第四十九話。
コレットの送別会が開かれ、俺もそれに参加した。
戦の空気はもう薄れていて、集落の中央には火が焚かれ、肉が焼かれ、酒の匂いが漂っていた。アス人たちは不器用ながらも精一杯の歓待をしてくれているらしく、長老の家だけでなく、近くの家々からも器や食べ物が持ち込まれていた。
助け出された子供は家族に抱きしめられ、妖精の方はコレットや他の妖精たちに囲まれて泣いたり笑ったりしている。あの小さな羽虫みたいな連中にも、ちゃんと別れというものがあるのだなと思う。
コレットはあちこちで呼び止められていた。
「コレットちゃん、絶対元気でね」
「上の階でも喧嘩しちゃ駄目だよ」
「魔法、いっぱい覚えておいで」
そう言われるたび、コレットはうん、と頷きながらも少し泣きそうな顔になっていた。普段は勢いで動くくせに、こういう時だけ妙にしおらしい。
俺は少し離れたところで、それを見守った。
肉を渡される。
酒を注がれる。
礼を言われる。
「上の階の方、もっと食べてくれ」
「これはマンモスの良いところだ」
「酒はきついが、悪くないぞ」
言われるままに受け取る。
焼いた肉はうまかった。寒い土地の獣の肉らしく脂が強いが、嫌な重さはない。酒も独特だった。発酵を途中で止めたような、濃いのに後に引かない味がする。
それを口にしていると、ふとアークスロット人のことを思い出した。
あいつらも肉と酒が好きだった。気のいい笑い方をして、肩を叩いて、細かいことはあとだあとだと言いながら宴を始める連中だった。あの種族はもういない。こうして別の原住民の宴に混ざっていると、妙な気分になる。
俺は少し席を外し、長老のところへ行った。
長老は火から少し離れたところで、若者たちの様子を見ていた。俺が近づくと、すぐに察したように言う。
「気になることがある顔だな」
「ある」
俺は率直に言った。
「俺が帰っても、オセ人がまた攻めてくるんじゃないかと思ってる」
長老は小さく息を吐いた。
「わかっています」
その答えに、俺は少し驚いた。
長老は続ける。
「今日の一撃で、しばらくは退くでしょう。だが、あなたがいつまでもここにいるわけではない。だから今、移住できるところを探しています」
「移住先はあるのか」
「簡単ではありません。ですが、別の谷や、洞穴群に心当たりがあります。少なくとも、ここに留まって再び攻められるよりは良い」
それを聞いて、俺は少し安心した。
考えていないわけではなかったのだ。よかった。
「ならいい」
そう言うと、長老は静かに頷いた。
その後、アス人たちは俺に色々なものを渡してきた。
金の板。
金のナイフ。
金の鍬。
金の鎌。
どれも本気で礼の品らしい。
「……本当に要らない金属なんだな」
俺が思わず言うと、若い戦士が笑った。
「柔らかいし、武器にもならん」
「飾りか、儀礼くらいだ」
「上の階の方は好きなんだろ?」
どうやら、ここでは本当にそういう扱いらしい。俺は苦笑しながらも、ありがたく収納へ入れた。地上に戻れば、それなりどころではない価値になるだろう。
結局、その夜は長老宅に泊めてもらった。
屋根は低く、寝床は硬い。だが不思議と落ち着いた。コレットは妖精たちと最後まで話していたらしく、かなり遅くまで羽音がしていた。
翌朝。
俺はコレットと一緒にアス人の集落を出た。
朝の空気は冷たいが、昨夜の宴の熱がまだ少しだけ残っている気がした。なかなか良い一夜だったな、と思う。
コレットは俺の肩の近くを飛んでいる。
「みんな、泣きそうだったね」
「お前もだろ」
「私は泣いてないもん」
「目が真っ赤だったぞ」
「寒かったの」
そんなやり取りをしながら歩く。
ただ、コレットが一緒だと空を飛べないのが少し痛かった。俺一人ならプテラノドンか大フクロウで一気に抜けられる。だが妖精を連れてそれをやるには無理がある。こいつをマントの中へ押し込んで飛ぶ手もなくはないが、危険だし、コレットが嫌がるだろう。
だから歩くしかなかった。
しばらく進んでいると、前方から牛のような生き物の群れが走って逃げてきた。
雪を蹴り、鼻息を荒くし、明らかに何かから逃げている。
「何だ?」
俺が言うと、コレットが耳を澄ませるように羽を止めた。
「逃げろ、って言ってるわ」
「お前、もうそこまで分かるのか」
「妖精だもん」
そう返される。
俺はすぐに警戒して進んだ。
すると、少し先に武装したオセ人たちの群れが見えた。
数は多い。
前に近接用の兵が二十人ほど。
後ろに弓が十五人。
そのさらに後ろに輸送隊の荷車が続いている。
隊列を組んでいる。
どう見ても狩りではない。
「……狙いは分かるな」
アス人への報復だ。
コレットもそれを理解したらしい。顔が青くなる。
俺はすぐに言った。
「コレット、林の中に隠れてろ」
「でも」
「いいから。絶対に出るな」
コレットは唇を噛んでから、わかった、と言って木立の奥へ隠れた。
俺はその背中を見送ってから、オセ人たちの方を見た。
ここは完膚なきまでやらないと駄目だな、と思った。
あの砦を焼かれてまだ来るなら、今度は「行けば自分たちが終わる」と思わせる必要がある。
俺は影になった。
雪と木の影に溶け、そのまま大きく迂回して後ろへ回る。
輸送隊と弓兵のさらに外側。
ここからだ。
先制で、ファイアボールを何個も叩き込んだ。
まず輸送隊へ。
次に弓兵隊へ。
荷車の布と木材が一気に燃え上がる。矢筒が爆ぜ、積んでいた何かが火を噴き、弓兵たちは叫びながら逃げ惑った。
「敵襲!」
「後ろだ!」
「消せ、消せ!」
そこへライトニング。
生き残っていた弓兵に雷を撃ち込む。数人はその場で倒れ、残った者たちも戦意を失う。弓隊が崩れた時点で、後方支援は終わりだ。
近接兵の何人かは、もうそこで逃げ出していた。
前線が本隊だと思っていたところへ、後ろが燃えたのだ。士気が保つはずもない。
荷車は完全に焼け落ちる。
あっという間に、残った者は十人足らずになった。
俺はその者たちの前に姿を現した。
恐怖の睨視。
視線に、逃げろ、終わりだ、来るな、を叩き込む。
兵たちは腰を抜かした。
立ったまま構える者はもういない。膝をつき、雪の上で後ずさるだけだ。
俺はその前へゆっくり歩いていった。
「今度、兵をアス人たちのところへ向かわせれば、お前らの都市を燃やす」
トランスレイトで、はっきり伝える。
兵たちの顔色が変わる。
俺はさらに言った。
「それから、俺はこの後、お前らの都市に向かう予定だ。邪魔するようなら燃やす。わかったな」
一人が震えながら答えた。
「わ、わかった」
「もう軍は出さない」
「そうか」
俺はしばらくそいつらを見下ろした。
嘘なら真実の目で読むつもりだったが、今のところ恐怖の方が勝っている。少なくとも、今すぐ反抗する気配はない。
「失せろ」
そう言うと、兵たちは雪を蹴って逃げていった。
俺は林へ戻る。
コレットが枝の陰から飛び出してきた。
「すごかった! 絶対、魔法教えてね!」
「まずは生きて帰るのが先だ」
「わかってる!」
全然わかってなさそうだが、元気なのはいい。
そのまま歩いていると、やがてオセ人の都市が見えてきた。
兵士が何人も出ている。
だが、センスエネミーをかけると、敵意より恐怖の方が勝っているようだった。さっきの部隊が逃げ帰り、何か話したのだろう。
「コレット、俺のマントのフードに隠れてろ」
「うん」
コレットが素直に潜る。
俺はそのまま兵士たちへ向かって歩き出した。
途中で何度も恐怖の睨視をかける。
兵士たちは次々に腰を抜かし、逃げていく。武器を構えていた者も、目が合った瞬間に顔を青くして後ずさる。
門を守る連中の方に向かいながら、さらに何回か恐怖の睨視を使うと、皆、武器を放り出した。
完全に心が折れている。
門の外から、何人か護衛を連れた者が両手を上げながら出てきた。
「なんのようですか?」
そう聞いてくる。
コレットがフードの中から小さく言う。
「使者みたい」
俺は頷く。
「俺は上に行きたいだけだ」
そう伝える。
それからさらに、アス人とは魔法で話ができること、今度攻めてきたらこの都市ごと壊滅させることを、トランスレイトでしっかり伝えた。
使者の顔色は悪かったが、言葉は丁寧だった。
「わかりました。二度とアス人には手を出さないように言い伝えておきます」
「上にも連絡しておきます」
「すいませんでした」
謝るのか、と思う。
だがここで意地を張るより、全部飲み込んでやり過ごす方が賢いのだろう。
「案内しろ」
俺が言うと、使者はすぐに従った。
都市に入る。
住民たちが逃げ惑っている。
子供を抱え、家に飛び込み、道を空ける。だが、中には武器を構える者も何人もいた。無駄だと思うが、誇りか、恐怖を隠すためか。
俺は威嚇にファイアボールを上空へ撃った。
火球が空で弾ける。
それだけで、武器を構えた者たちは武器を捨てて両手を上げた。
俺はセンスエネミーをかけ続ける。
敵対の気配が強い者には、視線を向けるだけで恐怖を植えつける。途中、ドラゴンの血を水袋から飲みながら精神点を回復させる。
「便利すぎるな、これ」
小さく呟くと、コレットがフードの中で「なにそれ」と聞いてきたが、今は説明している暇がない。
やがて案内されて、階段に到達した。
使者が言う。
「もう上の者に伝えてあります」
「上の者は、できれば殺さないでいただきたい、と」
「約束はできない」
俺がそう言うと、使者は露骨に落胆した顔を見せた。
だが、それ以上は何も言わない。
俺は階段を登り、十八階に到達した。
階段室の扉が開いている。
だが、センスエネミーをかけると分かる。左右の兵士が、俺が出た瞬間に扉の影から飛びかかろうとしている。
「……まだやるのか」
俺はため息をつき、ファイアボールを火炎放射で使った。
扉が燃える。
左右の見通しが良くなる。
そこへ恐怖の睨視。
兵士たちが何か叫んでいる。
コレットがフードの中で耳を澄ませた。
「謝ってるわ。殺さないで、って言ってる」
「そうか」
なら、それでいい。
俺はそのまま出ていく。
兵士たちは慌てて逃げ出した。
俺はゆっくりとセンスエネミーをかけながら集落を歩き、そのまま門の外へ出た。
背後では、誰一人追ってこなかった。




