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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
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小さな狩人は猛る


ガラン・マンバナは領主であるダボン・マンバナの弟だ。

兄は自分よりも幼い年齢で狩りに出て魔物を倒し、沢山の魔石を取って来た。

村一番の力持ちで誰も彼に敵わない。

ダボンのおかげで畑の広さが倍に(実際には領主が直接管理している畑だけの話なのだが)なった。

マンバナ村はその村の性質から荒々しい性格の者が多いのだが、その中にあって兄はいつでも冷静で、その判断は大抵正しいものだった。


ガランから見た兄のダボンはまさに英雄だ。

だがそんな兄を持つが故に、ガランには悩みがあった。それは兄に比べて自分がいかにも凡庸だということだ。自分がどれだけ槍や弓の稽古をしようと、村の者は誰も狩りに連れて行ってくれない。兄は自分の年の頃にはもう行っていたというのにだ。もちろんそれはダボンの実力だけでなく、当時の村の環境に要因がある。未曽有(みぞう)の飢饉により多数の餓死者が出た当時の村は子どもだからという甘えを許されない状況だったからだ。

しかしガランが物心つくころには一番悲惨な時期は終わっており、子どもたちは余裕をもって訓練することが可能となっていた。


運が悪かったのはガランは同い年の少年の中ではひとりだけ誕生日が離れており、先日の狩りで仲の良い少年が皆、一足先に狩りを経験したことだった。ガランが欲しくて仕方ない戦士の首飾りを、ガランよりも早く手に入れたのだ。そんな中で皆が言うのだ。

「ダボンは強い」

「信じられないくらいの力持ちだ」

「めちゃくちゃにスゴイ戦士だ」

普段ならば自慢の兄が褒められればガランは気を良くしていただろう。だが皆が褒め称える兄は、ガランの知らない兄だった。何故なら狩りに出たことのないガランは、兄が魔物と戦う姿を見たことがなかったからだ。

自分の知らない兄を他の人間が知っている。それがまた一つガランを陰鬱(いんうつ)にさせていた。


「どうしたのガランちゃん?」

「何でもねぇよ」


彼の義姉になる予定である女性が声をかけるも邪険に扱ってしまう。今、彼女は自分をからかって来た少年達をあっと言う間に手玉にとってしまった。それは兄が持つ力とは別種の強さで、ガランにはよく分からなかったが村の誰もが持っていないものなのだろう。その証拠に彼女は村に来てから瞬く間に周囲の人間を平服させてしまった。それも力を見せつけるわけでもなく、彼女の優雅な所作や上品な仕草を見ていると自然と頭を下げたくなってしまうのだ。

そんな彼女が自分をガランち(・)ゃ(・)ん(・)と呼んでくる。普段はそれに特別感を感じていたのだが、今は子ども扱いされているようで何だか楽しくなかった。


「オレだって、狩りにさえ行けば……」


小さな拳が硬く握られる。

胸の内には黒い火種が燻(くす)ぶっていた。



◇



翌日、弓と槍を持ったガランは一人で村の外縁部にいた。マンバナ村は大山脈から流れてくる河の流域にある村で、河を背負うように小高い丘がある。そこへ領主の屋敷を中心に家々があり、その周囲にさらに畑が広がっていた。ガランは今、屋敷から最も遠い畑にいた。そのせいで兄が遠くにいるようで少し心細くなったが、すぐに自分に喝を入れる。


「兄ちゃんは俺の年には一人で狩りに行っていたんだ。オレだってやれるはずだ」


槍を握る手に力が篭る。槍は長いほど有利ではあるのだが、それでも取り回しのことを考えれば限界がある。ガランの使う槍は本来大人が使うもので、彼の身長を考えれば少し長い。普段は訓練用の棒を使っているのだが倉庫にあるものを拝借してきたのだ。


「本当は兄ちゃんみたいな棍棒がいいんだけどな」


頭に思い浮かぶのは棘つきの鉄球が先端についた太い棍棒だ。兄が実は小説に出てくる白薔薇の騎士が持つような剣に憧れていて、棍棒を使うのを恥ずかしがっているのは知っている。しかしガランにとっては、あの武器こそが強さの象徴だった。

そしてダボン本人は知らぬ事実だが、ダボンと一緒に狩りをしたものは必ず一度あの棍棒に憧れる。ただそれが村の中でも流行らないのは、やはりリーチが長い槍の方が便利であることと、あまりの重さに彼以外まともに振り回すことが出来ないからだった。


「よし、ここからだ……」


畑の隅に設置されている石燈籠(いしどうろう)のような建造物の中には結界石が安置されている。ガランには詳しい仕組みは分からないが、ここから内側に魔物が入れば音が鳴り、伝播してさらに内側の結界石も音が鳴るように出来ている。今やこの村にはなくてはならない魔道具だ。


「これがもっとあれば畑が広くなるのになぁ」


実際には水の問題や、人員の問題。何よりもルナ家との力関係という政治的な問題があるのだが、それをまだ知らぬガランは呑気に呟く。畑仕事は外から入って来た新参者がつくことが多い仕事で、古くから戦士を続けている家は嫌う傾向にある。しかしそんな彼らでも腹いっぱい食べれるようになる畑自体に文句を言う者はなかった。


そうしてガランはじっと待つ。いかにマンバナ村に魔物が多くとも毎日襲ってくる訳ではない。なのでこのまま待っていても遭遇するとは限らないし、むしろ巡回している他の戦士や、農作業する他の村人に見つかる可能性が高い。

しかしそれでもガランは待った。


石燈籠を背にしながら待つ内に日がすっかり高くなり、今日はもう諦めようかと考えたときだった。


「来た……」


近づいて来る影を見て呟く。

遠くに見えるのは一体の影。

四足獣。目も四つ。赤茶けた毛皮は泥で汚れている。大型の犬くらいの大きさで、口を開ければ乱杭歯(らんぐいば)が見えた。

四ツ目狼と呼ばれる魔獣でマンバナ村の周辺では珍しくない。しかもまだ若い個体だった。

それがゆっくりとこちらに近づいて来る。


「や、やるぞ」


恐怖と興奮で声が震えていた。魔獣はおしなべて人間より体力があるが、それでも無限に走れる訳ではない。開戦にはまだ距離がある。その時間を利用してゆっくりと矢をつがえる。

四ツ目狼がジリジリと距離を詰め、ガランがゆっくりと弓を引く。

四ツ目狼が一気に駆けだそうと筋肉を撓(たわ)める。その一瞬のためを狙ってガランは矢を放った。

放たれた矢は空気の層を引き裂きながら真っすぐに飛んでいく。放たれた矢に寸瞬遅れて四ツ目狼が高い声で鳴いた。前足の付け根にはガランの放った矢が刺さっている。本当は眉間を狙ったのだが、初めての射撃なのだから当たっただけでも儲けものだろう。

すでに手負いの四ツ目狼はガランに向かって走り出している。ガランは命中の余韻に浸る間もなく、次の矢に手をかける。前足の傷が影響しているのか、走り出した四ツ目狼は思ったよりも遅い。もう一射なら撃つことが可能だろう。


撃つ。


だが先ほどと比べて余裕のなかった所為か、十分に引き絞られなかった矢の勢いは弱い。二射目の矢は当たりはしたものの毛皮に傷をつけただけで刺さらずに跳ね返ってしまう。

それに心の中で毒づきながらガランは弓を捨てて、足元の槍に持ち変えた。

相手はすでに目の前にまで迫っている。その恐怖を打ち払うのと威嚇を兼ねてガランは叫んだ。


「ィエアアアアアァァツ!!」


まだ声変わりのしていない喉を絞りあげて猿叫が響く。それで魔獣が怯むことはなかったが、大声を上げれば力が入りやすくなる。その気合とともにガランは槍を横薙ぎに払った。

槍の最大の攻撃は「払い」ではなく「突き」だ。なので本当なら一突きで仕留められれば上々なのだが、さすがにそこまでの技量があるとはガランも己惚れてはいない。

しかし幸運か普段からの鍛錬が功を成したのか、払った槍は四ツ目狼の横っ面にぶち当たった。素早く引いた槍の穂先が四ツ目狼の顔から引きはがされると、四つある目の右上の眼窩からドロリとしたものが零れ落ちる。それを見てガランは初めて会心の笑みを浮かべた。それは幼い顔には似合わぬ狂笑だ。


(やってやる……お前の魔石を採り出して首飾りにしてやるんだ!)


自分一人でも十分狩りが出来る。その自信が腹の底から湧き上がってくる。すでに恐怖よりも高揚感が勝っていた。

出来過ぎなくらい上手く事態が運んでいる。運がいいのか、それとも幸運なのか。

いや、どちらでもいい。

今は目の前の魔獣を屠るのに全霊を注ぐだけだ。

その時、この戦いが始まって初めて彼にとって不都合な事態が起きた。それは甲高い鐘がなるような音だ。


(参ったな。結界石が反応しちゃった)


四ツ目狼が結界石の収まった石燈籠に近づきすぎたのだろう。石の収まった部分からけたたましく警報音が鳴る。しばらくすれば巡回している村の戦士達がやって来るだろう。それは四ツ目狼にとっても不運な出来事であり、ガランにとっても楽しくない出来事だ。


(このまま狩ってやる!!)


手負いの四ツ目狼はすでにガランにとって獲物だった。その獲物を仕留めるために、ガランは腰だめに槍を構える。


今度は突く。


渾身の力を込めて槍の穂先を眉間に打ち込んでやるのだ。


そう心に強く思う。


時計回りにジリジリと距離を詰める。潰れた右目は相手の死角だ。四ツ目の感覚はガランには分からないが、きっと距離感も把握しにくくなっているだろう。そう思うことにする。

そして動いた。

四ツ目狼がだ。

ガランは再び細い喉から猿叫を放ち、渾身の力を込めて槍を突き出す。

雷(いかずち)のような……というには、まだまだ練度の足りない突きである。だがそれでも勢いは十分だ。槍の穂先は吸い込まれるように四ツ目狼の眉間を捉える。

ガツンとした硬い手ごたえが槍を握る手に伝わってくる。

同時にガランはその手応えが側面へ逃げていくのを感じた。槍は確かに眉間を捉えたのだが、硬い頭蓋を打ち抜くには幼いガランでは膂力(りょりょく)が足りなかったのだ。

兄に「頭蓋骨は硬いから矢では狙うな。槍で突くと滑るから頭を狙うなら殴るように使え」と言われていたのを思い出す。

しまった。

両方とも守れていなかった。

だけど後悔するのは後でいい。

今は、今この一瞬だけは兄のことも忘れてしまえ。


さぁ、ここが分水嶺だ。

四ツ目狼はすでに眼前に迫っており、その牙は一息で自分に届く。選択を誤れば死ぬのだ。

体の崩れたまま槍で払うか、それとも距離をとるか。

ガランは引いた。

転がるように飛び、泥まみれになりながら起き上がる。そうして四ツ目狼を見た時、獲物は前足を折り苦しそうに唸り声を上げていた。


「ハハッ、やったぞ」


自分の判断が正しかったことに喝さいを上げる。あのままもつれ込むように接近戦を挑んでいれば、苦し紛れの牙や爪が自分を捉えていただろう。しかし今の手負いの四ツ目狼なら、距離さえ取れば後は悠々と仕留めることが出来そうだ。


「……次はちゃんと腹を狙う!」


兄の言葉を思い出す。

そうして次は無理に決着を焦ることもなく、相手に届くギリギリの距離を保ちながら何度も槍を突く。一撃一撃は弱いが、浅い傷をいくつも作り血を流させる。


突く。

槍の穂先が毛皮を突き破る。


突く。

刃が毛皮の下の肉に刺さる。


突く。

肉を破り、その下の肋骨に当たる。


相手が弱っていく度に、より深く槍を突き入れることが可能になった。

そして最後の一撃だ。

動きの鈍った四ツ目狼に向かい最後の一突きを入れる。十分に勢いの乗った刺突は毛皮を裂き、肉を突き破り、肋骨の隙間を縫い、臓腑に到達した。

深く刺さった持ち手を捻る。

槍の穂先に臓腑をかき混ぜられた四ツ目狼が低い苦鳴を上げる。そして三度目となる猿叫を上げ、力任せに槍の穂先を捻じり込んだ。


断末魔。


一度、二度、三度、四肢が力なく痙攣し、それも止まる。

ガランは勝利の雄たけびを上げた。


「どうだ! オレだってやれるんだ!!」


誇るように叫ぶ。

コイツから魔石を採り出して首飾りにしよう。

普通は複数人で一匹の魔物を狩るので、魔石は割って皆で分ける。なので戦士の首飾りの魔石は歪な形をしているのだ。だが自分は一人で魔物を倒した。だからこの魔石は丸々一つ自分の物。そんな戦士の首飾りを持っている者は村の中に誰もいない。

強いて言うならダボンだ。首飾りこそ持っていないが、兄は最初の狩りで一人で魔物を狩ったらしい。

初めて魔物を狩った。

初めて兄に並ぶことが出来た。

その喜びに打ち震える。身体の中は得体の知れない万能感に満ち満ちていた。

今ならどんな魔物が来ても勝てる気がする。

そうしてもう一度雄たけびを上げようとしたとき、彼は見た。


赤黒い毛皮をした


6つの目を持つ


先ほどよりも二回りも大きな


巨大な魔獣が姿を現したのだ。


そして――――






魔石は魔物の体内に埋まっていて、胸を裂いて肉に包まれた状態で出てくる感じです。村の近くで倒したのなら持って帰って解体して食肉に。遠い場所なら魔石だけ取り出して後は廃棄します。


大ピンチのガランですが、本作はこのあたり結構シビアな予定です。

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