悪役令嬢は不穏な音を聞く
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。誤字報告機能を使ったのは初めてなのですが、すごく便利ですね。
お見苦しいところもある本作ですが続けてお楽しみください。
マンバナ村の領主の屋敷は2階建ての木造だ。当然のように一般的にイメージされる貴族の館と比べれば小さく、それこそシルフィーが最初に見た「犬小屋のよう」という感想はあながち見当外れでもない。そんなマンバナ領主館であるが、名目上は領主館と銘打たれているので当然応接室もある。もちろんこんな辺境では貴人を歓待するような機会もなく、もっぱらダボン達がお茶を飲むために使われることがほとんどだ。そんな応接室でダボンとシルフィー、そしてバンは一緒になってお茶を飲んでいた。
最初こそ生粋のお嬢様にであるシルフィーにとって使用人とお茶を飲むというのは違和感があったが、今ではすっかり慣れた光景だ。
「ありがとう、ゼベ」
「いえ」
ティーカップを受け取った優美な所作でそれを口元に運ぶ。そんな一枚の絵画のような姿を半歩下がって半眼で一瞥した。
ゼベの入れる茶は2級の茶葉だが相変わらず旨い。渋みの裏側にあるほんのりとした甘み。以前聞いた話によると2種類の茶葉を混ぜて淹れているらしい。シルフィーはそれを舌全体で感じながらゆっくりと飲み下す。同様にダボンもバンもそれを口に含み、茶の旨味を楽しんだ。
そうして感嘆の息を吐いてから会話が始まる。内容は先日からシルフィーが指導しているミンやリンの話だった。
「ミンとリンはなかなか見どころがありますな」
「ええ、二人とも頑張っているわ。ちゃんと仕事は手伝えているかしら?」
「はい、今のところは十分ですな。数を数えて教えてくれるだけでも役に立ちます。後は仕事の準備ですな。これをやってくれるだけでもはかどりが違いますわい」
「そう、準備……ね」
「はい、やはり年をとるとあちこち行って実務をこなすのがしんどくなってきますからな」
「なら良かったわ。準備することはとても大切だもの」
「そうですな。とはいえ、まずはそれで十分。帳簿はおいおいという事で……ワシの方でも少しずつ教えていきましょうかな」
「なら私も一度目を通しておいた方がいいかもしれないわね。私も読み書きや計算は出来るけど、実務をしたことはないから」
「ありがとうございます。本当のところはガラン様が手伝ってくれればと期待していたのですが、あまりお好きではないようなので」
バンは苦笑する。しかしその笑みには諦めはあっても、怒っている雰囲気は感じられなかった。むしろ兄であるダボンの方で「まったくアイツは勉強が嫌いで」と不満げに言う。しかしバンはそれを聞き、首を横に振った。
「ガラン様は戦士になりたいのだから、無理に執務を押しつけることはないと考えています。むしろこの村の男としてはそちらの方が望ましい」
「それならもう少し魔物の勉強もして欲しいな。アイツはそれも嫌がるから。ただ武器を振り回すだけが狩りじゃないのに……」
「魔物の勉強?」
「ええ、魔物の特性や弱点です。紫犀は前に走るのは早いけど横の移動は遅いとか、蜘蛛猿は必ず集団で行動するから一匹だけに見えても油断するな……とかですね。特に毒を使う魔物は怖いです。甘妖花という植物のような魔物がいるんですが、昔それの毒にやられて皆に迷惑をかけたことがあって……」
「あのときは先代が怪我をされましたな」
「ああ……あの時は父さんに悪いことをしたなぁ。後ですごく怒られたのを覚えてるよ」
苦々しくも懐かしそうにダボンは述懐する。
訊けば、その甘妖花というのは毒の粉を飛ばし相手を興奮状態に陥れるらしい。大量に吸わなければ問題ない。風上から弓を射かければあっさり倒せる相手ということだった。
「甘くてすごくいい匂いなんです。でも当時はそんなこと知らないせいでいっぱい吸っちゃって……」
「あの後、興奮したダボン様を抑えるのに大変だったと、酒盛りで今でも話に出てきますな」
「言わないでくれ。甘妖花の花粉袋は高く売れるのに、興奮してグチャグチャに潰してしまって、むしろそれで父さんに怒られたんだ」
「そんなに大暴れしちゃったのね?」
「ええ、甘い匂いがして頭がぼぉっとして、それですごく感情的になっちゃうんです。あの時は他にも大人達が沢山いたから良かったですけど、場合によっては窮地に陥ることもあります。冷静さを欠いた戦士はあっさり死にますからね。だからガランには武器の扱いだけじゃなくて、そういうのもしっかり勉強して欲しいんですよね」
「花粉袋をつぶしちゃったら大変だものね」
「もう、シルフィーさんまで」
ダボンは拗ねたように唇を尖らせる。彼がこういう年相応な子どものような仕草をするのが面白くて、シルフィーも思わず赤薔薇のような笑みがこぼれ出た。
「ごめんなさい……ところでガランちゃんは戦士としては優秀なの?」
「そうですな。ワシが見た限りでは優秀な部類に入ると思います」
シルフィーの問いにまずバンは是と答える。しかしその後すぐに「ただ……」と前置きし断言した。
「残念ながらダボン様ほどの天稟は感じません」
「そ、そうなのね……」
「はい。ダボン様は特別ですので」
「そう」
シルフィーは静かに答えてダボンに視線を向ける。すると彼は照れたようにポリポリと鼻の頭を掻いていた。シルフィーから見れば田舎の力自慢にしか見えないダボンだが、バンを始めとした村の面々からは絶大な信頼を置かれている。
(魔法も使えないと言うし……そこまで強いようには思えないんだけど?)
幾度狩りに行っても無傷で帰ってくるので、もはやシルフィーも彼の強さを疑ってはいない。ダボンはきっとシルフィーが見てきた「人間を相手取る剣術」とは違った強さを持っているのだろう。それは間違いない。
だがそれでもかつて近衛騎士団長を見た時に感じた肌を刺すほどの圧力、筆頭魔道士の老人が放つ異様な妖気、学生時代ならばエリオット達のような天才と呼ばれていた者たちが持つ才気のようなものが一切感じることが出来なかった。
団子鼻や細い目のせいで顔つきが間抜けて見えるからかもしれない。大きな手に小さなティーカップを無造作に持つダボンはどことなく隙だらけに見えてしまう。
(まぁ、私も武芸の心得があるわけじゃないんだけど)
女である自分が男の強い弱いを論じること自体畑違いだと自分に言い聞かせる。
「でもシルフィーさんは本当に凄いです」
「そうかしら?」
「はい、あっという間に村に馴染んでしまいましたから。正直な話、シルフィーさんみたいな都のお姫様がこんな辺境でやっていけるか不安だったんです。でもシルフィーさんは村人にも気兼ねなく話しかけてくれるし、偉ぶったりしないし、もう村中の皆はシルフィーさんのことが大好きになっています」
「そんなことないわよ。慣れない生活でとっても苦労したもの。むしろ嫌われないか私の方が不安だったわ」
謙遜した振りをする。
本音を言うとマンバナ村の純朴な田舎者の心を掴むのは容易かった。
もちろんさらに本音を重ねれば、こんな田舎で骨を埋めることなど今でもしたくないが、ここで一人突っ張っても何の意味もない。
そこにさらに本音を足すと、どんな場所であろうと彼女は人の輪の中心にいたかった。それが18年間人の上に立つ人間として育てられた彼女のせめてもの矜持だった。
彼女がやっていることは学園にいた頃と本質的には変わらない。ただ以前と違うのは表立って傷つく者がいないことだ。何故ならシルフィーはここに来た時点で身分としては最も上にいるので序列争いをする必要がないからだ。相手が圧倒的に格下なのだから、そもそも争う意味がない。こういった状況ならば、彼女はいくらでも周囲に優しく振る舞うことが出来るのだ。
シルフィーがやって来た事で表立って傷ついたものなどなく、領主に嫁が来て村は活気づいた。これまで女に興味を示さなかったダボンも彼女のことを目に見えて気に入っている。バンが不安に思っていた自分の後釜問題も早晩方がつくだろう。ガランも本人が望むように戦士としての道を進むことが出来る。全てがうまく運んでいる。
祝杯を挙げるように3人は気を良くしてお茶を飲む。
ただ一人ゼベだけが半眼でその様子を眺める。
この村に不利益など何ひとつ起こっていないのだ。シルフィーは貴族の娘として完璧に役割を果たしていた。
そう、完璧過ぎるほどに。
そうして3人の持つ器が空になったとき、不穏な音が屋敷に響いた。
「何だ?」
「さて何ですかな?」
聞こえてきたのは乱暴にドアが開けられる音とダボンを呼ぶ声だ。領主の館のドアが乱雑に開けられ、顔を青くした男が駆けこんできた。村の戦士であり屈強な男なのだが余程焦っているのか何度もダボンの名前を呼び、屋敷の中を探し回る。この異常な事態にダボンはすぐに立ち上がり廊下に出ると、男は駆け寄り口泡を飛ばしてダボンに告げた。
「ダボン様、一大事です!」
「どうしたんだい?」
「ガラン様が、ガラン様が……!」
焦りの余り言葉が纏まっていない。このときまでダボンはまだ落ち着いていて、男を宥める余裕があった。しかしガランに起こった出来事を聞いた瞬間、ダボンも同様に顔色を変える。しかし混乱するのも一瞬だ。彼は事態を認識すると、シルフィーもバンもゼベも置いたまま、矢のような速度で駆けだした。
本作のタイトル通りシルフィーはガチの悪役令嬢です。ただ環境が違うだけで、村ではすごくいい娘に見えています。やってることは本質的にかわらないんですけどね。
さてついにいよいよ事件です。
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