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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第二章 小さな復讐者と怪物の王
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傭兵と復讐と敗北と


リッツ・コーナルルは王国南方にあるダムト領に居を構える傭兵団の出身だった。元々は寒村の農民たちが魔族の侵略に抗するために決起した武装集団に端を発する。その名もコーナルル傭兵団。彼らが凡百の傭兵達と違う点はその特異な血脈にあった。元になったコーナルル村の村民達の多くに土魔法の才能が発現しやすいという特性があったのだ。

魔法の才能は5人に1人。実戦で使えるのはさらに10人に1人。さらに才能があっても使える系統は一つだけ。火の魔法の才能があるものは火の魔法だけ。水の魔法が使えるものは水の魔法だけ。その一人単一系統という制限が魔法を広く普及するのを難しくしていた。その中で土の魔法が発現しやすいという血統はコーナルル傭兵団の圧倒的な強みとして、ひとつ抜けた地位を約束していた。

『野戦ならば最強』それがコーナルル傭兵団の売り文句だ。


ディン・コーナルル(コーナルルという家名は傭兵団の多くが使っているので、彼が特別な地位にある訳ではない)はそんな傭兵団の中でも特に才能のある戦士として若くから期待されていた。リッツはそんな兄を尊敬していた。

そんな兄が死んだのは1年ほど前のことだった。最後に兄と言葉を交わしたのは護衛の仕事が終わり、王都に数日滞在していた宿でのことだ。

どこかしらの貴族の館から帰ってきたディンはリッツに言った。


「思った通り割のいい仕事みたいだな」

「良かった。怪しい仕事じゃなかったんだ」

「言っただろ。ルナ家のお嬢様直々の依頼だって。それにしても、おっ坊ちゃま、お嬢様の決闘ごっこに一日つきあって大金がもらえるんだから、貴族様っていうのはいいご身分だな」


ディンにつられてリッツも笑う。兄が貴族からの依頼で決闘の代理人になって欲しいと依頼があったのは今日の朝の出来事だった。詳しい話はリッツにもわからなかったが、どうやら貴族の子息が通う学園でもめ事が起きたらしい。それの解決方法として決闘が行われるのだ。

当初、決闘という言葉を聞いて不安に思っていたリッツだが、兄から詳しい話を聞いて安心した。どうやら決闘とは言っても魔法を無効化する結界の中で、訓練用の武器を使って行うらしい。


「しかも相手はこの国の王子様らしいぞ」

「本当に!? でも兄さん。王子様相手に決闘なんて、何があったんだろう?」

「それはいわゆる痴情(ちじょう)の縺(もつ)れってヤツだな」

「ちじょうのもつれ?」

「王子様が他所の女に浮気して、恋人のルナ家のお嬢様がプンスカ怒ってるのさ。それを一発ぶん殴ってやるのが、今回の仕事さ」

「へぇ、そうなんだ」


そう言われると分かりやすい。二人の父も浮気をしては母親によく怒られているので、それと同じようなものなのだとリッツは考える。謂わば兄はだらしのない王子様にお仕置きをする正義の味方役というわけだ。ディンは「実際はそこまで単純なもんじゃないんだけどな」と苦笑いしたが、リッツは自分の考えを疑っていなかった。今年で17才になる兄は剣と魔法の才に優れ、すでに傭兵団でも十指に入るほどの実力を持っていた。彼にとってディンはまさしく英雄なのだ。

そんな兄の帰りを待つリッツの耳に入ったのは不穏な噂だった。


≪エリオット王子が暗殺されかけたらしい≫


それを聞きリッツの胸がざわついた。エリオットというのは兄が最後に口にしていた王子の名だ。そのうちに彼の耳に次々と噂が飛び込んできた。


≪首謀者はルナ家の娘、シルフィー・ルナらしい≫

≪王子の新たな婚約者である聖女の存在をやっかんでの犯行らしい≫

≪決闘にかこつけて、聖女を守ろうとした王子を殺そうとしたらしい≫

≪性格の悪い女でこれまでも様々な悪事を働いていたらしい≫


文字の読めないリッツであるが、大人たちに聞いてみると新聞にも大々的に報道されているらしい。そのどれもがシルフィーのことを世紀の大悪女、聖女を貶めようとした魔女と非難していた。

兄は帰ってこない。そしておかしなことに遺体として返ってくることもなかった。どうも噂によると王子を決闘にかこつけて殺そうとした男は、逆にエリオット王子の魔法で黒焦げになって死んだらしい。それだけが伝わって来た。

王都に一緒に来ていた隊長に抗議したが「既に金はもらっている」と言い、相手にしてもらえず、特別な給金だと告げられいつもの小遣いよりも遥かに多くの額の金を小さな皮袋に入れて渡された。さらには「兄の名誉を汚したくないなら、これ以上ディンの名前を口にするな」と念押しされ、遺体は戦没者の慰霊碑の元で眠っているとだけ聞かされた。その上で次の仕事のためにすぐに王都を出ると言い出したのだ。

そこでリッツは理解した。兄はシルフィー・ルナという魔女によって利用され、捨て駒にされてしまったのだと。

手渡された金は袋に入れたまま使わなかった。使ってしまえば、兄がもう二度と帰って来ない気がしたからだ。エリオット王子の暗殺未遂は大きな話題で、次に行った町でも、その次に行った村でも、何かにつけて耳にした。


≪邪悪な魔女、シルフィー・ルナ≫

≪嫉妬に狂い王子の命を狙った悪女≫


シルフィー・ルナが如何に悪い女なのか、皆が忌々しそうに事件のことを口にする。それを聞くたびに鬱々とした気分になるのだが、それを振り払うためにこれまで以上に剣と魔法の訓練にいそしんだ。

そしてとある街に訪れた時、これまで聞いていた噂にある結末が付け足されることになった。


≪魔女シルフィーは王子との破談を言い渡された≫

≪どことも知れない辺境の田舎領主の元に嫁ぐことになった≫

≪その田舎領主は野ブタのような醜い大男だ≫


そうして王子と聖女は結ばれ一年後には結婚するらしいという、紋切り型のハッピーエンドが続くのだ。兄が戻ってくることはなかったが、王都の華やかさも辺境の過酷さも知っているリッツは、それに僅かながらも溜飲を下げた。それでももらった金に手をつけるのは気が咎(とが)めて、剣と魔法の訓練は相変わらず続けることになった。

転機が訪れたのは次に王都に立ち寄った時のことだった。兄の死からは一年以上が過ぎていた。そこで彼は聞く。


≪黒薔薇の魔女シルフィー・ルナが王都に帰還した≫

≪野ブタの騎士を従え、赤鱗騎士団を蹂躙した≫

≪公式ではないが王子と聖女からの赦しを得た≫


相変わらず魔女の忌み名を与えられたままであるが、噂を口にする皆の表情が一年前と明らかに違う。シルフィーを悪し様に罵っているくせに、その表情がいやに楽し気なのだ。それを見てリッツは愕然とする。


「あいつは魔女じゃなかったのか!」


一年前は忌々し気に『邪悪な魔女』と呼ばれていた女が、今はどこか羨ましそうに『黒薔薇の魔女』と呼ばれている。聞けば近々、劇場で黒薔薇の魔女の舞台が行われるらしい。


「そんなのおかしいだろ!!」


因果の応報が覆されている。シルフィーは邪悪な魔女で罰を受けないといけないのだ。

王都の近くに寄った際、リッツは一年前に向かわなかった丘へと向かった。そこにある大きな墓石と脇に置かれた干からびた花を見て、これまで押し殺していたものが溢れ出す。

リッツは金貨の入った袋を手にすると、そのまま誰にも告げずに傭兵団をあとにした。


王都からマンバナ村への道のりは遠い。路銀に不安はなかったものの、まだ幼い彼に良からぬことを考えた大人達もいたが、魔法の使える彼に敵う大人はいなかった。逆に彼の強さとコーナルル傭兵団の名を聞いた商家の護衛の傭兵たちが、マンバナ村への道のりにリッツを誘ってくれることとなった。


「僕が兄さんの仇をとるんだ」


腕に自信はある。

運も味方している。

リッツには目的を果たせる自信があった。

兄を殺した魔女に鉄槌を下してやるのだ



そうして旅の果てに、彼はあっけなく敗北した。



上述でのディンの意見はモノ家に情報操作される前の一般大衆の意見です。感想欄ではかなり人気のなかったエリオット王子ですが、今代の聖女と婚姻を結ぶのは政治的には全然アリです。いや、その辺もきっと不人気の原因だったのだとは思うのですが……


彼にひと言モノ申したい方は感想欄をご利用ください。もちろんシルフィーへの応援もお待ちしております。

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