表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
39/107

黒幕達は蠢く


決闘と言う名の蹂躙劇があった、その日の晩、カーナ・ノアムはとある部屋の中にいた。

豪華な執務室だ。立っている絨毯は異国の香りをわずかに漂わす織物で、踏むのが勿体無い程のしろものだ。テーブルに置かれている花器も青いラインが無造作に描かれた白磁で絨毯とは違うが異国の匂いを感じさせる。それが置かれているテーブルは典型的な王国の職人のデザインだが、それらが混在しても違和感を感じさせることなく部屋全体が見事に調和していた。


「――以上が今回の報告です」


カーナは答える。身に纏っているのは宴席で身に着けていた清楚なドレスではなく、白いブラウスに紺のスカートというあか抜けない風体だ。高く結い上げていた髪も三つ編みに戻し、眼鏡も学園時代から愛用している野暮ったいものに戻っていた。

カーナの説明に執務机の前に座っていた男は満足そうに頷いた。

壮年の男で、身に纏った質の良い服もあってか自信に満ち溢れた男に見えた。


「以降は、どういたしましょう?」


彼女が尋ねると壮年の男は「そのまま続行しろ」と命じる。そのときの仕草の一つをとっても品の良さを感じさせる男だった。彼はカーナに次の具体的な指示を与え、カーナもそれに頷き了承する。


「かしこまりました」


一礼する。

そして部屋から出るために男に背中を見せたときだった。


カーナは死んだ。


巨大な怪物が突然現れて、上半身と下半身を掴まれて、雑巾を搾るように捻られ、胴体から二つに引き千切られたのだ。


「え?……あっ?…………あ??」


そうして短い息を何度も吐きカーナは気づく。

自分は死んでなどいない。

怪物など現れててはいない。

浴びせられたのは殺意の塊。

それがあまりに濃密で殺された自分を幻視してしまったのだ。

ただ一瞬感じた死の感触はあまりにリアルで生々しく、肉体の機能は完全に混乱しており、心臓が狂ったように打ち鳴らされ、全身から脂汗が流れ出していた。


「わ、わたし……生きて??」


大丈夫。死んでなどいない。だがそう口にしないと本当に死んでしまった気がして不安だった。

ガチャリとドアノブが回る音が聞こえたのはそれと同時だ。観音開きになった扉のノブがガチャガチャと回り、鍵がかかって開かないと解るとそのまま強引に扉は押される。一拍の間をおいて、継ぎ目の部分で金属が力任せに割れる音がして、両開きにドアは開かれる。現れたのは野豚のような大男だった。


「魔物を威嚇するときに使う技……というか、掛け声みたいなものですかね」


現れるなりカーナに言う。どうやら今起こったことの説明をしているらしい。


「この状況を見ると色々事情があるのは判りますが、それでもカーナさんはシルフィーさんに酷いことをしましたからね。それで……どこから説明してくれるんですか?」


のんびりした口調でダボンは壮年の男。ルナ家の当主にして、シルフィーの父であるザカード・ルナに問いかけた。





現れたダボンを見てザカードは驚愕に表情を固めた。先ほどの威嚇の技もそうだが、まさかここにダボンが現れるとは思っていなかったからだ。彼自身も先ほどの濃密な殺意を浴びていたが、カーナのように取り乱さないところはさすがの胆力といったところだ。


「何が知りたい?」

「まぁ、色々……ですかね? 正直、もうどれが嘘で、どれが本当なのか分からないのはうんざりなんです。目に見えないことは面倒が多くて困る。じゃないと安心してマンバナ村に帰れません」

「いいだろう。ならこちらからも聞かせてもらおうか」


当てられた殺意に未だ顔面蒼白なカーナを尻目に、ザカードは余裕たっぷりに笑みを形作りながら言った。


「どこでカーナがルナ側だと気づいたのかな?」

「別に気づいていませんよ」

「何?」

「ただ後から考えたら彼女の立ち位置は色々とおかしかったです。ルナ公は最初から僕を暴れさせるつもりだったのですよね?」

「そうだ」

「だったら余計にカーナさんがターノス家側なのがおかしいんです。だってシルフィーさんに失態を演じさせるために薬まで盛ったんですから」

「ほう、そこまで気づいたいたか?」

「まぁ……」


歯切れ悪く答える。

それに気づいたのは偶然だった。シルフィーがダンスをした後、カーナが持って来た水。それを飲んだシルフィーは「甘い」と言った。そして彼女がネミッサの挑発に乗りコップの水をぶちまけた時、ダボンはその飛沫の一部を浴びたのだが、その水は確かに甘い香りがした。


「甘妖花の毒ですね。植物に似た魔物で花粉を飛ばし、それを吸うと興奮状態になります」

「さすがはマンバナ村の戦士だ。よく知っている。頼もしい婿殿が来てくれて心強い限りだ」

「まぁ……それに昔のシルフィーさんのことは知りませんが、彼女はもうああいう場面で怒ったり出来ないんです。今のシルフィーさんはああいう時、本当なら怖がって震えるんですよ。そういうのも踏まえて、違和感はありましたね」

「うちの娘のことをよく見てくれているのだな。父親として嬉しく思うよ」

「それはどうも」

「あとは何かあるかね?」

「いえ、別にこの策謀の裏を見据えて、ここに来たわけではないので……でもそうですね、強いて挙げるなら、あの決闘の話題をカーナさんが振ったのもおかしかったです。あの場面ならネミッサが決闘を申し込めば、それで良かったはずですから。いちおう気を使ってくれたんですかね? それともシルフィーさんから決闘を持ちかけたほうが都合が良かった?」

「ひっ……!」


ダボンに問いかけられカーナは恐怖のあまり悲鳴を漏らす。それを見てダボンは「やり過ぎたか」と苦笑する。もっとも彼女がルナ側だとしても、シルフィーを傷つけた以上、そこまで気を使ってやるつもりもない。


「まぁ、いいです。僕が知りたいのはひとつだけです。シルフィーさんは今回の件で責任を取らされることはありますか?」

「宴席の件に関してはないな。あちらから決闘を吹っかけておいて負けたら難癖をつける。ターノスは絶対にやらんよ。今まで自分が散々やってきた手なのだから。それと決闘に関しても最初に言った通り、俺が全ての責任を持つ。安心して村に帰るといい。幸い怪我人は一人たりとも出ていないからな」


ザカードは意地悪く笑う。しかしダボンはそれに首を傾げた。100人の騎士を蹴散らしたとき死なないように気は使ったが、それなりの大怪我はさせたはずだからだ。


「聖女殿が治すさ。どれだけ金がかかろうともな。あれだけの怪我をした騎士が100人もターノス領に帰ってみろ。傘下の領主から領民まで連中のプライドはズタズタだ。ご自慢の赤鱗騎士団が壊滅させられた証拠は極力消したいはずだからな。もちろん治療の代金などルナには請求出来ん。そんなことをすれば請求書の写しをとって国中にばら撒いてやるさ」


再び意地悪く笑う。その表情に、これだけ顔立ちの整った男がよくこんな悪そうな顔で笑えるものだとダボンは呆れてしまう。


「もしも何かあればお前を呼ぶが、基本的にはルナ領の外部のことでお前の戦力を当てにするつもりはないから安心しろ。お前の力は見せびらかすには便利だが、やり過ぎると反発を招くのは容易に想像が出来る。ルナ以外の3家や王家が本格的に結託されるとさすがに不味い……この辺りが聞ければ満足かな?」

「まぁ、そうですね」


ザカードが全てを話したなどとは到底考え難いが、ダボンの思いつく範囲の疑問点はこれくらいのものだ。


「なら、いい。戻って娘を可愛がってやるといい。お前の世継ぎにも期待しているのだからな」

「はぁ……」


ダボンは気のない返事で答える。そうしてポリポリと頭を掻く。

そしてたった今思い出したかのような顔をして尋ねた。


「ああ、そうだ。あとひとつ質問がありました」

「何だ?」

「貴方はシルフィーさんの敵ですか?」

「―――――!」


その言葉が聞こえたのと同時にザカードの肌が粟立った。心臓が早鐘のようになり、手にはじっとりと汗を掻く。強烈な吐き気がこみ上げ、流れる血液が凍りつくかのような寒気を覚える。まるで全身が命の危機を訴えているようだった。

それは先ほどの威圧が涼風だったと思わせるほどの本気の殺意。

まるで万を超える魔物に威圧されたような感覚。ザカードはかつて遠目に見た大氾濫の光景を思い出す。


「ルナ公……いえ、お義父さんには感謝しています。僕らが辺境で静かに生きていけるのはルナ家の援助があるからです。この世界に僕らの生きていける場所は多くない。人間でないものは、人間と一緒に生きてはいけませんから。だから本当に感謝しているんです」


言葉とは裏腹の視界が濁るほどの禍々しい気配にザカードは直感した。


(これは……下手に答えれば死ぬな)


目の前の少年は躊躇(ちゅうちょ)なく自分を殺す。

傍を見ればカーナはその場に崩れ落ちて白目を剥いて泡を吹き痙攣(けいれん)している。スカートが汚れているのを見ると、あまりの恐怖に耐えきれず失禁してしまったらしい。ザカードとて気を抜けば恐怖で意識を失ってしまうだろう。それほどにダボンの放つ殺意は真に迫っている。

左の小指を持つ右手に力が篭った。


「安心しろ。俺がお前を裏切ることはない」


視線を交わらせたまま、ザカードは答えた。

実の娘(シルフィー)ではなく、お前(ダボン)を裏切らない。そう言ったのだ。


「よかった。なら、安心してマンバナ村に帰れます」

「そうか……」

「ええ」


ダボンはにこりと笑う。だがその笑みにザカードはひと欠片も安心が出来なかった。先に視線を切ったのはダボンの方だ。

そして最後に一言だけ残し部屋を去る。


それを見送り、ザカードは全身の力が抜けたように腰かけに身体を預けた。

未だに鼓動は高鳴り続け、掌にも、足の裏にも、じっとりと嫌な汗を掻いている。鏡を見れば顔もさぞかし青ざめていることだろう。


「まだ底を見せていなかったとは、全くもって、恐ろしくも頼もしい男だよ」


だがそれでも自分は勝った。

あの怪物じみた力を持つ少年にだ。

少なくともザカードはそう実感した。


「レンドの言っていた竜王退治……真剣に検討するだけの価値があるかもしれん」


生還を喜びながらも頭の中では次の策を巡らす。あれは最強の切り札にして鬼札だ。簡単には切れないが、その利用価値は計り知れない。


「それにしても……」


ザカードは考える。

ダボンが去り際に言った言葉。彼はこう言ったのだ。

『貴方はやっぱりシルフィーさんのお父さんなんですね』

あれはいったいどういう意味だったのだろうか? それがどうしても解らない。

おかしな方向に曲がり赤紫色に腫れた左の小指を見ながらザカードはしきりに首を捻るのだった。



自傷行為がルナ家の伝統というわけではないのですが、その辺りの思考パターンは父娘ということです。多分お兄ちゃん達でも同じ事をするでしょう。基本的に敗けるのが嫌いな一族なのです。


そろそろ最終回が近づいていくいますが、お気に入りに入っているならば、評価、感想、ブックマークしてみて下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
耳かき小説

他にもこんな小説を書いてます
狂婚 -lunatic fairy tale-

― 新着の感想 ―
[一言] カーナさんの心はキチンと破壊していっていただきたかった。行き掛けの駄賃に(・ω・)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ