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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
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【献花】


その日の王都は快晴で雲一つない青空が広がっていた。この国で最も大きな街である王都の大通りは大型のゴーレム馬車が4台通ってもまだ余りがある。王の賢政か、聖女の威光か、行きかう人々は皆笑顔に包まれていた。

そんな中でシルフィーとダボンを乗せた馬車は進んでいた。窓には分厚いカーテンがかけられており、外の景色は一切見えることがない。馬車の壁越しに街の喧騒だけが微かに伝わっていて、天井に備えつけられた照明魔道具の淡い光が二人を静かに照らしていた。


「つき合わせちゃってごめんなさい」

「いいですよ。屋敷にいてもやることなんてありませんし」


明日の宴席に向けて準備しなければならないことは山ほどある。勤勉なダボンは放っておいてもマナーや作法の勉強をするだろう。だからこそシルフィーは罪悪感を感じる。今から行く場所はダボンには何の関係もない場所だからだ。

それでも彼女はダボンに同行を頼んだ。先日のアリスの一件もあり、一人で街に出るのが心細かったからだ。


「それにしてもけっこう遠くまで行くんですね」

「そうね。あまり街中に作るようなものでもないから」

「言われてみればそうですね」


外の景色が一切見えないので距離感がないのだが、屋敷を出てからそれなりの時間が経っている。先ほどまでの喧騒が聞こえなっているので、王都の外部に向かっているのだろうとは見当がついた。


「それにしても今日の新聞は酷かったわね」

「ああ、明日の建国式典の件ですね」

「というよりも、その後の宴席の話でしょ? 私達の話で持ちきりね」

「僕の名前もしっかり載っていましたね」

「そうね。貴方は「邪悪な魔女と毎夜のように肉欲を貪る野蛮な野豚」らしいわよ」

「そ、そんなことは……」


答えるときに黒いイブニングドレスから覗かせた鎖骨のラインに気づき、ダボンは慌てて視線を外す。


「それにしてもおかしな話ですよね。こういうのは王子様の度量の深さや、聖女様の慈悲深さを喧伝するものじゃないんでしょうか?」

「もう面白ければ何でもいいんでしょ。みんな美談よりも下品な話題が好きなの。民衆なんてそんなものよ。それよりもモノ家は新聞社の手綱がちゃんと握れていないわね。ルナ家と手打ちにしたっていうのにあの記事を出しちゃったんだから、今頃青ざめているんじゃないかしら。いい気味ね」


片眼鏡をかけたキザな少年の顔を思い出す。卒業した以上跡継ぎである彼も実務に関わっているはずだ。決闘を申し込んだあの時、彼は早々に名乗り出てシルフィーの顔に泥を塗ったのだ。それを考えると自然と笑みがこぼれ出る。


「まさか自分の悪口を新聞に載せられて喜ぶ日が来るとは思いませんでした」

「マンバナ村に持って帰ってくれていいわよ」

「止めておきます。ガランが見たら憤死するでしょうから」

「それもそうね……ガランちゃんは元気かしら?」

「村を出るときは歩けるまで回復はしていましたが……」


魔物に右肩を喰いつかれたガランは瀕死の重傷を負っていた。シルフィーの治癒魔法で命の危機を脱したものの右腕はもうほとんど動かないだろうと言われていた。ただあの時はルナ領からの急な知らせでドタバタしていて、ダボンはガランに「もう戦士としては戦えない」と告げることが出来なかったのだ。それを考えるとシルフィーの胸は苦しくなる。


「……ごめんなさい」

「な、何がですか?」

「もしも私があの時……アリスの申し出を受けていたらガランちゃんの腕も治せていたかもしれなのに」

「それは言っても仕方がありませんよ。話を聞く限り、アリスにそういう力があるんでしょうけど、彼女だって全ての人間を救って回っているわけじゃないでしょうし」

「そうだけど……」

「それに村で大怪我をするのはガランだけではありません。マンバナ村から王都までは2週間近くかかります。往復なら1カ月。重症人が出る度にアリスに治してもらうというのは実際問題として不可能です。そして何より万が一ガランだけを治してしまった場合、村人たちに必要以上の希望を持たしてしまいます。村の外には広い世界があって、そこには自分たちの知らない生活がある。そうなればマンバナ村は遠からず(つい)えます。あの村は魔物を狩るという誇りで成り立っている世界ですから」

「ダボン」

「はい?」

「貴方、正しいんだけど、もう少し言い方を考えなさい」

「ああ……すいません。こういうところが冷たく聞こえてしまうんですよね。相手がシルフィーさんだからつい……とにかくガランの怪我はガランの責任です。シルフィーさんが気に負う必要はありません」

「なら、この話はこれで終わりにするわ」

「そうですね。それよりもガランのお土産の話でもしましょう」

「そうね。お店を見ては回れないけど、言えば何でも取り寄せるわ。何が良いかしら?」

「そうですね――」






馬車が止まったとき、周囲に人はまばらだった。シルフィーは馬車を出る前に、まず黒いベールのついた帽子を被り顔を隠す。そして自分の顔が見えないことをダボンに確認してから馬車を出る。


「凄い……王都が一望出来ますね」

「ええ、景色だけは良い所なの」


眼下に広がる景色にダボンは感嘆の息を漏らす。そこは小高い丘の上に出来た場所だった。

居並ぶ石列に目を配りながら二人は歩く。

先ほどまで馬車の中で見えなかったのだが、空を見上げれば透き通るような青がどこまでも広がっている。そんな青の下をシルフィーとダボンは歩いていく。

足を止めたのはひときわ大きな石板が置いてある所だった。


「ここが?」

「ええ、色々と問題が多いから合祀しているの。本当はちゃんとしてあげたいんだけど。いちおうは戦没者という扱いにしているわ」


そう言って石板の前に赤い花束を置いた。


「南の方の花でしたっけ?」

「本当に南方の出身なのかは知らないけどね。付き合いがあったのは2日だけで、数えるほどしか会話しなかったから。でも南方の(なま)りがあったのと、南方に土魔法を使う強い傭兵団がいる話を聞いたことがあるから、たぶんそこの人間だったんだと思うわ」

「そうなんですね」

「ええ……」


二人は短い間、瞑目する。

開いた黒真珠の瞳に移るのは赤い花だ。

その色を心の中に刻み込み、彼女は踵を返す前に消え入りそうな声で呟いた。


「馬鹿なことに巻き込んで死なせちゃってごめんなさい。もう二度と来ないから……」




献花/了


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