただけない。
彼はきっと仇に自分の存在を誇示したかったのだろう。
彼はきっと誰かに敵討ちをする場面を見て欲しかったのだろう。
彼にとってそれは大切なことなのかもしれないが、ダボンからすれば無駄以外の何物でもない。
言葉を交わせば迷いが生じるのだ。
自分の存在を知られれば、それだけ不利になるのだ。
そういった自己満足は勝利にとっての不純物だ。最初にシルフィーを斬り捨てることが出来なかった時点で、リッツの思惑は破綻しているのだ。
「私は貴方のために殺されてあげることは出来ない。だけどそれ以外の事なら極力、要望には応えるつもりよ」
「僕の望みはお前に死んでもらうことだ」
「それは無理よ」
「だったら――」
相変わらず二人の意見は平行線だ。ダボンは「どうしたものか」と頬を掻く。
そして最初に根負けしたのはシルフィーでもリッツでもダボンでもなく、その傍らにいた少年だった。
「なぁ、兄ちゃん。これいつまで続くんだ?」
「何だよ、お前?」
「オレはガラン。この村の領主の弟だよ」
「弟?」
言われて恐る恐るダボンを見る。なるほど少し痩せた印象があるが、顔の造作は確かにこの男によく似ている。ダボンをそのまま小さくしたような少年だ。兄と違うのは可愛らしいつぶらな瞳をしているところだろうか。
「ガラン、お前はリッツが村に滞在する間、ついて回るんだ」
「おう、コイツを見張ればいいんだな」
元気に答えるガランにダボンは「そうだ」と首肯する。
「リッツ、さっきも言ったように君には極力便宜を図る。ただ無条件に自由にさせる訳にはいかないからね。万が一のためにガランを見張りにつける」
「こいつが? 見張り?」
「そうだ。四六時中一緒にいる必要はないが、外出するときは必ずガランに告げるように。勝手なことさえしなければ僕らは君を客人として扱おう」
「ふざけるな! 誰が客だ!!」
「そうか。なら僕は君を罪人として扱う」
その一言にリッツの顔色が変わった。それはダボンの言葉の冷たさのせいであり、その隣に言ったシルフィーの表情が驚愕に彩られていたからだ。ダボンは「好きに選ぶといい」と再び問いかける。
復讐者として潔く果てるか、虜囚として生き延びるか。
考えた末にリッツは答えた。
◇
リッツが立ち去った後、シルフィーは絞り出すように呟いた。
「本当にあれで良かったのかしら」
「最善ではないのでしょうが……僕はああいうやり方しか思いつきませんから」
あの後、リッツは自分が客人であることを了承した。もちろん納得した上ではない。その背景にはあからさまなダボンへの恐怖が見て取れた。
「だけど、あれじゃあダボンが悪者じゃないの」
「まぁ、僕はもともと悪人ですから」
「茶化さないで」
「すいません。だけどこれで彼もシルフィーも考える時間は稼げるでしょうし、僕が悪者になっていれば彼からの敵意も分散されるでしょう」
本当はリッツをあの場で説き伏せることが出来れば幸いなのだが、ダボンは自分にそういったことが出来るとは考えていない。ならば彼に出来ることはただひとつ。
力を見せつける事だけだ。
「その代わり、なるべく早く問題解決してくださいね」
「分かったわ」
答えるものの、どこを落としどころにすればいいのかシルフィーは予想がつかなかった。怨讐を捨てて笑いあう。そんな都合のいい未来を想像しようとするが、今一つそれがイメージ出来ない。感情的になると人間は視野狭窄に陥る。それはシルフィー自身が誰よりも知っているのだ。
巨大な竜が襲来するかもしれないタイミングで個人的なトラブルに見舞われる。因果応報ではあるのだが、その不運に思わず「前途は多難ね」と呟いた。




