第五十四話。
コレットに、解呪の経験はほとんどなかったんだよな、と俺が聞くと、コレットは少し気まずそうに羽を揺らしてから、うん、と答えた。
「やっぱりか」
「でも、解けるのはわかるの。なんていうか、触った時に、ここをほどけばいいって感じるだけで……ちゃんと何回もやったことはないの」
それはそれで、厄介だが希望でもあった。
感覚はある。
だが実戦経験はない。
なら練習が必要だ。
「どうする?」
俺がみんなを見ると、アドールがすぐに言った。
「大丈夫だ。呪いのアイテムは作れる」
コレットがきょとんとする。
「作れるの?」
「作れるとも。それで練習ができる」
俺は素直に感心した。
「すごいな」
するとアドールは、案の定、少し顎を上げた。
「ワシだからな」
「出たな、その万能感」
「事実だ」
コレットはそんなアドールをまじまじ見ている。
「アドールって、ちょっと怖いけど、すごいんだね」
「ちょっとではない」
「ちょっとよ」
「どっちだ」
そんなやり取りに、カダスが笑い、ミラーカは楽しそうにワインを揺らした。
そこで俺は思い出した。
「そうだ。みんなに土産があるんだ。庭に出れる?」
「なんだ急に」
「また何か変なものを拾ってきたの?」
「外で、ってことは大物だな」
「気になる」
反応はそれぞれだったが、全員立ち上がる。
コレットもぴゅっと俺の肩へ飛んできた。
「おみやげ?」
「ああ。ちょっと驚くぞ」
そう言って、俺たちは庭へ出た。
夜気は少し冷たいが、十六階の外周は十八階ほどではない。屋敷の窓から漏れる灯りが庭を照らし、その中で俺は収納へ意識を向けた。
まずは、レッサードラゴンの死体を出す。
巨大な影が庭に落ちる。
鱗に覆われた胴、長い首、尾、角。広い庭でも狭く感じるほどの存在感だ。
みなが一斉に声を上げた。
「うぉーっ」
「本当に持って帰ってきたのね」
「こりゃあ、でかい」
「すごい……!」
コレットなどは、あんぐり口を開けている。
「ドラゴンって、ほんとにこんな感じなんだ……」
「そうだ。しかも、これはレッサーだから本物よりは小さい」
「これで小さいの!?」
さらに、マンモスの骨と肉も出す。
白く巨大な骨の束と、量のある肉塊がどさりと並ぶ。庭が一気に戦利品置き場になった。
カダスがすぐに肉へ目を向けた。
「肉をくれ」
「早いな」
「そこが一番大事だろ」
ミラーカはドラゴンの方を見ながら、目を細めている。
「血は?」
「ある」
俺は用意していた水袋を取り出し、ミラーカにドラゴンの血をお裾分けした。
ミラーカは受け取った瞬間、ちょっと本気で嬉しそうな顔をした。
「最高だわ」
「そこまでか」
「そこまでよ。ドラゴンの血なんて、そうそう手に入るものじゃないもの」
リアンはすでにドラゴンの頭部へ近づいていた。
「牙が欲しい」
「牙?」
「それで強い戦士を作れる」
「お前のその発想、相変わらず物騒だな」
「有効だ」
そしてマンモスの骨を見て、さらに言う。
「骨は全部もらうぞ」
「全部か」
「これでまた、我らの外周の守りは強くなる」
そこへアドールも満足そうに頷く。
「スカルドラゴンとスカルマンモスが守りに加わる」
コレットが目をぱちぱちさせた。
「えっ、これ、そんな使い方するの?」
「する」
「するわよ」
「するとも」
三人が即答したので、コレットは少しだけ引いていた。
ミラーカはそこで、ダイアウルフの方を見た。
「ねえ、コレットとクレイヴにお願いしたいんだけど」
「何だ」
「ダイアウルフを貸して欲しいの。ここを守ってる魔犬達を率いさせたら強くなるわ」
なるほど、と思う。
確かにあの群れの長は、ただ強いだけじゃなく統率もある。
「私はサーベルタイガーが欲しい」
とリアンが言う。
「やっぱり言うんだな」
「駄目か」
「本人が良ければな」
俺は二匹を連れてきて、コレットに通訳してもらった。
ダイアウルフの長は、少し考えてから頷く。
「守る役目なら良い」
サーベルタイガーはもっとあっさりしていた。
「撫でてくれるなら良い」
それを聞いて、リアンがほんの少しだけ口元を緩めたのを、俺は見逃さなかった。
「じゃあ決まりだな」
こうして所属が決まった。
ダイアウルフの長はミラーカの側へ。
サーベルタイガーはリアンの側へ。
なんというか、妙に収まりがいい。
そのまま流れで食事会になった。
アンデルセンが用意していた卓へ移ると、もうかなりの品が並んでいる。恐竜肉のロースト、スープ、香草焼き、温かいパン、野菜の煮込み、そして見慣れない濃い色のソース。コレットは最初からそわそわしていた。
「すごい……」
「こんな美味しそうなの、見たことない」
「食べたことないだろうな」
「ない!」
アンデルセンが優雅に一礼する。
「これから、まだまだ美味しいものを用意いたします」
コレットの目がさらに輝いた。
「ほんと?」
「はい」
「ここ、天国かも」
「それは大袈裟だ」
「いや、結構そうかもしれないわよ」
とミラーカが笑う。
食事を始めながら、俺は十八階と十九階の話をした。
雪の世界。
オセ人の都市。
アス人の集落。
戦争。
ブラキオサウルスとの会話。
ティラノサウルスとの問答。
聞けば聞くほど、みなの食いつきが良い。
「十九階は面白そうだわ」
とミラーカが言う。
「ダンジョン内に都市があるなんて不思議。その人たちは利用価値がありそうね」
「そこがまずその発想か」
と俺が言うと、ミラーカは肩をすくめた。
「だって本当にそうでしょう?」
アドールも頷く。
「そうじゃな。未知の種族、未知の技術、未知の文化……調べる価値はある」
「そこも、呪いを解いたら行ってみよう」
とカダスが言う。
「どうせなら二十階も見てみたい」
リアンも静かに言った。
「二十階の強敵とも会ってみたいな」
「お前ら、ほんとに好奇心で動いてるだろ」
「お前もだろ」
とカダスが笑う。
それは否定できなかった。
俺は、今回の旅で意外と恐怖の睨視とダズリングとスリープが効いたことも話した。
するとミラーカが、少し考える顔をしたあとで言う。
「私も練習しなおそうかしら」
アドールがすぐに言う。
「そうじゃろ」
「昔できたからって、今も最適に使えるとは限らないものね」
とミラーカは笑う。
精霊術もかなり役に立ったと話すと、カダスが満足そうに頷いた。
「そうだろうな」
「ブラキオサウルスもティラノサウルスも、コレットがいなきゃ話にならなかったけどな」
「それでも、そこまで持っていけるのがすごいんだよ」
とコレットが言う。
リアンはそこで、ふと俺を見た。
「剣術はどうだったんだ?」
その問いに、俺は迷わず答えた。
「無ければ死んでた」
レッサードラゴンとの戦いを思い出す。
ミノタウロス。
探索者との戦闘。
オセ人の槍使い。
どれも、剣と盾がなければ話にならなかった。
それを聞いたリアンは、満足そうだった。
「そうか」
短いが、それで十分という顔だ。
そんな話をしていると、アンデルセンが最後の皿を運んできた。
湯気の立つ厚い肉。
焼き色が見事だ。表面は香ばしく、中はしっとりしている。皿に乗った瞬間から匂いが違う。
アンデルセンが穏やかに言う。
「ドラゴンのステーキでございます」
その一言で、卓が静かになった。
俺たちはそれぞれ、ナイフを入れる。
肉は、信じられないくらい柔らかかった。
筋の強さはある。だが固くない。噛むたびに濃い旨味が溢れる。牛でも猪でも恐竜でもない。もっと濃密で、もっと奥行きのある味だ。脂も重くなく、むしろ舌に甘い熱を残して消えていく。
誰も、しばらく言葉を失った。
ミラーカも。
アドールも。
カダスも。
リアンも。
コレットも。
俺も。
ただ黙って食べる。
ドラゴンのステーキは、やはり別格の料理だった。
最初に声を出したのは、コレットだった。
「……これ、ずるい」
俺は思わず笑った。
「ずるいって何だ」
「だって、こんなの美味しすぎるもん」
ミラーカも、珍しく静かな声で言う。
「ええ……これは反則ね」
アドールが頷く。
「うむ。これは良い」
カダスはもう一切れを口に運びながら、ほとんど感嘆するように言った。
「呪い解けたら、また狩りに行こうぜ」
リアンも、いつもより少しだけ柔らかい顔をしていた。
「今度は私も行く」
その言葉を聞きながら、俺は肉を噛みしめた。
一年。
長かった。
だが今、この卓を囲んでいる時間は、その一年分の苦労が少しだけ報われるような気がした。




