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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
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悪役令嬢は野豚に作法を教え込む


シルフィーが実家の屋敷に戻った次の日、さっそく朝から仕立屋たちが詰めかけて来て、広い部屋に呼び出された。パーティーに出席するための服を仕立てるためだ。

親方を名乗る老齢の仕立屋は慣れた手つきでダボンの腕の長さや、股下、肩幅を手際よく巻き尺で測り、それを弟子の一人が記録していく。採寸を初めて受けるダボンは、まるで自分の秘密を知られているような居心地の悪さを感じて思わずぼやく。


「持って来た服じゃ駄目なんですよね?」

「当り前じゃない。あんなボロを来てエリオット様の前に出れるはずないわ。国王陛下だって来るんだから」

「そうですよね……」


いちおうルナ家に挨拶をするために一番いい服を着ては来たものの、シルフィーの意見には一切反論出来なかった。

思い出すのは、昨日見たミルムの服だ。意匠こそ凝らされていなかったが、彼の来ていたジャケットは身体のラインを最大限に魅せるように作られていた。少し腕を動かしただけでもその動きがよく見えて、自信に満ち溢れた彼の身体を何倍にも大きく見えたのだ。あれを目の当たりにすれば、彼が持って来た一張羅などボロ着と言われても仕方がない。

ダボンは大柄なので、老齢の親方は台に乗って彼の肩や背中に巻き尺を当てる。その姿を見ながらシルフィーは尋ねた。


「どれくらいで仕立てあがるのかしら? 聞いているとは思うけど、私達は1週間しか滞在出来ないの」

「3日いただければ」

「3日!? そんなに早く!??」

「ミルム様から、工房の作業を全て止めて仕上げるように(おお)せつかっています」

「そう……助かるわ」


通常ならあり得ないほど短い納期だ。親方の「ミルム様からはいつも御贔屓いただいていますので」の言葉に、シルフィーは次兄が着道楽だったことを思い出す。恐らくは一番腕の速い職人と工房に声をかけたのだろう。


「そんなに早いんですか?」

「滅茶苦茶よ。普通は何週間も待つものなのよ。ただ……お兄様が呼んだ職人である以上、本当に仕上げるんでしょうね」

「そ、そうなんですね……」


確かに1着を作るのに全精力を傾ければ可能なのかもしれないが、今回は上着も下履きもシャツも何もかも全てフルオーダーで準備する。まともな方法では仕上がらないし、親方もまともな方法で仕立てるつもりはないのだろう。広い部屋を見渡せば、そこは急造の工房と化していた。精緻な模様が織り込まれた高価な絨毯(じゅうたん)の上には無造作に作業台がいくつも置かれており、十人以上の職人が豪奢な部屋には似つかわしくない使い込まれた道具を並べていく。その中には寝具のようなものまである。恐らくは1着の服を作るために泊まり込みするのだろう。

たかが服1着。

ミルムは昨日「最高級のものを用意する」と言ったのは嫌みや誇張ではなかったのだ。そのためにここまでの事をするルナ家と職人達。そして、そこまでしなければならない状況に置かれているのだと認識しダボンは身震いした。ここは彼が普段魔物を追いかけ回すのとは全く別種の戦場なのだ。


「服を着るのが怖くなってきましたね」

「いえ、服は着てこそ。最高の物を仕上げますので、箪笥(たんす)の肥やしにすることだけはご勘弁を」

「は、はい……」


親方の言葉に頷くもののマンバナ村に帰ればこんな服を着ることなど、もうないだろう。

さすがにシルフィーの服まで仕立てる時間はないらしく、彼女の服はもともと実家に置いてあったものを使うらしい。その後、夕方に最初の仮縫いをすることを約束してからダボンとシルフィーは急造の工房を後にした。





それからはダボンにとってもシルフィーにとっても目まぐるしく時間が過ぎ去っていった。何しろやることは山ほどある。その中の最大の懸案事項がダボンだ。これまでマンバナ村の中だけで生活してきたダボンなので、当然のようにその仕草や所作は田舎者のそれだ。立ち方、歩き方、座り方から始まり、女性のエスコートの仕方。全てを覚えるには時間が足りなすぎる。


「とにかく極力喋らないようにしましょう。出された食事も食べないこと。どこで難癖つけられるか分からないから」

「行動を少なくして隙を少なくするんですね」


休憩がてらにお茶を飲みながらシルフィーは言う。あんまりな内容ではあるが、ダボンもそれには全面的に同意していた。何しろ今現在、大柄な彼がちょこんと豪華なティーカップを持つ仕草がもうおっかなびっくりの手つきで恰好が悪いのだ。


「そうよ。とは言っても棒立ちでいる訳にはいかないから、最低限の挨拶の仕方くらいは覚えましょう。おじぎの仕方に言葉遣い……そういえば以前から思っていたんだけど、貴方って言葉遣いはそれなりに綺麗よね?」

「それはバン爺さんとゼベおばさんのおかげですね。都言葉はそこで覚えました」

「ゼベは分かるけど、バンは?」

「バン爺さんは、僕の祖父の代から執務を手伝っているんですが、その際に他の領主や都から来た人たちに意地悪されたそうです。それで本人が必死に覚えて、僕もみっちり仕込まれました。僕も小さいときはガランみたいな言葉遣いでしたよ」

「それは少し見てみた――」


少し見てみたい


そう言いかけて途中で言うのを止めた。少なくとも彼は自分と喋るとき以外は、それなりに砕けた言葉を使っていることを思い出したからだ。


「どうかしましたか?」

「別に……何もないわよ」

「はぁ?」


急に怒った声で言い返され、ダボンは少し驚く。しかし彼が細い目を見開いて元に戻した時にはシルフィーの表情も元に戻っていた。ただその残滓なのか、彼女はひとつ咳払いして窓の外を見た。


「それにしてもせっかく都会に来たのに色々見れなくて残念ね」

「そうですね」


つられてダボンも窓の外を見る。もちろんルナ家の敷地は広いので、そこには庭木が見えるのみ。街の影など形もない。


「僕が以前来た時は、本当にただ来ただけという感じで……ほとんど見物もせずに戻りましたから」

「あら、勿体ないわね」

「そう思うんですが、どこをどう見ていいものかもよく分かりませんでしたし、沢山の人が行きかう喧騒がどうも苦手で……でも大通りを歩くのはすごく興奮したのを覚えています。色んなお店があったのに、結局怖くて入れなかったんですけどね」

「ふぅん、まぁ、私もこの街には10年以上住んでいるけど、街自体に詳しいわけじゃないからね」

「そうなんですか?」

「ええ、街に出なくても欲しいものがあれば向こうから持ってくるんだから」


言われてダボンは昨日の採寸と仮縫いを思い出す。ルナ家のような大金持ちになれば店など行かなくとも、呼べば向こうから店ごとやって来るのだ。それを改めて意識すると彼の表情は翳りだす。


「どうしたの?」

「いえ……その……」

「何よ、言いなさい」

「はい……」


そうしてダボンは躊躇(ちゅうちょ)しながらも答えた。


「シルフィーさんはやっぱりマンバナ村の生活は嫌でしょうか?」


その問いはあまりに当たり前といえば、当たり前だった。ここに来て知ったのはルナ家は途轍もない金持ちで、シルフィーはその途轍もない金持ちの令嬢だという事実だ。

ダボンが見たシルフィーは美しい。今まで見た女性の中で最も美しく、一目惚れしてしまったほどにだ。そんなただでさえ素晴らしい彼女の美しさが、本家に戻って一晩過ごしただけで増していたのだ。黒髪はより艶やかに、潤いを取り戻した肌はより白く、紅を引いた唇は普段よりも妖艶に弧を描く。

それに気づいたときダボンの胸は絞めつけられた。


薄汚れていたのだ。


ミルムが言った通り、マンバナ村にいた彼女は薄汚れていたのだ。それが彼には悲しい。

追い詰められた境遇や、彼女自身の努力もあり、シルフィーは早くから村に馴染んでいるように見えた。しかし無理をしていたのだ。それがはっきりと目に見えて分かってしまった。


「そんなの嫌よ。決まってるじゃない」

「そうですか……」


思った通りの答えに消沈する。


「不便だし、暗いし、汚いし、好い所なんて何にもないわ」

「そうですよね……」


これも思った通りの答えだ。


「でも私が居れる場所って、もうあそこしかないのよ。貴方もこの屋敷に来て分かったでしょ? だからちゃんと今回の件が終わったら戻るわよ。それで満足なさい」

「はい……」


少し卑怯だと思いながらもダボンはそれに頷いた。これ以上はさすがに高望みだろう。その程度の分別は彼も(わきま)えている。


「それと……」

「はい?」

「貴方、まさか田舎暮らしで私が薄汚れたなんて思ったんじゃないでしょうね?」

「そ、それは……」

「呆れたわね。貴方って、いつからそんなに偉くなったのかしら?」

「偉く?」

「そうよ。今の貴方って、上から目線でとっても偉そう。村にいたときの私は貴方から見て醜かったのかしら?」

「そ、そんなことないです! シルフィーさんはいつでも綺麗です」

「なら、それで満足していなさい。貴方如きを惚れさせるなんて、あの程度で十分なんだから」


長く黒い髪をかき上げ、見下すような視線でシルフィーは言い放った。口元にはここ最近、彼女が浮かべていなかった黒薔薇のような笑み。昨日、彼女の兄が浮かべていた笑みによく似ていた。


「それに毎日、化粧水を使ったり髪を整えるのって思った以上に面倒なのよ。解ったら、さっさと始めるわよ。挨拶のひとつも出来ない男なんて、私の隣には相応しくないもの」


最後は口元を緩めてから言う。

そうしてシルフィーはダボンに宮廷内の作法をレクチャーしていった。本来なら男性の所作を女性のシルフィーが教えるのはおかしな話だ。しかし幸いにも男性の所作は女性ほど厳しく見られることはない。シルフィーは自分が隣に立ったとき、彼の動きがもっとも栄えるようにその動きを修正していった。

3日間の中で何度も服の仮縫いをする度に呼び出され、その合間に何百回も挨拶をするときの頭の下げ方の練習をした。そうして服が仕上がり、いつもの背中を丸めるだらしのない礼が背すじの伸びた最敬礼に変わったとき、予定の1週間がやって来た。



本作はよくある西洋風ファンタジー世界です。パーティーで着るのもイブニングドレスとか、モーニングみたいな服です。でも「スーツ」とか「背広」とか表記すると違和感が出るので、変な世界観にならないために何と表記するか悩みます。


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