第五十一話。
ボス部屋のピラミッドの外にいる恐竜たちをどうしようか、俺はしばらく考え込んでいた。
十七階のボス部屋は、レッサードラゴンを倒してからまだ次の個体が補充されていない。だから中は安全だ。だが問題は外だった。前世に戦った時も、周りにいた連中の数をだいぶ減らしてようやく逃げ切れた記憶がある。まして今は、俺一人ではない。コレットもいるし、ダイアウルフの群れの長もいる。サーベルタイガーまでついてきている。あいつらを守りながら突破するとなると、話はだいぶ変わってくる。
俺は扉の鍵を外し、わずかに開けた。
そこから望遠の術を使う。
見える。
かなりの数のラプターだ。草の間、石の陰、ピラミッドの周り、どこを見ても小さな影がうごめいている。アロサウルスもいる。こっちは数は少ないが、その分だけ厄介だ。でかいし、ひとたび本気で追ってきたら速度も馬鹿にならない。
「これは……面倒だな」
思わずそう漏らす。
ラプター達は早い。中途半端に走ればすぐ追いつかれるだろう。アロサウルスも体が大きいぶん、一歩の伸びが違う。しかも、俺だけなら影や変身や飛行でどうとでもなるが、ダイアウルフとサーベルタイガーがいると完全に隠れるのは難しい。
俺は改めて彼らを鑑定した。
すると、周囲の恐竜の多くは夜行性か薄暮行性らしいことがわかった。今はまだ活動時間帯だ。なら、わざわざ一番ややこしいタイミングで出る必要はない。
「一回閉める」
俺はそう言って扉を閉じた。
コレットがマントの中から顔を出す。
「どうしたの?」
「昼まで待つ。夜の連中が多い」
「なるほど」
ダイアウルフの長も、サーベルタイガーも、それならばと大人しく伏せた。
そうしてしばらく待ち、日が高くなった頃合いで、俺は再び扉を開けた。
空気が少し変わっている。
夜の時ほど、うごめく影の濃さがない。眠りに入っている個体も多いらしい。今なら、まだましだ。
俺はダイアウルフの長とサーベルタイガーを見た。
「全速力で突っ切ってくれ」
コレットがすぐに通訳する。
二匹は真剣な顔で頷いた。
「よし……行くぞ」
俺たちは外へ飛び出した。
草原へ出た瞬間、やはり何匹かのラプターが気づいた。首を上げ、甲高い声を上げ、こちらへ走ってくる。速い。だが、まだ数は多くない。
俺は振り返りざまに恐怖の睨視を使った。
視線が刺さる。
ラプターの何匹かがその場で怯み、動きを止める。さすがに全部には効かないが、それで十分だ。
だが、奥の方で大きな影が起き上がった。
アロサウルスだ。
「起きてたか……!」
そいつがこちらに気づき、低く唸って走り出す。厄介だ。だが今は相手をしている暇がない。だから俺は、畏敬術の魅了をかけた。
意思を向ける。
獲物はあっちだ。
こっちじゃない。
近くの肉に飛びつけ。
アロサウルスの目が一瞬だけ揺れた。
次の瞬間、そいつは近くを走っていたラプターへ襲いかかった。
「よし!」
これで追ってくるラプターの数はかなり減る。
それでもまだ何匹かがしつこく食らいついてくる。俺は走りながらダズリングを撃ち、眩暈を起こさせ、さらにスリープを重ねて一匹ずつ削る。ラプターは魔法耐性が高くない。こういう時、本当に助かる。
だが、それでも全部を振り切るにはもう一押し必要だった。
俺はミラーカにもらったハンドガンを取り出した。
「試し時だな」
構える。
撃つ。
乾いた音が響き、先頭のラプターの頭が弾けた。続けて二発、三発。弾切れがあるかと思ったが、どうやらこの銃は魔導機構で弾を補っているらしい。撃っても撃っても止まらない。これはありがたい。
「すごい!」
コレットがフードの中で叫ぶ。
「あとで教える」
そう返しながら、俺は連射する。
ラプターは一匹、また一匹と数を減らしていく。残り三匹になった頃には、ダイアウルフの長もサーベルタイガーもだいぶ失速していた。ここで追いつかれたら、どちらかが怪我をするかもしれない。
俺は最後の追っ手へ向き直る。
恐怖の睨視をもう一度。
二匹が怯んで止まる。
残る一匹へはライトニングを叩き込んだ。
雷が走り、ラプターが痙攣して倒れる。
それでようやく、追跡は終わった。
俺は走りながらセンスライフと探知を広げ、周囲に敵がいないことを確認したところで、手を上げて止まった。
「休憩だ」
ダイアウルフの長がその場で伏せる。
サーベルタイガーは大きく息を吐き、雪ではなく草の上にごろりと横たわった。コレットはマントの中から顔を出して、ふるふると震えている。
「怖かった」
「だろうな」
「すっごく怖かった」
「俺もだ」
そう言うと、コレットは少しだけ笑った。
ダイアウルフの長も、サーベルタイガーも、うんうんと同意するように頭を振っている。コレットがそれを訳す。
「二人とも、二度とあんなにいっぱい追われたくないって」
「俺もだ」
だが、まだ気は抜けない。
この先、採掘基地の砦の近くを通ることになるし、森の中を抜ける時に不意打ちでも食らえば面倒だ。とにかく今は、無駄な接敵を避けて進むしかない。
だいぶ暗くなり始めたので、手近な玄室に入ることにした。
中には、予想通りカルノタウルスがいる。
こいつももう見慣れた相手だ。
「悪いな」
俺はそう言ってから、手早く処理に入った。
スリープをかける。
眠気で動きが鈍ったところへ、パラライズを重ねる。
痺れが走り、カルノタウルスの動きが明らかに鈍る。
そこからは完封だった。
距離を取ってライトニング。
踏み込んで長剣。
盾でいなし、また切る。
今の俺にとって、カルノタウルスはもう「危険な相手」ではなく、「時間をかければ確実に倒せる相手」になっている。何度も戦ったからこその慣れもあるだろう。
倒した後は、肉を切り分けた。
精霊たちと、ダイアウルフの長と、サーベルタイガーに食べさせるためだ。
宝箱も出たので、今回は開けてみることにした。鍵開けと罠のスキルもある程度育っている。慎重に見ると、簡単な針罠と、魔力警報だけだったので外すのは難しくなかった。
中に入っていたのは、硬貨といくつかのアイテムだ。
「……しまっとくか」
全部収納へ入れる。
そういえば、しばらく拾ったアイテムをまとめて鑑定していなかった。帰ってきたら一気にやらねば、とそこで思い出した。
その夜は、みんなで玄室の中で眠った。
サーベルタイガーは入り口近くで丸まり、ダイアウルフの長は壁際で伏せ、コレットは俺のマントの中だ。外にはまだ恐竜の気配がある。だが扉を閉めてしまえば、ここは十分に安全だった。
翌朝。
俺たちは外に出て、草原を進んだ。
すると前方に、ブラキオサウルスの群れがいた。
「……でかいな」
改めて見ると、本当にでかい。
首が木の高さに届いている。足も柱みたいだ。数頭が群れでゆっくり草を食んでいる。こちらを見ているようでもあり、別に気にしていないようでもある。
コレットがフードの中で縮こまっている。
「なにあれ。ドラゴン?」
「違う。草食だ」
「食べる?」
「食べない」
「ほんとに?」
「ほんとに」
そう言っているうちに、ブラキオサウルスの一頭がこちらへやってきた。
ダイアウルフの長もサーベルタイガーも威嚇している。唸り、牙を見せ、毛を逆立てる。だが、あまり効いていないようだった。ブラキオサウルスはまるで気にも留めず、長い首を近くまで持ってきて、低く唸るような声を出した。
「何て?」
俺が聞くと、コレットは少し目を丸くする。
「なんだお前ら、って聞いてる」
「そんな雑な感じなのか」
「うん。すごくでかい声で」
コレットはそのままブラキオサウルスに向かって話し始めた。
「ここの上に向かってるの」
すると、ブラキオサウルスが低く「おおん」と返す。
コレットがちらっとこちらを見る。
「話をするの? って言ってる」
「……話を?」
俺は思わずブラキオサウルスたちを見た。
長い首がいくつもこちらへ向いている。興味深そうに、という表現が合っているかはわからない。だが少なくとも、敵意はない。
コレットがまた言う。
「この子たち、上の話を聞きたいみたい」
「上の?」
「うん。空のこととか、上の階のこととか、あとクレイヴのこと」
俺は少し困ったように笑った。
ブラキオサウルスと話をする、なんて展開は前世にも小説にもなかった。だが、ここまで来たらもう何が起きても驚くまい、という気分もある。
ブラキオサウルスの一頭が、また低く鳴く。
「なんて?」
「お前は強い匂いがする、だって」
「匂いか」
「血とか、火とか、雷とか、月とか、いっぱい混じってるって」
それは、なんとも言い返しづらい感想だった。
俺はしばらくその巨大な顔を見上げていた。
草を食むだけの穏やかな巨獣。
だがその目は、思ったよりずっと賢い。
コレットが耳を澄ませながら言う。
「この子たち、道を知ってるかもしれない」
「どういうことだ」
「昔からこの辺にいるから、危ないところと安全なところ、いっぱい見てるって」
それを聞いて、俺の中で占術とは別の可能性が開いた。
ただの草食恐竜だと思っていたが、こいつらはこの階を長く生きている。なら、道や脅威や、もしかしたら階段の位置さえ、感覚として知っているかもしれない。
俺は一歩前に出た。
ダイアウルフの長も、サーベルタイガーも、少し警戒していたが、止めはしなかった。
「じゃあ、聞いてみてくれ」
俺はコレットに言った。
「俺たちは上へ戻りたい。安全な道を知っているなら、教えてほしい」
コレットは頷き、ブラキオサウルスたちへ向かって言葉を返す。
長い沈黙。
それから、群れの中央にいたひときわ大きい個体が、ゆっくりと首を持ち上げ、遠くの森の向こうを見た。
「……何て?」
「ついてこい、って」
俺は目を細めた。
「案内してくれるのか」
コレットは嬉しそうに頷く。
「うん。話が通じたみたい」
ダイアウルフの長が低く唸る。
サーベルタイガーも尻尾を揺らす。
俺はブラキオサウルスの巨体を見上げながら、少しだけ肩の力を抜いた。
どうやら、十七階の帰り道は、思っていたより面白いことになりそうだった。




