第五十五話。
コレットの訓練が始まった。
最初は、あの小さな体でどこまでやれるのかと思っていたが、結果から言えば俺の心配は杞憂だった。アドールの指導で、解呪と魔法の修練を積んでいるのだが、コレットは驚くほど飲み込みが早い。
アドールは一見厳しい。
言い方もぶっきらぼうだし、最初の頃はコレットも少しびくびくしていた。だが、いざ授業が始まると、あの骸骨先生は思った以上に面倒見が良かった。
「これはどういうこと?」
「なんでこうなるの?」
「なんで魔力ってぐるぐるするの?」
「この印はなんの意味?」
コレットは好奇心のままに、次々に質問する。
普通なら、うるさい弟子だと思われてもおかしくない。だがアドールは意外にも、それを嫌がらなかった。むしろ、かなり噛み砕いて教えている。
「それはじゃな、魔力が外から流れ込む時の渦の向きが関係しておる」
「お前の種族は周囲の魔力を自然と拾う。だから、普通の人間とは回路の前提が違う」
「ここで印を省くと暴発する。省けるようになるのは、もっと後だ」
そんな調子で、ひとつひとつ丁寧に説明している。
俺がそれを見ていると、ミラーカが小さく笑った。
「アドール、素直な弟子が可愛いのよ」
その通りなのだろう。
アドール自身は認めないだろうが、コレットのように目を輝かせて学ぶ相手は、かなり好みらしい。質問されるたびに最初は面倒そうな顔をするくせに、答え始めるとつい長くなる。あれはもう、教えるのが楽しくなっている顔だ。
親切丁寧な授業のおかげで、コレットは早々に魔法の初級を手に入れた。
いくつかの魔法も、もう使えるようになっている。
ライト。
クリーン。
ティンダー。
簡単な探知系。
そして、初歩的な拘束と睡眠の補助。
妖精というものは変わった性質を持っているらしく、周囲に漂う魔力を自然と利用しているそうだ。そのため、魔力総量は本人のステータスに出ている数値通りではなく、実際にはかなり上になるという。
「妖精はな、自前の魔力のほかに、空気中の薄い魔力まで勝手に吸って使う」
とアドールが言う。
「だから燃費が良い。燃費が良すぎて、本人が何を消費しているのか分かっておらんことすらある」
コレットはその説明を聞きながら、へええ、と感心していた。
そして魔法を習うことで、コレットは種族固有の能力にも目覚めた。
妖精の小治癒。
最初は本人もそれを「なんか触るとちょっと楽になるやつ」くらいにしか思っていなかったらしい。だが俺が潜在能力に気づき、鑑定して教えると、コレットはすぐに取得した。
これは、周りにいる味方の簡単な傷を癒すことができる便利な力だ。
少しずつしか癒せない。
だが、ほぼ無意識に、ずっと発動しているのが強い。切り傷、打撲、疲労による筋の傷み、そういう細かい損耗をじわじわ回復させていく。派手ではないが、冒険や長期戦ではとてつもなく便利だ。
「それ、前世の仲間が連れ歩いてた妖精も持ってたな……」
思い出してそう言うと、コレットが胸を張った。
「やっぱり妖精ってすごいんだよ」
「そうだな。かなりすごい」
それに加えて、アドールはヒールの魔法も覚えさせるつもりらしい。
小治癒とヒール。
この二つが揃えば、コレットはかなり優秀なヒーラーになる。解呪もできて、翻訳もできて、簡単な補助魔法まで使える。正直、思った以上に当たりを拾った気分だ。
しかも、アドールはさらに息巻いている。
「次は診断スキルじゃ」
「診断?」
とコレットが首を傾げる。
「怪我、毒、病、呪い、魔力不調、その辺りの見分けじゃ。解呪をやるなら必須だ」
「わあ、かっこいい」
「かっこよくはない。実用じゃ」
と言いながら、アドールはかなり楽しそうだった。
俺は俺で、戻ってからまた修行の日々に戻りつつある。
今回の旅で思い知ったのだ。
ミラーカ達四人が教えた力を、俺はミックスして使うことができる。影使いと畏怖術、血魔術と瞬速、剣術と月光、ダズリングとスリープ、そういう組み合わせが、単体で使うより遥かに強い。
だから、訓練しても得るものが多い。
ひとつの力を伸ばすだけでなく、他の力とどう絡めるかを考えるだけで、新しい勝ち筋が見えてくる。今回の旅はそれを実感する連続だった。
その俺の変化を知ってか知らずか、ミラーカ達はまた新たな力を授けると言ってきた。
まずミラーカ。
「あなた、鑑定と相性の良い知覚術をやりましょう」
「知覚術?」
「ええ。見える、聞こえる、感じる、その全部を術として鍛えるの。鑑定が強い人は、情報の拾い方も伸ばすと一気に化けるわ」
なんか嫌な予感がした。
見えるものが増えるということは、たぶん見たくないものまで増えるということだ。しかもミラーカが勧める時点で、普通の感覚強化で済む気がしない。
次にリアン。
「先読みの技を教える」
「先読み?」
「相手の呼吸、重心、視線、筋の動きから次を取る。技ではないが、技として使える域まで落とし込む」
それは剣士としては欲しい。欲しいが、リアンが言うとまた地獄の訓練になる未来が見える。
アドールはもっとひどかった。
「エイジングの魔法とアンデッドの特性を組み合わせた、不死魔法をやる」
「名前からして碌でもないな」
「碌でもない。だが強い」
不死魔法。
聞いただけで、まともな用途以外にも色々ありそうだ。俺が使っていい力なのか少し考えるが、今さらそこを気にしても仕方ない気もする。
最後にカダス。
「ドラゴンの肉が残ってるうちに、新たな精霊を試しに呼んでみようぜ」
「また増やすのか」
「増えるかはわからん。でも強い肉ってのは、それだけで呼び水になるからな」
それぞれ、どんな力なのかはまだよくわからない。
だが聞くだけで、碌でもなく、とんでもない力だとは思う。
本当に、俺の周りにはそういうのを面白そうに差し出してくる連中しかいない。
それをさておき。
一つの旅が終わったので、俺は今まで手に入れていたアイテムを一気に鑑定することにした。
ずっと収納に押し込んでいた宝箱や、拾った装備や、スキルの宿った道具たちだ。鑑定の第四段階に入った今なら、前よりずっと深く読める。
結果、かなりレアな物がいっぱいあった。
まず、魔法系の便利道具。
マジックポーチ(小)
マジックバッグ(中、大)
魔法の火口箱
跳躍ブーツ
不眠眼鏡(不眠48時間)
鑑定眼鏡
猟犬の鼻(追跡スキルを付与)
簡易防御壁
通話のピアス
魔法のナイフ
魔法の投擲槍(スキル……武器投げ)
魔法の剣(スキル……武器落とし)
魔法の乗馬鞭(スキル……乗馬)
魔法の斧(スキル……木工)
魔法のチェインメイル
魔法のレザーアーマー
魔法のヒーターシールド
さらに、職能や変なスキルの宿ったもの。
古代の工具(スキル……機械工)
やっとこ(スキル……鍛冶屋)
金の鎌(スキル……農業)
高品質の槍(スキル……槍術)
メイス(スキル……説教)
つけ髭(スキル……言いくるめ)
伊達眼鏡(スキル……探索)
足ヒレ(スキル……水泳)
丸盾(スキル……小盾術)
俺はそれを一つずつ並べて、しばらく黙った。
「……多いな」
コレットが横から覗き込んでくる。
「わあ、すごい。これ全部、魔法のもの?」
「半分くらいはそうだな」
「つけ髭に言いくるめってなに?」
「俺も今まさにそう思ってる」
そこへ、なぜかみんな集まってきた。
ミラーカが興味深そうに伊達眼鏡と鑑定眼鏡を見ている。
アドールは古代の工具に食いついている。
リアンは槍と丸盾を見ている。
カダスは足ヒレを持って「なんだこれ」と笑っている。
そして案の定、それぞれ俺に取ってもらいたいスキルがあるようだった。
「クレイヴ、探索は取りなさい」
とミラーカが言う。
「鑑定と知覚術をやるなら、探索も相性がいいわ」
「機械工は欲しいな」
とアドールが言う。
「古代機械や魔導機構の理解が深まる。損はない」
「槍術と小盾術も取っておけ」
とリアン。
「使わなくても、相手を知ることになる」
「乗馬もあった方がいいんじゃねえか?」
とカダスが言う。
「あと水泳。足ヒレで取れるなら安いもんだろ」
コレットはコレットで、つけ髭を見て笑っていた。
「言いくるめって、絶対面白いやつじゃん」
「面白さで取るな」
「でも便利そう」
言われてみると、確かにどれもそれなりに意味はある。
探索は欲しい。
機械工も面白い。
槍術や小盾術は、相手の理解に繋がる。
乗馬と水泳は、生存能力の幅を広げる。
問題は、全部取るには時間がかかることだ。
鑑定で読めても、取得には訓練がいる。しかも無闇に増やしすぎると、今度はそれぞれの習熟が追いつかなくなる。
「……優先順位を決めるか」
俺がそう言うと、全員が一斉にこちらを見た。
「まずは探索、乗馬、水泳、槍術、小盾術、機械工……この辺りが候補だな」
「言いくるめは?」
とコレット。
「後回しだ」
「えー」
「でも絶対あとで取る」
「……まあ、たぶんな」
そんなふうに話しながら、俺は改めてアイテムの山を見た。
一年。
この一年で、俺は随分なものを拾い、覚え、背負い込んだ。
だが、まだ終わりではない。
むしろ、ここからが本番なのだろう。コレットに解呪を覚えさせ、俺たち自身の呪いをほどき、その先へ行く。そのために必要なら、スキルも力も、まだいくらでも増やしていくつもりだった。




