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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
22/107

悪役令嬢は家を傾けた責任を感じる


ルナ家はランディール王国西部を支配する四大貴族の一角である。その所領に海はなく、最西端に大山脈が遮るまでは草原が延々と広がっており農業と畜産が盛んだ。だが何より有名なのは魔道具だろう。研究が盛んで出回っている魔道具の半分はルナ領で作られているとまで言われている。

そんな魔道具の恩恵を得たルナの都は日がくれたにも関わらず煌々と輝いていた。



「何度見ても凄い光景だなぁ」


馬車の中から口をポカンと開けてダボンは言う。マンバナ村からゴーレム馬車を走らせ1週間。王都と村の中間の距離にルナの都はあった。立ち寄った理由は2つ。馬車による強行軍による疲れをとるためと、パーティーに必要な物を揃えるためだ。


「ダボンはここに来るのは2度目なのよね?」

「はい、前回来たのはもう1年くらい前になりますね。領主の任命を受けた時です。でもあの時は父が死んだ後で、凄く忙しくて……まさか、もう一度来ることになるとは思わなかったな」


ダボンは大通りの左右を等間隔に並んでいる街灯の光に目を輝かす。大きな体に落ち着いた態度のために忘れがちだが、こういう姿を見ると彼がまだ子どもなのだとシルフィーは実感した。そんな彼がこれから自分の身うちと顔を合わすことを考えるとシルフィーの心は重くなる。


「ねぇ、ダボンは私のお父さまには会った事があるのよね?」

「ええ、以前に一度だけお会いしました」

「そう……他には?」

「他というと?」

「お兄様たちのことよ」

「いえ、お会いしませんでした。直接会ったのはシルフィーさんのお父さんであるルナ公だけです」

「そう」


父であるザカード会ったと言っても儀礼的な言葉を一言二言交わした程度だろう。兄たちに会わなかったのは……当時のことを考えれば運が良かったと言うべきかとシルフィーは考える。二人の兄は彼女から見ても優秀なのだが、長兄のレンドは良い意味で貴族らしく、次兄のミルムは悪い意味で貴族らしい。そしてどちらに会ってもダボンはいい気分にはならなかっただろう。


(お父さまとレンドお兄様は王都にいるらしいから、今いるのはミルムお兄様か……)


次兄のミルムは気位が高く下の者をあからさまに見下す男だ。きっとダボンは分かりやすくこき下ろされるだろう。そこが気位が高く婉曲的に見下してくる長兄とは違う。しかし会いたくないが、挨拶もしない訳にはいかないだろう。それこそこちらが礼儀を知らない無礼者になってしまう。


「まずはお兄様に会わないとね」

「き、緊張しますね」

「無理に喋らなくてもいいわよ。これが終わったらすぐにマンバナ村に帰るんだから、嫌な気分になる必要はないわ」

「嫌な気分になるんですか?」

「ええ、ミルムお兄様は田舎者に冷たいから」

「そ、そうですか……」


夜景にはしゃいでいた表情が一気に暗くなる。

街に入った時点ですでに自分たちが来ていることは伝わっているだろう。大通りを真っすぐ進んで奥に見える大きな建物が主家であるルナの本拠地だ。それはもう屋敷というよりも城というほどの広さで、ただでさえ明るい街の中心はさらに煌びやかな光を放っていた。


城門をくぐり、玄関までの長い道を進み、しばらくしてようやく屋敷が現れる。その間に見える庭は夕やみに染まって細部は見えにくくかったが、行儀よく並ぶ木々の列を見るだけでも、普段からよく手入れされていることが(うかが)えた。

馬車が止まり玄関が開けば、そこはもうダボンが想像することも出来ない世界だ。


「以前、来たのよね?」

「い、以前来たのは……もっと小さな建物の方で……」

「ああ、執務用の別邸ね。そうか、地方領主を任命するだけだものね」


恐らくは執務の合間に適当に対応されたのだと納得する。

玄関にずらりと並ぶ侍女の列は全てシルフィーとダボンを迎えるためのものだ。彼女たちは一糸乱れぬ動きでシルフィーの外套を受け取り、荷物を運んでいく。

その列を一瞥してからシルフィーはまるで屋敷の主のように堂々と廊下の中央を歩く。


「シルフィーさんは凄いですね。堂々として」

「もともと自分の家だもの。でも駄目ね……皆、私のことを下に見てるわ」

「え!? え?? そうなんですか?」

「まぁ、侍女たちがというよりも、お兄様の指示でしょうけど来客を迎えるときにも順位づけがあるのよ。侍女の数とか、誰が受け持つのかとかね。今日のは迎えた侍女たちの数も少ないし、顔も知らない若い子ばかりだったわ。所作も雑だったから、新入りの子たちの練習台にされたわね、私達」

「は……はぁ」


ダボンは間抜けな声を上げる。彼が見た所侍女たちの動きは整然としていてどこが雑だったのかさっぱり分からない。しかし見るものが見れば違うのだろう。ダボンは「さっぱり分からない」と口の中だけで呟いた。





シルフィーが言うにはこれからまず行くのは二番目の兄の部屋らしい。

長い廊下を進むとその合間にいかにも高そうな壺が置いてあり、ダボンはそれを割ってしまわないようにおっかなびっくりに距離をとる。さらに歩くと騎士の鎧と剣が一組になって飾られており、それをしげしげと眺めた。そこからさらに進むと鬼鹿という魔物の頭部の剥製が置いてあり「これは立派な鬼鹿だ」と大きく頷いた。

そうして進んだ先にあった、これまで並んでいた扉より一回り豪華な扉が開く。

そこにいたのは眉目秀麗な青年だ。

実に色気のある男だった。撫でつけた黒髪に、切れ長の目に宿る色は磨いた黒曜石を思わせる。光沢のある上着は飾り気がないものの、その質感だけで上質なものだと理解出来る。その下に着ている白いシャツも同様だ。余計な装飾などで着飾る必要性など、この男にはないのだろう。


「お久しぶりです。お兄様」


その青年にシルフィーが挨拶した途端、彼の眉間に深い皺が寄った。そうして彼女を見ると。たっぷりと黙り込んだ。


「あの……ミルムお兄様?」

「ああ、お前か。随分と薄汚れたな。おかげですぐに誰だか判らなかったぞ」

「田舎暮らしが続いたもので……お恥ずかしい限りです」

「全くだな。田舎暮らしで感性が鈍ったか」


呆れたように鼻を鳴らす。嫌みな仕草だが生まれ持った外見の賜物だろう。本来安っぽいはずの仕草なのに、彼がすると格が落ちたように見えない。むしろ妙に様になってさえいた。


「それにしても愚妹。まさかまたこの屋敷に足を踏み入れるとはな」

「申し訳ありません。準備を済ませ次第すぐに発ちますので」

「そうしてくれ。未だにお前の評判は悪い」

「わ、わかりました」


辛辣な言葉にシルフィーの表情が強張る。次兄とはもともと仲が良い訳ではないが、かと言って険悪だったわけでもない。それがここまで怒りを露わにされるとは思ってもみなかったのだ。


「ここにいる間も、なるべく外には出ないでくれ。必要なものがあれば執事長に伝えろ。取り寄せるようにする。そうだな、取り急ぎ必要なものがあればまず聞いておこう」

「では宴席に出席するための服を」

「いいだろう。道化にはそれに似つかわしいものが必要だ。最高級の物を取り寄せよう」

「そ、そこまでのものは」


出来れば悪目立ちしたくない。そう思いシルフィーは否定するのだが、ミルムは意地悪く唇を歪めた。どう見ても悪人のような笑みなのだが下品ではない。端正な彼の顔立ちに実に似合った表情だった。


「気にするな。今回の件でうちがどれだけ()()()()()と思っている。お前のしでかした事件のせいで、今やルナ家の序列は第四位だ。あの万年四位だったダムト家にさえ追い越されてしまっている。それが今のルナ家だ」


ミルムの言葉にシルフィーは目を見開く。「まさか、そこまで!?」と驚愕すらした。

序列とは正式な位階ではなく四大貴族が内々に使っている言葉だ。それが四位。四大貴族で最下位ということだ。常に筆頭を争っていたルナ家にとって、それは耐え難いほどの屈辱だ。それを示すようにミルムは言い放つ。


「だから今さら服が一着くらい増えたところで変わりはない。むしろ着飾れ。目立ちたくないなどと甘えたことをぬかすな。愚妹よ、お前の今回の仕事は何だ?」

「そ、それは……」


言葉に詰まる。四大貴族の娘として彼女は蝶よ花よと育てられた。それも全て家があってのことで、それにどれだけ寄与できるかというのが貴族としての娘の価値だ。そう教えられ続けたし、彼女自身も納得していた。その家が自分のせいで傾きかけている。

シルフィーは唇を噛み、拳を握りしめる。

兄は冷たいが、だがそれは全て自分のせいだ。ここで逃げれば、本当にただのお荷物になってしまう。

そう覚悟を決めてシルフィーは答えた。


「わ……私の役目は……今回の件が決着したことを各家に知らせることです。王家や他三家の威光を示すために宴席で、み……見世物になります」


悔しさを噛みしめて彼女は言う。しかしそんな様子もミルムからすれば当たり前のことなのだろう。特に心象を良くした様子もなく冷たく言い放った。


「そうだ。せいぜい派手に踊って見せろ。それがルナ家の娘としてお前が最後に出来る役割だ。それが終わったら、さっさと辺境に引きこもって二度と顔を見せるな」

「わかりました……」

「ならいい。他には、何かあるか? あるなら今のうちに言っておけ」

「そ、それは……」

「そうか。もうないなら下がって、さっさとその田舎の汚れを落とせ。そんな薄汚いなりでは見世物にもならん」

「…………はい」


高圧的な言葉に、消え入りそうな声でシルフィーは答える。

そうして兄妹の会話は終わる。

ダボンはその様子を息を潜んで見守っていた。先ほどシルフィーに「喋らない方がいい」と言われたが、それには全面的に賛成だ。こんな会話に割って入れるわけがない。むしろミルムが自分を無視していることに対して感謝すらして、そしてすぐにそんな自分に気づき自分自身に憤慨した。

いつもの彼ならシルフィーが「薄汚い」などと揶揄されればすぐに憤っていたはずだ。だがミルムの持つ気品と、戦士が持つ殺気とは別種の気迫にすっかり気圧されてしまっていたのだ。


「都はやっぱり怖い所ですね……」


部屋を出て開口一番にダボンは呟いた。


「そうね。伏魔殿よ。私もそれなりに鳴らしたつもりだったけど、お兄様やお父さまは役者が違うわ」

「本当はそんなに怒っていなかったってことですか?」

「どうかしら? 少なくとも事態は私が屋敷を出た時よりもずっと悪くなってるみたいだわ。あれでもまだ控えめな嫌みだったとは思うわ」

「シルフィーさんは無実なのに……やっぱりもう一度、身の潔白を訴えた方が――」

「それは絶対に止めて!」

「でも……」

「ダボン、お願い。それだけは絶対に止めて。もう全部片がついた話なの。これ以上、引っ掻き回すようなことをすれば、下手をすればお父さまも私を切り捨てざる得なくなるわ。もちろんダボンも一緒によ」


腕にしがみついて懇願してくるシルフィーにダボンは顔を赤くする。そしてハッとしてから、すぐに背中を丸めて頭を下げた。


「やっぱり、僕はなるべく黙っていた方が良さそうですね」

「そうね。下手なことを言って言質を取られるのが怖いわ。でも元々お喋りな方じゃないから大丈夫でしょ?」

「そうですね」


苦々しく笑う。

思い出すのは、つい先ほどみた美貌の義兄の顔だ。切れ長の瞳の奥にある鋭い眼光は知性と理性に満ちていた。ダボンも細い目をしているが、その見た目の圧力はけた違いだ。とても相手が出来る気がしない。

だがダボンは、その顔を思い出しながらも「しかし」と思う。


「あの……シルフィーさん」

「何よ」

「シルフィーさんは薄汚くなんてありませんから」

「なっ!?」


突然の言葉にシルフィーは自分の顔が赤くなるのを感じた。


「なな、何よ急に!」

「いえ、シルフィーさんは綺麗ですから、それだけは言っておこうと思って」

「そ、そんなことアナタに言われなくても解ってるわ。黙りなさい」

「はい」


言い終えて満足したのかダボンは口を閉ざす。

シルフィーはまだ赤い顔だ。そして周囲に人がいないのを確認してから、大きな身体を揺らして歩くダボンに半歩近づいて小さく言った。


「…………あ、ありがと」





ミルム・ルナは妹が去って行ったドアを見て忌々し気に呟いた。テーブルにあるのは鏡のような魔道具だ。魔力を流せば同じものと通信することが出来る。通信の先は王都にいる父の元だ。


「まったく……愚妹が。あれでは本当に見世物ではないか」


薄汚れている。

感性が鈍っている。

辺境に戻ったら二度と顔を見せるな。


全て本気で言ったことだ。最初にシルフィーが話しかけて来たときに沈黙したのは、実のところ感情が爆発しそうなのを治めるためだった。

一年と経っていないこの短い間にルナ家は初代から200年余り、最大の危機に立たされていた。もちろん家ごと取り潰されるなどということはさすがにないが、ここでかじ取りを間違えれば100年後には潰えているかもしれない。それほどの危機だ。もともとシルフィーのことを憎んでいたわけではないミルムではあるが、これで怒るなという方が無理な話だった。


妹は落ちぶれた。

それがルナ家の次兄であるミルムが見た正直な感想だった。

自分はいくつか言葉を投げかけたが、シルフィーはそれに満足に言い返すことが出来なかった。一年前ならこちらをやり込めるまではいかないものの、もう少し自信に満ちた受け答えが出来ていたはずだ。

しかしそこまで考えて「いや……」と気づく。


(もう少し前から、様子はおかしかったか?)


王都の学園に入ってから顔を会わす機会が激減したのだが、2年生になった頃から違和感は感じていた。あの辺りから焦りというか、自分自身を失っているような雰囲気は感じていた。だがそれもシルフィーの学園時代の事の顛末を知っている今だからこそ言えることなのかもしれない。

そういう意味では自分も彼女を管理しきれていなかった。まだ魔力を通していない魔道具は鏡のように自分の顔を映す。それを眺めてミルムは反省する。


貴族の娘とは商品だ。外見を研き、教養を詰め込み、品性を詰め込み、政略結婚という形で出荷する。学園は教育の場という以上に、将来社交界での振る舞いを磨くための場であるはずなのだが、シルフィーの場合はそこで傷がついてしまった。それもかなり致命的なもので、もう商品としては使い物にならない。少なくともミルムはそう判断していた。


(そういう意味ではあの野豚は幸運か)


今回の件で最も得をしたであろう人物を思い浮かべる。主家の人間である自分の前にしても棒立ちで、まともに礼も示せなかった大柄な青年。服装も野暮ったく立ち振る舞いも優雅さに欠ける。以前に聞いた『野豚』という字名(あざな)そのままだと、ミルムも率直に感じてしまった。おそらくは見たままに腕力だけが取り柄の田舎者なのだろう。

そんな辺境の野蛮人が、傷物とはいえもともとは特級品として準備されていた娘を抱けるのだから望外の幸運だ。本来なら今回のように中央に引っ張り出されて晒しものになることはなかっただろうから、それだけは同情するが、ここに来るまでの間にシルフィーの身体をたっぷりと楽しんでいるのだろうからそれで帳尻を合わせてもらおう。

そういう意味ではあの野豚は今回の催しに相応しい。あの男の隣に立てば、シルフィーの惨めさがより際立つのだから。


「せめて最後くらいはルナの女として振る舞って欲しいものだが……」


野蛮人に汚され、衆目の悪意や嘲笑に晒されながらも凛と咲き誇ってこそ四大貴族であるルナの女として相応しい。だがもはやそれも難しいだろう。シルフィーは本当にただの見世物となって今回の件は終わるだろう。

父のザカードにもそう連絡するしかないだろう。

そこまで考えて、ミルムは通信魔道具に魔力を通した。



ダボンはことさら下品という訳ではないのですが、上流階級のルールやマナーを知らないために、上の階級の人間が見るとどうしても野蛮人に見えてしまいます。ビジネスマンが、頭の下げ方、名刺の渡し方、電話対応の仕方を知らなくて「コイツ仕事出来ねぇな~」と思われる感じに似ているでしょうか?

そういう人もプライベートで付き合うといいヤツだったりするんですけどね。


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