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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
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老獪な当主は嗤う


建国して220年を迎えるランディール王国の王都は賑やかな雰囲気に包まれていた。現王の治世は良く、その跡取りであるエリオットは才気煥発な青年だ。おまけに今代の聖女であるアリスは古代遺跡から起こった魔物の大氾濫を鎮め、王宮に忍び込んだ魔族を見つけ出し、エリオットを毒牙にかけようとしていた魔女を退けた。まさに歴代最高の聖女だと噂されていた。

それほどの逸材が揃った今という時代を平民達は有り難く享受していたのだ。


そしてその熱気に煽られるのは貴族達も同じだ。むしろ身分が高いほど、その傾向は強くなっていた。何しろこの国の貴族の四大貴族の筆頭としてここ数世代は権勢を誇り続けていたルナ家が凋落し、それぞれの主家であるターノス家、モノ家、ダムト家が自動的にその立場を上げたのだ。さすがに末端の家の者にまでがおこぼれを預かることはないだろうが、それでも己の属する一門が格が上がるのは喜ばしいものだ。

その中でも万年4位と他家から揶揄され続け100年ぶりにその席次を上げたダムト家の当主である、ノアルド・ダムトは最もこの状況を喜んでいる内の一人だった。


(まったく今でも信じられん、この儂がルナの小僧の上に立つとは)


式典が行われる中で、ノアルドは己の下座に立つザカード・ルナを見てほくそ笑んだ。ノアルドは現在の四大貴族の当主の中で最も高齢で、他の当主達の父や祖父の代からその任についていた。そして他三家が代替わりするたびに、自分よりも若い当主達に後塵(こうじん)を拝し続けていたのだ。


(己が力だけで勝ち取ったとは言い難い立場であるが、それでも勝ちは勝ちよ……)


学園でルナの娘が聖女と王子といさかいを起こした話は知っている。ルナ家が必死に握りつぶしたのか、それとも本当にただの事故だったのか、「決闘場の結界に細工した」という物的証拠は最後まで出てこなかった。ただそれ以外の状況証拠は面白いほどに揃っていたために、シルフィー・ルナに王太子の暗殺容疑をかけるのには十分だった。


(実際に王子に死なれても面倒だったからのう)


国王の隣に立つエリオットを見て考える。エリオットは次期国王として申し分のない能力を持っている。別の王子……例えばグレイル辺りを盛り立てて権力争いをするのはそれはそれで心躍るものがあるのだが、それをするには自分は(いささ)か歳をとり過ぎた。それに国が割れては元も子もない。ノアルドにとって王とは国の器だ。それが割れてしまっては、中身を楽しむどころではない。権力争いを楽しむには国土が荒廃していないことが絶対条件なのだ。

そう考えると、今の条件は悪くない。彼には夢がある。工業ならルナ家、軍事ならターノス家、商業ならモノ家と、各領地にはなにがしかの得意分野がある。それと比べるとダムト家にはこれといった特色がなかった。かつては肥沃な穀倉地帯を活かし食糧庫として各地に食料を()()()()()立場だったのだが、それも今となっては過去の話だ。今では作った作物を輸出しても安く買いたたかれてしまう。

だからこそ彼は新たな産業を興すために躍起になっていた。それが独自の魔道具開発だ。だがそれには大きな問題がある。魔道具を作るには必要な魔石をダムト家は安定供給することが出来なかったのだ。だが今回の件でルナ家はダムト家に大きな借りを作った。事件後、最も激しい攻撃を仕掛けてきた序列2位のターノス家との橋渡しをし、ルナ家とターノス家の和解をセッティングしたのだ。

もちろんそれは善意によるものなどではない。今回の件でターノス家はルナ家を完全に潰したかったようたがダムト家としてはそれはそれで困ったことになる。ルナ家をターノス家が吸収してしまえばターノスの一強となってしまうからだ。そうなるとダムト家の少しくらい立場が良くなった所で、もうこの差が埋まることはなくなるだろう。そしてルナ家を助けたのと引き換えにダムト家はルナ家から安価での魔石の売買を約束させていた。


(ターノスの小倅(こせがれ)も、まさかダムトがあそこまでの魔道武具開発していたとは思ってもなかっただろうて……いい気分だわい)


先日ダムトはルナの魔石を使って製造した剣、鎧、盾を披露した。魔道武具は軍事を司るターノスのお家芸だったのだが、ダムトが発表した剣も鎧と盾も、その性能は既存のそれを上回っていたのだ。それはまさに長い時間をかけて開発指揮を執り続けたノアルドの執念の賜物で、その場にいたターノス家の当主は驚きを隠しきれていなかった。それが愉快で仕方がない。

ターノス家の牽制のためにルナ家を生き残らせ、そのたっぷりと売った恩で手に入れた魔石で領地を潤す。すでに人生の終盤を迎えているノアルド・ダムトであるが、その最後であろう我が世の春を満喫していた。


(あとは今宵の宴で此度の祭りも締めとなるか……少し寂しい気もするがのう)


そろそろ一年近く王都を賑やかした事件ではあったが、この後の宴席で一端の幕引きとなる。事件の発端となったシルフィーがエリオットとアリスに拝謁し言葉を交わす。シルフィーが別に謝罪の言葉を口にするでもなし、エリオットが許しを与えるわけでもなし。勝った負けたの話はせず、表面上はこれで片付いたのだから、これ以上は皆、口を出すことの無いように。そういう風な空気を作り出し事件の真相をうやむやにする。

エリオットが死んでいればさすがに真相を放っておくわけにもいかない。しかしそうでないならば結局のところ事件だろうが、事故だろうが、多くの者にとってはどうでもいい事実なのだ。本当に究明して欲しいと思っているのは容疑をかけられた当人くらいのものだろう。


(どうしても知りたいものがいればモノの孺子(じゅし)が捏造した記事でも読んで無聊(ぶりょう)を慰めておればよい。そのための最後の見世物として、この後の宴席も準備したんだからのう)


もう表立っては文句を言えなくなるものの、今日の様を見て無関係な人間は裏では無責任に言うだろう。

「やはりあの娘は怪しい」

「所詮は金で買った無実だ」

そういう陰口で鬱憤を晴らすのだ。そして陰口しか言えない人間にしっかりと陰口を言わせてやることは意外と大切だ。そうすれば表立っての厄介事が見えなくなっていくのだから。


(そういう意味では、あの黒真珠は格好の見世物だのう。本来なら田舎の野豚にくれてやるにはあまりに惜しい)


ルナ家の娘は美しい者が多いが、シルフィーはその中でも特に見目が良い。黒絹のような髪に黒真珠を思わせる瞳が白い肌によく映える。それにいかにも男を悦ばす良い肢体をしている。傷物にさえならなければ政略結婚の道具としては最上の品だっただろう。そして美しいものというのは何かにつけてやっかみをかう。そんな彼女だから嫉妬や蔑みを投げ当てるには、実にいい(まと)になってくれるだろう。


式典も終わりにさしかかり、ノアルドはゆっくりと周囲の面々を見渡す。

ターノス家の当主はルナ家の当主をチラチラと見ながら終始不機嫌そうだった。きっとルナ家からはもっと搾り取れたと思っているのだろう。この家の人間は武門の家柄だからか感情的になる傾向がある。

モノ家の当主はそんなターノス家の当主を盗み見ている。諜報がお家芸の彼のことだから、何某(なにがし)かの隙を見計らって商売してやろうと目論んでいるのだろう。

ルナ家の当主は一見落ち着いて見えるが、その口元はルナ家特有の余裕ぶった笑みだった。だが祖父の代からルナ家の当主を知っているノアルドは知っている。彼らがこういう笑みを浮かべているときは大抵頭の中で躍起になって策謀を巡らせている時なのだ。


(ルナの小僧も、ターノスの小倅も、モノの孺子も、どうにもがっついていかんな。権力遊びというのはもっと(みやび)に楽しむものだというのに)


3人とも歳が近いせいもあるのか、必要以上に競いたがるきらいがある。そこまで考えてノアルドは苦笑した。つい50年ほど前まで自分も同じ目をしながら権力闘争に勤しんでいたからだ。


(そう考えると小僧どもの餓鬼は見どころがあるか?)


モノ家の跡取りである片眼鏡の青年は、先日は新聞社の手綱が握れていなかった失態を犯しているはずだが、特に焦りを見せることはない。

ターノス家の娘は仇敵の黒真珠をしとめきれなかったにも関わらず悔しさを見せている様子はない。その娘婿も年の割に堂に入った態度だ。


(うむ、貴族らしい善い面構えだ。十中八九、宴席で何か仕掛けてくるかのう……実に面白い)


惜しむらくは、年をとった自分はもう彼らの相手が出来ないことだ。内々ではすでに家督を継ぐことを告げている。モノ家の人間あたりならとっくに情報を仕入れているであろう。


(もう少し遊びたかったが……しょうがないのう)


立ちっぱなしでそろそろ痛くなってきた腰を叩いてノアルドは嗤う。

ここは権力遊びをするには最良の庭だ。

陰謀が渦巻き、悪意と作為によって成り立っている修羅の巷。

ただそこには黒薔薇のように咲き誇り、社交界の注目を集めるはずだったシルフィー・ルナの姿はなかった。



ダムト家の当主は跡取りの予定だった息子が病気で死んでしまったため、ずっと当主を続投し続けていました。他の家はその間に何度も代替わりをして、それを見届けていたため、ザカード達を孫みたいな感覚で見ています。悪だくみが大好きな困ったおじいちゃんです。


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