第五十二話。
しばらく歩くと、ブラキオサウルスたちが一斉に足を止めた。
一番大きい個体が、のっそりと首を下ろし、低い声で鳴く。コレットが耳を澄ませて、それからこちらを見た。
「休憩だって。あと、話を聞かせろって」
「……話好きなんだな」
「うん。すごく」
俺たちはその場で腰を下ろした。
というより、俺が腰を下ろすと、ブラキオサウルスたちが車座になるみたいに周囲へ集まってきた。巨大な体がぐるりと囲む形になる。さらに首を俺の方へ伸ばしてくるものだから、圧がすごい。悪気がないのは分かるが、目の前に二十メートル級の顔がいくつも並ぶと、さすがに落ち着かない。
「近い近い」
俺が言うと、コレットが笑いながら通訳した。
すると一頭が少しだけ首を引く。だが別の一頭がぐいと寄ってきた。
「聞きたいんだって」
「見れば分かる」
ダイアウルフの長は少し離れた場所で伏せ、サーベルタイガーは俺の背後にぴたりとくっついている。あいつもあいつで、この巨体の群れには圧を感じているらしい。
俺は仕方なく、話し始めた。
地上のこと。
空のこと。
人がたくさん住んでいる街のこと。
王都のこと。
海のこと。
ここがダンジョンと呼ばれる場所で、上と下に違う世界が幾重にも広がっていること。
コレットがせっせと通訳する。
妖精の声が響くたび、ブラキオサウルスたちは「おおん」「ううむ」と低く鳴いて反応した。想像以上に理解しているらしい。特に、地上に「たくさんの人が住んでいる場所がある」と言うと、目の前の一頭が興味深そうに鼻を鳴らした。
「そんなに集まっているのか、って」
「集まってる。嫌になるくらいな」
そう返すと、今度は別の一頭が低く唸る。
コレットが少し首を傾げてから言った。
「お前のような者が、この近くで集まっている。あれはどうなのだ、って聞いてる」
「俺のような者……?」
少し考えて、すぐに分かった。
採掘基地の砦だ。
「ああ……あれか」
俺は頷いた。
「あんまり良くない連中だ」
その言葉を伝えると、ブラキオサウルスたちは少しざわついた。いや、ざわついたように見えただけで、実際には首の向きと鳴き声が微妙に変わっただけだ。だが、大きい生き物だとそれだけでも空気が揺れる。
その中の一頭が、妙に物騒なことを言い出した。
コレットがそのまま訳す。
「潰すか、あの場所、って本気で言ってる。邪魔なんだよ、あれ、だって」
俺は思わず笑ってしまった。
「草食のくせにやることが豪快だな」
「邪魔なら踏めばいいって言ってる」
「……まあ、好きにしてくれ」
俺がそう言うと、コレットはそのまま伝えた。
ブラキオサウルスたちは満足そうに低く鳴いた。冗談なのか本気なのか、今ひとつ分からないのがこの連中の怖いところだ。
そのまままた歩き出す。
ブラキオサウルスたちの歩幅に合わせると、進みは遅い。だが、その代わりに道中の安全度は妙に高かった。周囲の生き物たちが、この巨体の群れを見るだけで勝手に離れていくからだ。
やがて、採掘基地の砦の前を通る場所まで来た。
遠くからでも見える木の壁、見張り台、坑道の入口。俺が十七階で偵察した時よりも、どこか空気が張りつめている。警戒しているというより、怯えている気配に近い。
「これだ、って言ってる」
コレットがブラキオサウルスの言葉を訳す。
「そうだな」
俺は素直に頷いた。
「邪魔なら、潰してもいいんじゃないかな」
それを聞いたブラキオサウルスたちは、何頭かがのっそりと首を砦の方へ向けた。まるで畑の石でも見るみたいな気軽さで。
一頭が低く鳴く。
「今度暇な時にやっておく、だって」
「そうか」
俺はそう言っておいた。
砦の連中は、よほどびびっているのか、見張りも出ていなかった。あの巨体が群れで近づいてくれば、そりゃあ顔も出したくないだろう。もし本当に踏み潰されても、文句は言えない気がした。
やがて森が近くなってきた。
ブラキオサウルスたちはそこで立ち止まる。
一番大きい個体が、俺を見下ろすように首を下ろした。
「この先は、この森を突っ切れば階段がある。まあ、この体だからここには入れんが、他のやつにそう聞いたことがあるから、確かだろう、って」
「助かる」
俺がそう言うと、少し間を置いてから、また低い声が響く。
コレットが少し笑って言った。
「また会えるか、って」
俺は森の先を見た。
階段は近い。
だが、ここで縁が切れるとも思わなかった。
「また来るよ」
そう答えると、ブラキオサウルスたちは満足そうに鳴いた。
「楽しみにしておく、だって」
「そうか」
俺は小さく笑って、巨大な群れと別れた。
森へ入る。
木々は高く、草も深い。十七階の森ほど鬱蒼とはしていないが、それでも視界は悪い。フクロウの術をかけ直し、影を薄く纏い、ダイアウルフの長とサーベルタイガーに近くを保つよう伝える。
しばらく歩くと、また前方に巨大な生命反応を感じた。
でかい。
しかも、じっとしているのではなく、ゆっくりと動いている。俺はそちらを避けるように進路をずらした。正面からぶつかって面倒なことになるよりはましだ。
だが、今度は逆側に群れの反応があった。
ラプターだ。
「またか」
俺は舌打ちしそうになる。
ただ、前に見た連中より小さい。一メートルほどの個体ばかりだ。若い群れなのか、種類が違うのか。いずれにせよ、数はそこそこいるが、火力は前よりましだろう。
俺は立ち止まると、まとめてスリープをかけた。
眠気の波が広がる。
ラプターたちは一斉にふらつき、そのまま地面へ崩れた。
「……よし」
そのまま放置して通り過ぎればいい。
そう思った時だった。
先ほど避けた巨大な生命反応が、こちらへ近づいてきた。
「ちっ、起きた連中に釣られたか」
逃げろ、と俺は言った。
みんなで走る。
だが、デカくて早い。
気配がみるみる近づく。
そして姿が見えた瞬間、俺は本気でやばいと思った。
ティラノサウルスだ。
前に見たやつと同種かもしれない。レベル三十級の、巨大な肉食恐竜。頭部の大きさだけで、ダイアウルフの長の全身が入りそうなくらいある。
「これは……!」
俺はまずダズリングをかけた。
閃光。
だが、効いていないようだ。目を細めた程度で、勢いは落ちない。
続けざまにスリープ。
これも、ほとんど効かない。
「まずいな」
恐怖の睨視も試す。
ティラノサウルスは多少怯んだだけだった。足は止まらない。
いよいよ戦闘か、と思った時、俺は最後に王命を試してみようと思った。
命令は短く、単純な方が通りやすい。
「話を聞け!」
王命を叩きつける。
その瞬間、ティラノサウルスの動きがぴたりと止まった。
「……通った」
俺はすぐに続ける。
「向こうにラプターの群れが寝ているぞ」
コレットがそれをそのまま訳した。
ティラノサウルスは巨大な頭を少し傾け、それから喉の奥で低く鳴いた。
「それは良いことを聞いた、だって」
「助かった」
次の瞬間、ティラノサウルスはくるりと向きを変え、森の向こうへ走っていった。寝ているラプターに向かったのだろう。悪いが、今はそういう形で去ってもらうしかない。
俺たちはしばらくその場で息を整えた。
ダイアウルフの長も、サーベルタイガーも、さすがに毛を逆立てている。コレットはフードの中で震えていた。
「怖かった……」
「言うな」
そう返した時、また地面が揺れた。
「え」
ティラノサウルスが戻ってきたのだ。
「なんだよ今度は!」
俺は身構える。
だが、今度はさっきほど殺気がない。距離を取ったところで止まり、低く吠えた。
コレットが耳を澄ませる。
「話があるんだって」
「……は?」
俺は少し考えてから、待つことにした。
ティラノサウルスはのしのしと近づき、一定の距離で止まる。そして大きな頭を少し下げるようにして聞いてきた。
「お前たちはなんだ?」
コレットが通訳する。
俺は答える。
「俺たちは上に住んでる者だ」
「上ってなんだ?」
そう聞かれて、俺は少しだけ笑った。
結局、ダンジョンの話をすることになった。
ここが層になっていること。
上と下に世界があること。
地上という場所があること。
街があり、王国があり、人間がたくさん住んでいること。
十七階や十八階のこと。
コレットの通訳を介して、ひとつずつ話していく。
ティラノサウルスは本当に面白がっていた。巨大な頭を左右に揺らしながら、時々低く笑うような声を出す。
「ここはそんなふうになってるのか、って驚いてる」
「俺も最初は驚いた」
その後もしばらく、地上の話やダンジョン内部の話をした。
ティラノサウルスは、空を飛ぶものがいることや、海という見えないほど大きな水のことに特に興味を持ったらしい。逆に俺は、こいつらが意外と好奇心の強い生き物なのだと知った。
散々話を聞いたあと、ティラノサウルスは低く鳴いた。
「また会おう、だって」
「またか」
「楽しそうだよ」
コレットが笑う。
「じゃあ、またな」
俺がそう言うと、ティラノサウルスは満足そうに向きを変え、そのまま森の向こうへ走っていった。
「……面白かったな」
俺は正直そう思った。
ブラキオサウルスと話し、ティラノサウルスと話し、ダイアウルフを連れ、サーベルタイガーに懐かれる。自分で書いた設定のはずなのに、実際に歩くと知らないことばかりだ。
そのまま真っ直ぐ進む。
そして、ようやく階段に着いた。
石の口が、森の奥に半ば埋もれるように開いている。
「ここを上がれば、俺の住居だ」
俺がそう言うと、コレットはぱっと顔を明るくした。
「ほんと?」
「ほんとだ」
「どんなところ?」
「変な奴らがいて、変な屋敷がある」
「楽しみ!」
ダイアウルフの長も、サーベルタイガーも、興味津々といった様子だった。
「お前らも来る気か」
ダイアウルフの長は当然のように頷き、サーベルタイガーは俺の腕に頭を押しつけてきた。
俺は少しだけ苦笑した。
どうやら、俺の帰還は一人と一匹どころでは済まなさそうだった。




