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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
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野豚は悪役令嬢に勝利を捧げる


手近な赤い騎士を殴り飛ばしたダボンは鷹揚に周囲を見渡す。

残った赤鱗騎士団の面子はわずか6人。ひと塊になって魔法を使うために陣を組んでいた。

ダボンはこの騎士達が何か仕込んでいるのに気がついてはいたが敢えて無視していた。これは普段の彼なら、まずやらない行為だ。

マンバナ村のダボンは勝つために戦う。魔物相手の戦いに名誉など求めても仕方がない。ただ作業のように狩るだけだ。村人達には「非力な人間が知恵と技で魔物を倒す」という、そんな誇りを語っていながらも、彼は誰よりも戦うことに誇りを感じていなかった。


だが今は違う。当たり前のように勝つことは勝つが、どうやって勝つかが大切だ。惚れた女の前で、ダボンはなるべく派手に格好良く勝ちたかったのだ。

そんなダボンの意を汲んだかのように6人の騎士たちの魔法が完成する。

複合魔法。

いくつもの魔法を重ねがけすることにより、相乗効果を生み出す秘技だ。重ねられたのは土の魔法。6通りの方法で練り上げられた魔力がひとつに混ざり巨大な人影を形作る。

赤鱗騎士団のお家芸のひとつ。魔石兵の創造(ゴーレム・クリエイト)だ。本来は時間をかけて鋳造するゴーレム兵をその場の状況に合わせて即座に創造する。

産み出したゴーレムは高さだけでもダボンの身長の3倍、質量ならば何十倍もあろうかという巨大な竜だ。


「魔法というのは本当に面白いな」


見上げながら楽しげに呟く。たが刃のように細まった瞳から零れる眼光は剣呑な色を帯びていた。

腰の剣帯に手を伸ばす。

だが、そこにあるのは剣ではない。

そこにあるのは地味で、武骨で、彼自身が不細工だと認めている鈍器。先端に棘つき鉄球のついた棍棒だ。



その光景を目にしてレンドは息を飲む。

まるで神話の一場面だと思い、すぐにその考えを打ち消した。


(それはさすがに言い過ぎか……)


自嘲して笑う。

闘神の末裔と聞けば、確かに神話の残り香を感じるものの、そこにいるのは棍棒を構えた野豚のような醜男と偽物の竜だ。

一瞬でもダボンに英雄の影を見てしまったのを照れ隠しするようにレンドは言った。


「抜きましたね」

「ああ」

「落ち着いていますが、もちろんアレにも勝てるのですよね?」

「もしもあのゴーレムが本物の竜より強ければ分からんがな」

「その言い回し……頼もしくも恐ろしい男ですね」

「まったくだ」


表情を硬くするレンドとは裏腹にザカードは不適に笑う。

決着の時は近づいていた。





「どれくらい強いかな?」


ダボンは挑発的に棍棒はクルクルと弄ぶ。人間の頭ほどもある鉄球がついているにも関わらず小枝のように扱う。想像を絶する剛力だった。

結論から言うと彼は竜より強い。少なくとも幼竜や若い成竜ならば問題なく狩る。


「とりあえず叩いてみようか」


竜のゴーレムの双眸がダボンを捉えたのような素振りを見せる。無論、生物ではないので本当に見えているのかは分からない。

しかしそんなことは関係がない。舞台は整ったのだから、あとはもう叩いて潰すだけだ。

手元で遊んでいた棍棒の柄が緩く握られる。


竜の右の前足が降り下ろされる。

巨大な爪までが精密に再現された太い前足だ。

それがダボンの眼前に迫る。


颶風(ぐふう)が薙ぎそれがダボンの前髪に触れようとしたとき、ガツンと硬い音がして、前足は弾かれていた。

それを為したのはダボンの棍棒だ。

雑に棍棒をかち上げて防いだのだ。


「へぇ、けっこう硬いんだな」


単純な感想を口にする。

そしてそれは彼にとって問題ではなかった。

次はもっと力を込めれば良いだけだからだ。


だから次は右手を後ろに引き、腰を落として棍棒を構える。

脇も開いているし、爪先や膝の方向もバラバラな素人剣術の構え。正統な剣術を学んでいる者からすれば首をかしげる構えだ。

だが「ダボンが力を込めるために構える」という、その意味を理解しているザカードだけが総身を震わせた。

武術を修めている、もしくは馴染みのある者が彼を見ると、皆一様に彼を侮る。体が大きいことは戦いにとって大事な要因であるが、それは一対一の取っ組み合いならばこそだ。武芸や、武器の使用、戦術の妙は、そういったものを容易に覆すことを彼らは知っているからだ。なのにダボンの動きにそういった鍛錬や修行の形跡が見受けられないからだ。

しかし彼らは知らない。この世には人間の形をした、人間を越えた超人がいることを。

ダボンの強さの秘密。それはもう膂力(りょりょく)に集約される。単純に彼は途撤もない力持ちなのだ。それも魔道武具の装甲を素手で引き裂くような桁違いの力だ。そんな彼に技術など必要ない。適当に拳を振り回して当たりさえすれば相手はその威力に耐えきれずに倒されるのだ。


ダボンは腕を振る。

肘が伸びきってしまっているが別に問題ない。

彼は力が強いからだ。


左足に体重が乗る。

踏み込みが浅いが別に問題ない。

彼は力が強いからだ。


棍棒を振りぬく。

手首の返しがないが別に問題はない。

彼は力が強いからだ。


技術的な不備を全て補って余りある膂力が棍棒に乗せられる。

次の瞬間、竜の右手が爆発した。

ただし光や炎の類はない。力任せに叩きつけた棍棒が衝撃波を巻き起こし、肩から先の右手を粉砕したのだ。


「さすがに吹っ飛んだな」


特に感慨もなく見上げる。

もうもうと土煙を上げる中、竜のゴーレムはバランスを崩して左手を着こうとする。

その左手が爆砕する。

周囲の人間にはいきなり大きな音が聞こえて、左手が吹き飛んだようにしか見えなかった。

その次は首が、その次は胴の上半分が、尻尾が、後ろ脚が、ダボンが無造作に近づき棍棒を振るうとそれらが、次々と爆砕されていく。


その様を見てレンドはやはりこれは神話の戦いなどではないと実感した。これは英雄の戦いなどではない。彼の目には地獄から現れた魔神か悪鬼が弱者を蹂躙(じゅうりん)しているようにしか見えなかったからだ。

自分達の産みだした竜のゴーレムが陶器で出来た人形のように粉々に粉砕され、複合魔法を使った6人の騎士達は絶望した顔でダボンに相対していた。ダボンはもちろん彼らを殴るつもりだ。

既に魔力を搾りつくし青息吐息の彼らに逃げる余裕はない。

一歩、また一歩とダボンは近づいていく。赤鱗騎士団の6人は歯の根をカチカチと鳴らしながら悪鬼の到着を待つ他ない。

そしてその距離が10歩を切ろうかという時だった。


「そこまで!」


威厳に満ちた声が決闘場に響いた。赤鱗騎士団の6人は神の声を聞くように、対するダボンはつまらなそうな顔で見上げると、そこには金髪碧眼の偉丈夫、エリオットがいた。


「この決闘、ダボン・マンバナの勝利とする」


その決定に逆らえる者はなく、意義を唱えられる者もいない。ただダボンだけが勝ち取るはずだった勝利を与えられ渋い顔をしていた。

その決闘場の様を見てザカードは頬を歪めた。


「ふん、美味しいところを持っていくが……まぁ、いい」

「なかなか頑丈そうな器じゃないですか」

「別に器が割れるのを望んでいるわけではない。面白くはなかったがな」


本当ならあのままダボンが残りの騎士をすり潰してから、ザカードが場を収めるつもりだった。それを掠め盗られた形だ。ターノス家を救い、ルナ家の顔も潰さない。そして王家の権威を見せつける。最上のタイミングでの横槍だ。


「父さん、このままじゃあ、王太子殿下に全部持って行かれてしまいますよ」

「解っている」


ザカードはもう鼻を鳴らす。彼には彼の最初から準備していた落とし所があるのだ。そうして立ち上がると、両手を叩いてダボンを祝福した。


「見事だ。ダボン。お前はターノスの策略に陥れられた我が娘の汚名を(そそ)いで見せた。それでこそ我が娘シルフィーを(めと)るのに相応しい」


ザカードはそう言うが、第三者からの視点から見て、今回の件はシルフィーに責任があったようにしか見えない。しかし誰もそれを口にしない。プライドをかけて決闘などというものをわざわざ開いたのに、その結果に難癖をつけることは無粋であるし、それに何よりつい今しがた見たばかりのダボンへの新鮮な恐怖が残っている。

それに関してはエリオットですら否定するような言葉を口にはしなかった。


「お前ほど娘を任せる値する男はいない。だからこそダボン。お前はこれからダボン・ルナを名乗るがいい。ルナ家はお前を喜んで迎え入れよう」


その宣言を聞いた途端、大きな歓声が上がった。半分が恐怖の声だ。

ここにいる全員がシルフィーが問題を起こし、刑罰を受けるように田舎に追いやられ、そこの不細工な田舎者と結婚することになった話を聞いている。国内の貴族の大半は四大貴族のどこかに組みしているのでルナ家が没落すれば喜ぶ者が多いのだ。だと言うのに田舎に追いやられた落ち目の娘が戦略兵器のような男を連れて戻ってきた。これが恐怖でないはずがない。


そしてもう半分は祝福の声だった。声を上げているのはルナ傘下の貴族達や、四大貴族に属していない者たち、決闘を見物に来ていた富裕層の市民だ。同じ結婚でもシルフィーが嫁入りするのと、ダボンが婿入りするのでは意味合いが違う。辺境のしがない田舎領主が四大貴族に迎えられる。それは途方もない栄達なのだ。そんな夢のような話に人々は熱狂する。そして何より大衆というのは現金なもので、シルフィーは世紀の大悪女であるが、結局のところ彼女を本気で憎んでいる人間などほとんどいないのだ。


「みんな調子がいいなぁ」


自分に向けば恐怖の象徴であるダボンの保有する暴力であるが、大半の人間にとって今の決闘は見せ物だ。そんな空気を感じ取りつつダボンは歓声を受け止める。だがシルフィーの伴侶であると認められるのは、彼にとっても悪い気分ではなかったのだ。

何となしに手を振って見れば、更に歓声は大きくなる。


ネミッサを見れば顔面を蒼白にして呆然としていた。

クラウスを見れば予想外の事態に狼狽えている様子が見て取れる。

エリオットは憮然とダボンを見下ろし、アリスはどこか嬉しそうな顔をしていたのが印象的だった。

そして最後にシルフィーを見る。


「あれ? いない?」


先ほどまでザカードやレンドの隣にいたはずのシルフィーの姿が消えている。それに気づき「やり過ぎたかな」とダボンは反省した。白薔薇の騎士を意識して死人こそ出さなかったものの、周囲は惨憺(さんたん)たる有り様なのだ。


「まいったなぁ……」


消えてしまったお姫様の姿を想い、ダボンはポリポリと頭を掻いた。


その後ダボンは屋敷に戻りザカードから熱烈に歓迎された。彼自身ダボン・ルナという名は違和感があるのだが、主家から命じられた以上は名乗らないのも失礼に当たる。その時もシルフィーは一緒にいたのだが、何を訊いても「ああ」とか「うん」としか答えない。

彼としては彼女に喜んで欲しくて大勝を演出したつもりだったのだか、気に召さなかったとダボンは少し後悔した。

それから内々での祝勝会が始まり、あまり飲み慣れないワインを口にし、馳走(ちそう)をたいらげた。ザカードは相変わらす上機嫌で、レンドは少し表情が強張っていた。だがダボンからすればそういう表情もある種、慣れたものなので気にはならなかった。

彼が気になるのはシルフィーのことだけだ。祝勝会が始まっても彼女の表情はやはり優れない。その内に祝勝会も終わってしまい、ダボンは浮かない気分のまま宛がわれた部屋に引き上げた。



特殊能力なしで腕力のみで戦う。イメージはHUNTER✖HUNTERのウボォーギンです。凝を怠ったせいで馬鹿にされがちな彼ですが、シンプルイズベストなのです。


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