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破滅した悪役令嬢が田舎にやって来た  作者: バスチアン
第一章 悪役令嬢と野豚の騎士
13/107

悪役令嬢は自分を棚に上げる


その日もダボンは魔物を狩って帰ってきた。月に1~2度、彼はこうして出かけて行く。以前のように予定の倍の日数かけて帰ってくることも珍しくはなかった。シルフィーもあの後に調べたのだが、いかにダボンが村一番の戦士だと言っても、一人で狩りに行くようなことはないらしい。最低でも10人ほど、多い時はその3倍近い人数で徒党を組み、狩りに挑んでいた。

今回はかなり大規模な狩りだったらしく、屋敷に戻ったダボンは疲れた風だった。


「今回は疲れたよ」


泥で汚れた身体や衣服はいつもの通りだし、身体にも傷一つない。しかしその表情には明らかに疲労の色が濃く見て取れた。


「あら? ダボンがそんなことを言うのは珍しいわね」

「今回の狩りは若い子を連れて行きましたから、いつもよりも気を張りました。しっかり準備したつもりでしたが、毎回どうしても予想外のことが起こるので」

「準備……ね」

「大切なことなんで気を使っているんですが、全てに対応するのは難しいですね」

「そうね……どれだけしても限界はあるもの。大切なことなんだけどね」

「ええ」


使用人のゼベが持って来た水の入った器を受け取ると、彼にしては珍しいことにお礼も言わずに受け取り中身を一気にあおる。そうして飲み終えたあとに改めて背中を丸めてぺこりと頭を下げた。


「疲れてるのね」

「ええ、でもそのおかげで全員が生きて帰ってきました」

「ガランちゃんがずっと文句を言っていたわよ「自分も行きたかった」って」

「それを聞くと余計に疲れが出てきますね……ガランは?」

()ねて自分の部屋にいるわ」

「あとでなだめないとな」

「仕方がないわ。外の狩りに連れて行くのは10才からなんでしょ? ガランちゃんはまだ9才だから」

「まったく、あと3カ月が待てないのかな?」


面倒そうに頭を掻く。その姿は兄というよりも、子どもに悩まされる父親のように見えた。その隣にいる自分にはたと気づき、シルフィーは慌ててダボンに尋ねた。


「と、ところでダボンが小さいときはどうだったの? 早く狩りに行きたくなかったの?」

「僕はそういうのはありませんでしたから……ああ、でもそれもあるのかな?」

「どういうこと?」

「僕が小さかった頃は飢饉の影響でまだ混乱していて、その辺りがいい加減だったんです。だからかな? きっとガランは僕の小さいときみたいに早く狩りに行きたいんだと思います」


あまり楽しい思い出ではないのか、ダボンの表情は優れない。彼にとっては決して良い思い出ではないのだろう。だがダボンにとっては悪夢でも、弟にとっては兄の英雄譚の一部なのだ。


「ガランちゃんはダボンを尊敬しているからね。お兄ちゃんみたいになりたいのよ」

「それは嬉しいんですけど、狩りばかり行きたがるのは困ったものです。早く首飾りが欲しいんですよ。まったく戦士の首飾りなんて別に大したものじゃないのに」

「戦士の首飾り? そう言えばこの村の人は首飾りをつけている男の人が多いわよね。あれのことかしら?」


そう言われ思い出す。シルフィーがあった村人の多くは首に紫色の石がついた首飾りをつけていた。お守りの一種かなにかと思っていたのだが、やはり意味があったようだ。


「ええ、そうです。あの石は魔石なんです。戦士になった子どもたちは一番最初に行った狩りでとった魔物から魔石を採って、それを割ってみんなで首飾りにします。一人前の戦士になった記念とか、幸運のお守りみたいなものです」

「それにしてもダボンはつけていないわよね」

「ああ、それはさっきの話にも重なりますが、僕の世代はそういう余分なことをしている余裕がなかったんです。だから魔石は全部売ってしまいました」

「そ、そうなのね……でもダボンくらいの年の子で首飾りをつけている男の子もいたけれど?」

「やっぱり、戦士の首飾りをつけたいって男は多いですから、親や祖父から譲ってもらったりとか、年の初めに最初に狩った魔物の魔石を皆で割って分けたりとか、後から作ったヤツも多かったかな?」

「でもダボンはつけないのね?」

「そもそも首飾りなんてしてたら狩りの時に邪魔になりますしね。戦う中で幸運なんて目に見えないものに期待するのも危険ですから」


身も蓋もなく言い放つ。隣にいたバンもさすがにため息を吐いていた。何しろ彼の胸にもしっかりと紫色の石が飾られているのだ。そして彼の意見を代弁してあげるようにシルフィーは言った。


「貴方……可愛くないわね」

「えぇっ!? 何ですか! 急に?」

「ガランちゃんにはこういう所は似て欲しくないわね」

「はぁ……? まぁ、僕としては勉強するところだけ似てくれたら、あとは文句はないんですけど」

「あら? 最近はちゃんとしてるわよ」

「そうでしたね」


実際に最近のガランは勉強をサボらなくなっている。それならそれでご褒美の一つでもあげたいダボンなのだが、あまり良い案は思い浮かばなかったようだった。


「参りましたね。ガランに何かご褒美をと思ったんだけど、何も思い浮かびません」

「とりあえず顔を見せてあげたら喜ぶんじゃないかしら」

「そうします。出来ればシルフィーさんもついて来てくれませんか。最近、アイツ、僕よりもシルフィーさんの方に懐いていますから」

「一緒に?……ま、まぁ。いいけど」


父親のような顔をするダボンの横に立つことを少しだけ躊躇するも、ガランのことは気に入っている。


(放っておいたらガランちゃんが可哀そうだものね)


別にダボンのためではないと心の中だけで前置きする。

そうしてしっかりと自己弁護してから彼女はダボンの横について歩いた。





ダボンの帰って来た翌日、シルフィーはガランと、ミンと、レンの二人の女の子を連れて兵舎に向かった。実地での授業を行うためだ。シルフィーは乱雑に並べられた槍を指さして大人しい少女ミンに出題した。


「ミン、あそこにある槍の数を数えなさい?」

「はい、先生……えっと、15本です」

「じゃあ、そこの槍の束と合わせると? 混ぜて数えたら駄目よ」

「は、はい、えっと……29本です」


おどおどとしたミンは動作こそゆっくりしたものだが正確に数を数えた。彼女はただ数を数えさせるだけでなく、こうしてなるべく具体的な実務に近づけながら教えることにしていた。それは小麦の入った袋の数だったり、袋の重さだったり、魔石の数や品質の等級だったりした。彼女はいずれバンの後を継いで帳簿の管理を行うことになる。だからこその方法だった。

そんな彼女たちを見て、訓練中だった村の戦士たちが手を止めて言う。


「ミンもリンも精が出るなぁ」

「まったくだ。数なんて30まで数えられたら、あとは()()()()でいいだろうに」

「馬鹿、俺たちが数えられないぶんは、いつもバン爺さんが数えてくれてるんだよ」

「違いねぇ」


大きな声で笑う。これがマンバナ村では一般的な考え方なのでバンが後釜を欲しがっていたのをシルフィーは痛切に実感した。同時に彼らのことを少し哀れにも思った。彼らの野卑の理由は辺境だからというものだけではなく、為政者によって指向性を与えられたものだからだ。


(でもこの村には……いいえ、ルナ領には彼らの野蛮が必要なのね)


ただそれだけでは村は成り立たない。幸いにも時間はたっぷりとあるので、多少手間がかかっても問題はない。そう納得して、次は活発な雰囲気がある少女のレンに出題する。


「じゃあ、リン。それが魔物狩りに行った後、8本折れちゃったら残りは? 槍を動かして数えたら駄目よ」

「え~っと、21本で~す」


レンは元気よく答える。

最後にシルフィーはガランに尋ねた。


「正解。じゃあ、最後はガランちゃんね。ちょっと難しいわよ」

「おう!」

「そこに槍が29本あるけど、それを3つのグループで分けて使ったら、ひとつのグループで何本ずつになるかしら?」

「う~ん、1グループ9本ずつで、2本あまりがでるぞ」

「正解。よく出来たわね」

「おう!」


褒められたのが嬉しかったのか、ガランは槍を一本取ると頭の上でグルグルと振り回す。あまり鋭い動きとは言い難いが、それでも年を考えれば見事な槍さばきだ。

それをミンとレンの二人に褒められると、シルフィーが褒めた時とは違った種類の笑顔を見せた。


(まぁ、男の子だからね……でも)


「授業中にふざけちゃ駄目よ」

「ご、ごめんなさい」


叱られて身体が縮こまる。丸っこい顔をした可愛らしい少年が項垂れる様に母性を擽られ、シルフィーは思わず許してしまいそうになる。しかしここで甘やかすのも今後のためにならないだろう。

そう考えて怒ったふりをしようかと思案したときだった。

背後からクスクスと笑い声が聞こえる。シルフィーが不快に思い振り向けばそこにはガランと同じくらいの少年達がいた。


「ガランのヤツ、ダセーな」

「女に怒られてやんの」


生意気そうな2人の少年は楽しそうにガランをこき下ろす。それを聞きガランは鼻の穴を広げて憤慨した。


「何だよ、お前ら。ちょっと先に狩りに行ったからって、エラそうにすんなよ」

「へっへ~、先に行ったもんは先に行ったんだからなぁ」

「何だよ、3か月早く生まれたからって!」

「悔しかったら、首飾り見せてみろよ~」


ガランは悔しそうに歯噛みする。どうやらガランよりも早く狩りに出た同年代の少年が、ガランをからかっているらしい。恐らく見せびらかしている首飾りが戦士の首飾りなんだろう。


その光景をシルフィーは複雑な思いで眺めていた。相手よりも有利な点を見つけて上に立ち、下の者を見て優越感に浸る。それはつい一年前までの自分の姿だからだ。もちろん彼女がやったことはこんな分かりやすい方法ではない。もっと迂遠(うえん)で、(いや)らしく、卑怯なことに正当性のある方法だった。

取り巻きに直接指示しない。

身分の高さを示すだけで相手に命令することはない。

自分はあくまでも言わずに思うだけ。

だから責任はない。

正当性で相手を叩き潰し忖度させるのだ。それ故に皆、表立って彼女に逆らうことが出来ない。そういう環境を作り出していた。


「あの……先生。止めなくていいんですか?」

「え? そ、そうね」


幸いにも少年達は本気で言い合っている訳ではないらしく、どちらかと言うとじゃれあうような雰囲気だ。だがどうにもガランは頭に血が上っているらしく、声がだんだんと荒くなっていた。

それを見て大人しそうなミンが不安そうにシルフィーに言う。

過去の自分の所業もあり、正義感を振りかざして止めることには引け目はあったが、放っていくわけにはいかないだろう。決心して彼女は2人の少年達を見比べると、こちらに何度も視線を送っている少年に気づく。


(ふぅん、なるほど……気持ちはわかるけど)


そして彼らに歩み寄った。近づくとやんちゃそうな少年が「何だよ、姉ちゃん」と毒づいてきた。これがルナ家のお膝元の都なら子どもといえと適当な理由でしょっぴいて刑罰を受けさせられることだろう。

ただ侮辱に関しては敏感な彼女であるが、子どもに対して目くじらを立てるほど狭量ではない。むしろガランへの態度を見て解るように彼女は実は年下には甘い。


(でもお仕置きは必要ね)


「アナタたち、強いのね」

「な、なんだよ急に?」

「だって自分たちで言っていたじゃないの。ガランちゃんよりも先に狩りに行ったんでしょ?」

「そうだよ。オレはもう狩りに行ったんだ」

「凄いわ。大人の仲間入りじゃない」

「そ、そんなことねぇよ」


この少年とガランとの普段の関係がどんなものかは知らないが、彼は自信満々に胸を張る。その自尊心を擽るように笑みを作ると、咲き誇る黒薔薇のような笑みに少年は顔を赤らめる。そしてハッとしたようにシルフィーの背後を見た。その視線の先にミンがいる。シルフィーの笑みが濃いものに変わった。そうして耳元でそっと囁いた。


「でもミンは強い人よりも、優しい人の方が好きだと思うわ」

「え!? ちょ、ちょっと……なな、何を!!」


少年の顔が赤くなる。その視線は無様なほどにミンの元へと向けられていた。

そうしてもう一人のもとに行くと、皆に聞こえないように静かに言う。


「強い人と乱暴な人は違うわ。リンもきっとそう言うはずよ」

「え? え? え? 何で!??」


哀れなほど二人は狼狽を始める。そうして慌てふためく二人と、生徒であるミンとリンを見比べて言った。


「みんな仲良くしましょうね。()()()()()()仲良くしたいわよね」

「うん……」

「はい……」

「よろしい。じゃあ謝ってから仲直りよ」


本当に弱みを握るとはこういうことだとばかりに会心の笑みが輝いた。その威光の前に先ほどの威勢はどこへやら、二人は震えながらガランに「ゴメン」と頭を下げる。その光景を見て、元気なリンと、静かなミンは異口同音に喜んだ。


「すご~い、先生が一番強いね」

「先生……すごいです」


調子づいた子どもたちを一瞬で諫めてしまったシルフィーに周囲は沸き立つ。見れば、それまで遠巻きに見ていた訓練中の村人たちまでもが輪になって笑っている。

シルフィーが辺境の村に追放され3カ月の時間が流れていた。

全ての人間に受け入れられたという訳ではないが、それでも相応の結果は伴っている。

シルフィーはその結果に満足していた。


そしてだからこそ、このときのガランが暗い表情をしていたことに気がつけなかったのだ。



ダボンは合理的な思考の持ち主です。彼自身はとても強いのですが、村の戦士全員が強いわけではありません。なので、彼は狩りの際に必ず徒党を組んで戦います。ちなみに30人全員で一体の魔物に投石で釣瓶撃ちにしてから、弱ったところを槍でぶっ刺す戦法がお気に入りです。

こう見えて「勝てばよかろうなのだァァァ!」の人なのです。


評価、感想、ブックマーク、などいただけると、テンションが上がりますので、ぜひぜひ次回もお楽しみください。

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