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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
31/107

悪役令嬢は大男の影で密談をする


建国記念の式典が終わった夜。それを祝う宴席は一種異様な雰囲気を放っていた。建国を祝うこの祝宴自体は毎年のように行われる。集う面子も例年と大差はない。しかし会場の空気は昨年前のものとも、一昨年前のものとも明らかに違っていた。どこか皆落ち着きがなく、宮廷楽士の奏でる調も今日はどこか上滑りに聞こえる。

理由は明確。王都でも「魔女」と揶揄(やゆ)される一人の娘が引き起こした大事件が原因だ。国のほとんどで話題になり、多くの関係者が躍起になって動き回った未曽有(みぞう)の大事件。

だからこそ、当時の王都の状況を知らない者も、普段は地方で執務を執っている者も、皆が期待していた。「今夜の宴席では何かが起こる」もちろん表向きにはルナ家と王家は手打ちになり、他三家との裏取引は終わっていることは理解している。しかし大きな祭りの最後に何かを期待してしまうのは人としての(さが)だ。

だからこそ事件を起こした張本人である黒髪の娘が現れたとき、会場は騒然とした。


まず目を引いたのは彼女の美しさだ。

細い面にまっすぐに伸びた鼻梁(びりょう)は高貴さを思い起こさせ、黒い瞳は黒真珠のような妖しさと美しさを放っていた。肌は白く、対照的に髪の色は光を全て吸い込むほどに深い黒。そんな彼女が黒いドレスを纏いゆっくりと歩く。そうして時おり微笑するように口元を緩めると、夜空に星が瞬いたかのような錯覚を覚えるのだ。

誰かが「あれがルナの黒真珠」と呟き息を呑む。

しかし次の瞬間、その感嘆は嘲りと侮蔑の嘲笑へと変わる。


それはその隣にいた大男が原因だ。

樽のような体型をした男だった。それこそ大ぶりのワイン樽だ。そこから太い手足がにょきりと生え、上の部分に丸い顔がついている。鼻は団子鼻で、目は線を引いたように細い。困ったことに服だけはとびっきり上等で、そんな男がのっしのっしと歩くものだから、まるで舞踏会に野豚が迷い込んだような有様だった。


「なるほどあれが魔女のお相手の野豚殿か」並んで歩く二人を見て、ある者は大いに悦んだ。

「黒真珠は、あの男に毎夜抱かれているわけか」二人の顔を見比べて、ある者は下品な笑いを浮かべる。

「お似合いの二人じゃないか、祝福してやらんとな」二人の姿を眺めて、ある者は揶揄を込めて乾杯する。


そんな悪意ある視線を浴びながら、シルフィーは必死になって吐き気を我慢していた。


(みんな私を見ている……気持ち悪い……)


化粧をしていなければ表情にもっと出ていただろう。好奇と悪意の視線に串刺しにされると、内臓がかき混ぜられるような不快感が湧き上がって来た。一昨日アリスを前にしたときよりも幾分かマシだろうが、それでも慣れるものではない。

シルフィーは周囲を見ると好奇の視線が槍衾(やりぶすま)となって全身に突き刺さる。


こういう公的な宴席において主賓というのは遅れて登場する。王家が主催するのだから最後に現れるのは国王。その前に王子や聖女。さらに前に四大貴族のお歴々。それらの面々以外は全ている。十分に場が温まったところで餌を投げ込むようにシルフィー達は放り出されたのだ。こういう順番一つとっても、今回催された宴席の悪意を感じた。


(今だけ……だから)


国を差配する面々が現れれば自然と視線は外れていく。社交界は上位の貴族に、媚びを売り、ゴマを擦り、追従の意を示すための重要な場だ。いつまでも物珍しい道化に視線を集めている暇はないのだ。

野豚であるダボンを従えるシルフィーはそれこそ珍獣のように見られているのだろう。誰もが興味深げに視線を投げかけるものの、誰一人話しかけては来ない。

そんな中、一人の女性がゆっくりとシルフィーに近づいてくる。それは彼女も知っている人物。学園時代の取り巻きの一人であるカーナだった。


「カーナ?」

「シルフィー様、ごきげんよう」

「え……ええ、ごきげんよう」


それは学園時代によく使われていた挨拶で、こういう夜会では非礼ではないがあまり一般的でない。しかしそれとは別にシルフィーは驚いた。それは彼女のいでたちだ。シルフィーの知るカーナは野暮ったい丸眼鏡と三つ編みをしたあか抜けない少女だった。しかし目の前にいる女性は髪を高く結い上げ、眼鏡も縁の細いスマートなものをかけ、清楚な薄黄色のドレスを身に纏っている。公的な夜会に相応しい淑女だったからだ。


「いつもと随分、雰囲気が違うわね」

「お恥ずかしい限りです」

「ううん、すごく似合うわ。でもちょっと驚いただけ」


学園時代にも学生間の夜会はあったが、彼女はいつも控えめな格好で自分の後ろについて回っていた。シルフィーがホールの中央でダンスを踊っているときはいつも壁の花になっていた彼女が、今では夜会を彩る淑女の一人として華凜に咲いている。

そんな姿を見て、自分が田舎に引きこもっている間に皆がそれぞれ自分の道を進んでいるのだと、嬉しくも寂しい気持ちに捕らわれた。

そして同時に疑問も湧く。


「それにしても貴女がここにいるなんて意外ね」


カーナはルナ家の陪臣の家の者だが重臣の家というわけでもない。国王が公的に催す宴席では彼女の家では家格が足りない。現にこれまで彼女が建国式典の後の宴席に参加したことは一度もなかったのだ。


「ザカード様のご厚意で」

「お父様の?」

「はい、シルフィー様に「最初に声をかけてやれ」とご指示をいただいていましたので」

「そ、そう……」


その言葉にさらに驚いた。父であるザカードは政治に関してはとことん冷徹な人間だ。今回の催しの趣旨を鑑みて、まさか父がそんな計らいをしてくれるとは思ってもみなかったからだ。


「でも助かったわ。実は久しぶりの夜会で緊張していたの」

「そうですね……特に今夜のものは周囲の反応も異常すぎますから。ところでそちらの殿方が?」

「ああ、ごめんなさい。こっちが私の……こ、婚約者のダボンよ……」


先日アリスにダボンを紹介したときは彼女に怯えすぎて感じなかったが、こうして改めて他人の前で彼を紹介すると、どうしても恥ずかしさを感じてしまう。そんな自分に嫌悪する。幸いにもガチガチに緊張していたダボンはシルフィーの様子に気づかずここ数週間必死になって練習していた挨拶をこなした。


「ル、ルナ領マンバナ村の領主。ダボン・マ……マンバナです」

「カーナ・ノアムです。ダボンさんはとても強そうな方ですね」

「い、いえ、そ……そんな」


周囲を見渡せば豪華絢爛な舞踏会場、着飾った貴族達、立食の料理も、並べられた料理も、何もかもが最上のものだ。それにすっかり呑まれてしまって、哀れなほどに取り乱している。それを見て周囲から失笑が聞こえてきた。


「す、すいません、シルフィーさん」

「いいのよ。気にしなくても。どうせ今日の私達の仕事は笑われることなんだから。カーナも気を使ってくれてありがとう。せっかく来てくれたんだから楽しんでいってちょうだいね」


敢えて学生時代の挨拶をしてくれた旧友に礼を言う。

その後は次々に貴族達が挨拶にやって来た。大抵の者はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべダボンとシルフィーの顔を見比べる。


誰かが「マンバナ村とはどんな所なのですか?」とわざとらしく聞くと、ダボンはつっかえながらも「ルナ領の一番西です」と答える。すると「そんな辺境から都会にまで大変だったでしょう」と必ずねぎらいの言葉をかけてから一言いうのだ。


「王都には辺境にないものばかりでもの珍しいでしょう。国に帰ればないものばかりでしょうから、しっかりと都会を楽しんで帰ってください」

「黒真珠殿も田舎暮らしは大変でしょうな。以前はもっと気品があった気がしますが、うらぶれた生活でせっかくの美貌も錆びつきましたな」

「ダボン殿は棍棒を振り回すのが得意であるとか? ぜひともその蛮勇、目にしたいものでありますな」


上流階級の会話になれないダボンであるが、それらが善意でないことはさすがに判る。

何か気の利いた言葉で言い返せればいいのだが、下手に喋るとボロが出るのは解っているし、前もったシルフィーとの打ち合わせでもあまり喋らないようにしようと決めていた。なので結局言葉に詰まってしまうのだが、それがまた失笑をかってしまう。そうする度に「お噂通り野豚の鳴き真似がお上手なようだ」と揶揄される。


「別にいいのよ。ダボン。予定通りだから」

「そうですけど……悪口ばかり言われるのは頭にきます」


貴族たちの集まる夜会で見世物にされるのは思った以上にストレスがかかることをダボンは改めて実感した。


「まったく……知りもしない人間をこれだけ馬鹿にするなんて、どっちが野蛮人なんでしょうね」

「耳が痛いわね」


マンバナ村に行くまでシルフィー自身も同じように考えていたので思わず苦笑してしまう。実際、王国の中心である王都から1ヶ月もかかるマンバナ村は辺境というより、もはや魔境だ。シルフィーとしては両者の言い分が理解出来てしまうのだ。


「もう少し我慢なさい。今日だけのことなんだから」

「はい……」


今回の催しを消化しマンバナ村へ帰れば二度と会わない面々だ。そう考えてダボンは必死に我慢する。

そのとき広間にざわめきが広がっていることにシルフィーは気づく。

父であるザカード達、四大貴族が現れたのだ。

ざわめきは二重の意味での驚きだった。何故ならば一番最初に現れたのが父であるザカードだったからだ。次にダムト家の当主、続けてモノ家、ターノス家。こういった公の場では身分の低い者から順番に現れる。つまり公に四大貴族の中でルナ家が最も格下であり、ここ数十年続いたルナ家の天下が終わったという事実が示されたのだ。


「シルフィーさん……」

「大丈夫よ……大丈夫だから」


自分のしでかした出来事を目の当たりにし、シルフィーは項垂れる。祖父の代からの努力を自分が台無しにしてしまったのだ。

周囲に耳を向ければ「ルナ家は終わった」との言葉が聞こえてくる。だがそれも仕方ない。ダムト家は一つ序列を上げるのに100年かかった。もう自分の代でルナ家がかつての権勢を取り戻すことはないだろうら。


「少なくともルナ家にとって、私は魔女で悪魔で疫病神ね」

「そんなことは――」

「いいのよ」


何か慰めの言葉をかけてあげたいダボンだが、辺境の一領主に過ぎないダボンには彼女の苦悩を共感することは出来ない。それに寂しさを感じながらダボンは四大貴族の当主たちを眺める。

そんな彼女に声をかけたのは同じ四大貴族に席を置く青年だった。


「自らの過ちで家を傾けてしまった気分はどうですか?」


現れたのは片眼鏡をかけたキザな男だった。

モノ家の御曹司、クラウス・モノだ。


「お久し振りです」

「ええ、久しぶりね。すっかり落ちぶれてしまった私に何か用かしら?」

「田舎に引きこもって大人しくなったと聞いていましたが、そんなこともないようですね」

「あら? 私の近況なら貴方はよくご存じなんじゃなくて? 子飼いの新聞社がよく私の記事を取り扱っているそうじゃない? どこで仕入れたのかは知らないけど、私の情事にまで言及してるじゃないの」

「そんな下品な物に目を通すなんて、やはり変わりましたね。それにシルフィーさんが言っているのは、うちの新聞じゃなくて、子会社が提携している所が勝手に発行しているものです。うちとは直接の関りはありません」


(よく言うわね……)


相変わらず嫌みなヤツだとシルフィーは内心で毒づく。生まれ持った地位を鼻にかける鼻持ちならないお坊ちゃま。それがシルフィーの持つクラウスのイメージだった。貴族の子息は多かれ少なかれその傾向があるのだが、彼の場合は生まれ持った魔法の才能のせいもあるのだろう、特にそれが強い。


(まぁ、気を許した相手には甘いらしいけど……)


「そういう意味では自分によく似ている」と隣を見ると、情事という言葉を聞いたダボンがひとり顔を赤くしていた。


「まぁ、いいわ。今回は私がしでかしたこととはいえ、裏でどんな話になっているか全く知らないの。だから一件不手際のようにしか見えないけど、きっと問題ないんでしょうね。それにちゃんと下の者の手綱が握れていなくても大丈夫なんでしょ? いざとなったらまた聖女様が助けてくれるでしょうし」

「それは……っ」


余裕ぶった顔が紅潮する。それは彼にとって不名誉な出来事だからだ。学生時代、魔法の腕を見せびらかせ調子にのっていた彼はある魔法生物を作り出した。それは魔物を素材とした魔法生物で明確な違法行為だ。しかもそれが暴走して逃げ出したのだ。紆余曲折あり魔法生物はアリスの聖女の力で浄化されたのかすっかり大人しくなり、今はクラウスの実家の庭で大人しく飼われている。しかしもしも最初に見つけたのがアリスではなかったら、彼女に聖女の力がなかったら、最悪クラウスの退学さえありえただろう。

そんな狼狽するクラウスを見て、シルフィーは意地悪く唇を吊り上げた。


「婚約者に捨てられた私も大概だけど、貴方もそうよね……アリスのこと好きだったんでしょ?」

「そ、それは貴女には関係ないでしょう!」

「そうね……言ってて私も虚しくなってくるわ。ところで何か用事があるんでしょ?」

「察しが良くて助かります」


そう言って、クラウスは半歩近づく。どうやら秘密の話がしたいらしい。それを理解したシルフィーはダボンに自分たちの前に立つように言う。彼の大きな体は他人の視線を(さえぎ)る良い衝立(ついたて)になるのだ。


「シルフィーさん、今回の事件の件はこれで終わり……それを踏まえた上で貴女に訊きます」

「何かしら?」

「エリオット殿下との決闘の際に貴女が細工したのは、代理人の強引な入学のための教師の買収・恐喝・文書の偽造、倉庫の管理人を買収しての剣と鎧の組み合わせの不正な操作、見届け人の買収、観客(サクラ)の用意、一般生徒を買収してのアリスさんへの威嚇(いかく)行為……他にはありませんね?」

「そうね。細かく言えば他にもあるけど、大まかにはそれだけよ」

「なるほど、魔法無効化結界の操作はしていない?」

「してないわよ。というより、仮に私が操作していたとして正直に答えると思うのかしら?」

「結界に破壊工作をした証拠が見つかったと言っても?」

「え!?」


顔色が変わる。

それはこの数カ月、彼女が知りたくて仕方のなかった情報だからだ。

シルフィーは結界の操作はやっていない。魔法の威力は強力無比で、結界が作動しなければ命に関わる。彼女があの時に憎んでいたのはアリスだけでエリオットが死ぬことなど望んではいなかった。だから彼女が結界を壊すことなど絶対にないのだ。


(あれにはやっぱり犯人がいる!?)


それは彼女が何より望んでいた真相だ。アリスの「運命を見る力」などという目に見えない不思議な偶然の連続でただただ不運が重なって失脚するより、実態のある相手が知略知慮を尽くした末に敗北した方がまだ納得出来るからだ。


(クラウスは「今回の事件は終わった上で……」と訊いてきたから、もう私の無実がどうとかは関係ないのかもしれないだけど――)


そこまで考えて、ふと気づいた。今の自分は相手の問いに沈黙し、相手のことも忘れて熟考してしまっていた。そしてそんな自分はクラウスをじっくりと眺めている。


「なるほど……だいたいわかりました」


片眼鏡の青年がキザに言うのを聞き、シルフィーは「しまった」と後悔した。自分は何ひとつ語っていないが、今の反応は答えを察するに余りある態度だったからだ。


(田舎生活が長かったせいで、やっぱり勘が鈍ってる……)


自分の無実が証明される。それは半年前なら身を焦がすほどに渇望していたものだが、今この時点においてはそうではない。1時間後には終わりになるはず事件をわざわざ掘り起こしてきたということは、それは何か意味があることなのだ。何しろ相手は諜報と商売を得意とするモノ家だ。単にシルフィーの無実を証明するためにこんな事を聞いてくるはずがない。


(真犯人……たぶんターノス家か他の勢力を追い落とすための確信が欲しかったんだと思うけど……)


真犯人がいること自体はルナ家にとってマイナスにはならない。しかしそれから派生する出来事が有利になるとは限らない。シルフィーが辺境に籠っている間に、謀略はすでに次のステージに移ってしまっている。そして彼女自身はそれに関わることはない。つまり今回が失点だとしても、それを取り返すことなどもう出来ないのだ。


「ありがとうございました」

「ま――」


言いかけていた「待って」という言葉を寸でのところで飲み込んだ。待たしたところで、もはやシルフィーに出来ることなど何ひとつとしてないからだ。それに気づいて歯噛みする。

シルフィーに出来ることはただ一つ。これ以上の無様を晒さないためにも、黙ってクラウスの背中を見つめることだけだ。

そんな彼女の視線を遮ったのは、ダボンの大きな体だった。


「裏の話までは解りませんが、シルフィーさんにとっては良い話だったんですよね?」

「そうね……」

「だったらもう、それでいい事にしておきましょう」

「そうね……これから終わる話だもの」


自分にとって本当に終わるのはこれからエリオットと最後の言葉を交わした時だ。そうして彼女は舞踏会場の2階に備え付けられたバルコニーを見る。同時に起こるのは周囲の歓声だ。


「さぁ、最後にしましょうか」

「はい……正直、もうクタクタなんです」

「もう少し頑張りなさい」

「はい、分かりました、シルフィーさん」


ダボンも一緒になってバルコニーを見る。

そこにいるのは満を持して現れたエリオットとアリスの姿だった。



シルフィーの実家は彼女のせいで滅茶苦茶傾きました。実家に帰ってお兄ちゃんがガチギレしていたのも、実は仕方がない話だったりします。嫌いなわけじゃないんですが、当たらずにはいられなかったんですね。

普段の兄妹仲は、良くもなく、悪くもなくです。


物語もそろそろ終わりに近づいている本作ですが、面白いと思っていただけたら、ポイント評価や、ブックマークや、レビューなどお願いします。点数があがるとテンションも上がるのです。

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