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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第二章 小さな復讐者と怪物の王
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魔女と悪人と密談と


王都の決闘の一件から区切りをつけたつもりだったが、ディン・コーナルルのことは未だにふとした時に思い出す。心の中でしこりとなって残っているにも関わらず、彼と会話した回数は意外と少ない。少なくともシルフィーはほんの数度しか記憶していなかった。

苦い思い出である王都の学園時代。シルフィーは決闘の代理人を探していた。

二日前、彼女はアリス・キシュアに決闘を申し込んだ。それもこれも奪い取られた婚約者を取り戻すためだ。時間はほとんどなく味方もいない。ディンはその短い時間で彼女が必死に見つけた人材だった。



「任せときな。王子様を一発ぶん殴って、目ぇ覚まさせてやったらいいだろ?」


自信満々にディンは言う。有名な傭兵団に所属していると聞いているが、それが自信のひとつになっているのかもしれない。同い年だと聞いているが貴族であるシルフィーに気圧されている様子は微塵もなかった。


「簡単にいうけど、エリオット様は強いわよ」

「そうは言っても、所詮はお坊ちゃまの道場剣術だろ。問題ないさ」


あっけらかんと言うが、シルフィーはそれに不安になった。しかし今さら他の代理人など見つけようがない。2日前にアリスに決闘を申し出た時、誰一人自分に味方がいないことが分かってしまった。気づけば取り巻きはいなくなり、誰も彼もが敵になっていた。


(私はもう、この子に賭けるしかない……)


嫉妬、焦り、怒り。

この時、シルフィーは完全に冷静さを失っていた。例え勝ったとしても何も得るものはない。もうどうしようもなくなってしまっているのは解っているが、それでもエリオットの隣にアリスがいることが我慢出来なかったのだ。

その後、ひと言、ふた言、ディンとは言葉を交わしたが、何を喋ったのかよく覚えていない。

シルフィーは後になって後悔する。どうしてもっと相手のことを知ろうとしなかったのだろう。少なくとも運命を任せる相手ならば、もう少し興味を持つべきだった。しかしこの時のシルフィーはやることが多すぎた。決闘は明日であり、それまでにディンを学園の生徒として入学させるための工作を行わなければならない。彼に支払うための報酬、関係者を買収するため交渉。普段は部下や取り巻きに任せている些事でさえ、今は全て自分で行わなければならなかったのだ。


そうして決闘が始まった。

始まって見ればディン本当に強かった。王太子として英才教育を受けていたエリオットは正規の騎士ですら倒してのけるほどの天才だったが、その彼に喰らいついて見せたのだ。エリオットの華麗な剣技には粘り強い守りの技で耐えきり、強力な炎の魔法には練り上げた土の魔法で対抗した。

しかし天祐はエリオットにあった。ディンは徐々にエリオットに押し込まれ、ディンは最後の賭けに出た。最後の魔力を振り絞り最大の魔法をもって土の巨碗を造りだしたのだ。それに対してエリオットは剣に炎を纏わせて強烈な突きを繰り出した。魔力で作った巨人の腕と、劫火がぶつかり合い強烈な光が決闘場を包む。

網膜を焼き尽くすような激しい光が治まった後、剣によって刺し貫かれた少年の身体は全身が炭化しており、エリオットの身体は巨人の腕に飲み込まれ重傷を負っていた。


アリスの聖女の力でエリオットは助かったが、即死した上に遺体の損傷が激しいディンは助からなかった。それが結末だ。

終わってしまった出来事。

そのつもりだった。

だが――





テーブルの上に置かれた二つのティーカップからは細い湯気が上っていた。ダボンが侍女のゼベに言って淹れさせたのだ。マンバナ村に置いている茶葉はあまり良いものではないのだが、淹れたゼベの腕のおかげか香りは悪くない。


「仕切り直しが必要だと思って……余計なお世話でしたか?」

「いいえ、助かったわ」


ティーカップを手にしてシルフィーは答えた。緊張のせいか指先が冷えていた。それを温めるように彼女はカップに両手を添える。中を覗けば自身の不安を表すように(あかがね)色の水面に映った像が揺れていた。


「私は酷い人間ね。ディンのことが、すぐに思い出せなかったわ」

「それは仕方ありません。いきなり現れた昔の知り合いの弟なんてわかるはずないですから」

「それは……そうなんだけどね」

「ちゃんと思い出した。気が付いた。大事なのはそこでしょう」

「そうね。あとは、()()()()()

「……そうですね」


ダボンはティーカップの中身を飲み干して尋ねた。


「それでシルフィーはどうしたいんですか?」

「そうね……」


カップに移った自身の姿は相変わらず揺れている。シルフィーはそれに向き合いながらダボンに答えた。


「正直、失敗したわ」

「失敗ですか?」

「ええ、あの子に謝っちゃったもの。ああいう時はね、本当は先に謝っちゃ駄目なの。交渉で無条件に非を認めるのは空手形を切るようなものだから。それなのにディンの名前を聞いて動揺しちゃったわ」

「シルフィーは突発的な事故が苦手ですからね」

「そうよ、悪い?」

「いえ、こういうのは良し悪しではありませんから」


嫌そうな顔のシルフィーにダボンは苦笑する。ここ数ヶ月一緒に過ごして気づいたが、彼女は偶発的に起きるトラブルが苦手なようだった。優秀なシルフィーたが、彼女は典型的な秀才型の人間だ。普段からの入念な下調べと準備で大抵のことは人並み以上にこなすがアドリブに弱い。しかしそれは何もおかしなことではない。


「そもそも突発的な事故が得意な人間なんて存在しませんよ」

「そうなんだけどね……」


それでも彼女の顔色は優れない。彼女は学園時代の3年間、ひたすら不運に見舞われ続けたという経験がある。

学園の不文律を犯し続ける()()()()()()を注意しようとすると、雨が降り、馬車の車輪は外れ、使用人は体調を崩し、犬に追いかけられる。その思い出が不測の事態の彼女を必要以上に緊張させるのだ。


「それを踏まえた上で考えましょう。シルフィーは彼をどうするつもりなんですか? 念のために聞きますが、仇を討たれてあげる気はありませんよね?」

「それはさすがに……無理ね」

「なら良かったです。村人から聖女様って呼ばれてるからかもしれませんが、最近のシルフィーは村に来た時よりも丸くなっていますから」

「その呼び方は止めなさい。怒るわよ」


村人たちの前では決して見せない、心底嫌そうな顔で言う。マンバナ村の聖女の称号はシルフィーにとって忌み名でしかない。当初よりも随分とマシになったが、聖女と呼ばれると否応なしに本物の聖女のことを思い出し、今でも腹の中を掻きまわされるような不快感に襲われるのだ。

少し調子に乗りすぎたとダボンは心の中で反省する。

しかしそうなると困ったことになる。こういう場合は謝罪と金銭による賠償が妥当だが、あの少年は決してそんなものは受け取らないだろう。現にシルフィーが謝った時、リッツは逆に激昂してみせたのだ。

だとすると取れる手段は限られてくる。


「ねぇ、ダボン」


シルフィーが言う。

カップの中身はすでに飲み干している。


「駄目だからね」

「解っていますよ」


ダボンは溜息を吐いた。

それが一番楽なのに、とは口にしない。


「そうなると困りましたね。彼には理屈が通用しません。そもそもディンを殺したのはエリオット王子です。救えなかったのはアリスです。更に言うならば、シルフィーさんとディンの契約は真っ当なものだったのですから、戦いの中で命を落としたのは単に彼の実力不足です。戦士として意見を言わせてもらえば、ディンが弱かったから悪いのです。それを――」

「ダボン」

「はい?」

「貴方の意見は正しいけど、それは絶対にリッツの前で言っちゃ駄目よ」

「え??……あ!? ああ、そうですね。危ないところでした」


ダボンはハッとする。今度はそれに今度はシルフィーが溜息を吐いた。

ダボンは理屈が通用しないと言ったが、実際にはそんなことはないだろう。現にリッツはシルフィーが謝罪した途端、狼狽した。兄の仇を取りたい彼にとってシルフィーは兄を利用して殺した冷血な悪女でないと困るのだ。そうでないと気持ちよく敵討ちが出来ないからだ。


(もっともダボンだったら、それさえも戦士としての心構えが出来ていないって言いそうだけど)


ポットから自分でお茶を注ぎ、2杯目を飲むダボンを見て思う。小さなティーカップの取っ手を太い指で摘まむようにして飲んでいる。この気のいい大男は戦いのことになると驚くほど冷徹になれるのだ。

だからこそ心強く、恐ろしい。


(この件に関しては、私がしっかりと決着をつけないといけないわ)


自身を叱咤(しった)する。

これはシルフィー自身で決着をつけないと意味がない問題なのだ。


「そうね。月並みだけど、リッツとは時間をかけて話し合いましょう」

「そうですね。正直、それしかないでしょう。彼に諦めてもらわないと、正直取れる手段が限られてしまいます。もちろん気長に待つつもりではありますが」

「そうしてちょうだい。まず、差し当たって――」



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― 新着の感想 ―
[一言] 「実はひっそり生きてた」とかもないかぁ 何かしらのイベントで心境が変わるっていうのもどこか安っぽくなっちゃうだろうし、時間が解決するのを祈るしか・・・
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