↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/60

第四十八話。

お友達は、妖精が一人、アス人の子供が一人。


コレットがそう言った時、長老の家の中は急に静かになった。


「オセ人の兵士に捕まって、連れていかれたの」


コレットの声は震えていた。普段はよく飛び回って、思ったことをそのまま口にするような気質なのだろう。だが今は、その小さな羽まで元気をなくしているのが分かる。


長老の家にいた若者たちも顔を曇らせた。


「まだ近くにある基地にいるんじゃないか」

「連れていって、すぐどうこうするわけでもないだろう」

「子供なら、まだ生きてるはずだ」


そんな声が上がる。


その中で、一人の若いアス人が前に出た。体つきはまだ戦士というより狩人見習いに近いが、目つきは強い。


「俺が案内する」


そいつはそう言った。


「名は?」


「ダスフ」


四つの目が、真っ直ぐこちらを見ている。


俺は少し考えてから言った。


「まずは下見だ。場所と人数を見てから動く」


「分かった。案内する」


ダスフは即答した。


すると、横からコレットが飛び出してくる。


「私もついていく!」


「駄目だ」


俺はすぐに言った。


「でも、あの子たち……」


「分かってる。でも今は居てくれ。お前が一緒に来ると、隠れきれない可能性がある」


コレットは唇をきゅっと結んだ。


不満そうだが、完全に分かっていないわけではないらしい。しばらく俺を睨むように見ていたが、やがて羽を落として小さく頷いた。


「……絶対、助けてね」


「助けるために行く」


そう答えると、コレットは少しだけ安心したようだった。


夕方になった。


十九階の空は、十八階の極寒地帯とも、十七階の原始の森とも違う色に染まっていく。薄い青と灰の空気が落ち着き、建物の影が長く伸びる時間だ。


俺はダスフと二人で集落を出た。


道すがら、ダスフは色々話した。


基地はそう遠くないこと。

オセ人たちは最近、何度もこの辺りをうろついていること。

できれば捕まった二人を助けるだけでなく、基地そのものも壊してほしいこと。


「……欲張るな」


俺がそう言うと、ダスフは少し気まずそうにしながらも言った。


「でも、あそこがあると、また来る」


その言葉には一理あった。


ただ、人質の救出と基地破壊を同時にやるのは難しい。欲張って両方失敗するのが一番まずい。


「まずは見る」


俺はそれだけ言った。


ダスフはそれ以上強くは言わなかった。


代わりに、今度は地上の話を聞いてきた。


「上は本当に空があるのか?」

「二眼人はみんな魔法を使えるのか?」

「海ってどれくらい大きい?」


聞かれるままに、俺は簡単に答えた。


空のこと。

街のこと。

王都のこと。

地上の季節のこと。


ダスフは歩きながら、何度も驚いたように目を瞬かせた。四つも目があると、その反応が少し忙しない。


やがて、基地が見えてきた。


砦だ。


十八階で見たものよりもずっとしっかりした造りをしている。壁は木と石を組み合わせ、見張り櫓があり、兵舎らしき建物と倉庫がいくつか並んでいた。外に火は少ないが、人の出入りがある気配は濃い。


「ここだ」


ダスフが低く言う。


俺は少し離れた岩陰で足を止めた。


「下見してくる」


「気をつけろ」


「お前はここで待て。絶対に出るな」


そう言ってから、俺は大フクロウに変身した。


翼が広がる。


フクロウの体は視界が広い。しかも夜目が利く。こういう偵察にはちょうど良い。


俺は音もなく飛び上がった。


基地の上空を回る。


見張り櫓。

兵舎。

倉庫。

柵の高さ。

内側の火の配置。


ひとつずつ見る。


それから高度を落とし、建物の隙間を飛ぶ。センスライフも使う。


大人の反応が多い。兵舎には怪我人も寝ているらしい。だが、その中に小さい反応が二つ混じっていた。


「……いた」


子供サイズが二人分。


兵舎の一角だ。


俺はそのまま兵舎の裏へ回り、人間に戻った。影を纏い、忍びを重ねる。中に入り込めるか試すためだ。


扉の隙間、壁の隙間、窓の薄い影。


そのどれかから入れる。


影になってするりと滑り込み、中を覗く。


兵舎の中には怪我人たちが寝ていた。包帯を巻いたオセ人たちが、酒と血の臭いの中で眠っている。その奥、簡素な仕切りの向こうに、小さな影が二つあった。


アス人の子供。


そして妖精。


縛られている。


「今、助けられるか……?」


一瞬、そう思った。


実際、やれなくはない。今なら眠っている兵士も多い。影使いとスリープをうまく使えば、そのまま抱えて抜けることもできるかもしれない。


だが、ダスフを外に一人残している。


基地の構造もまだ全部は見きれていない。


「……一回戻る」


俺は判断した。


外へ出て、ダスフのいる岩陰へ戻る。


「どうだった」


ダスフがすぐに聞く。


「いた。兵舎の中だ」


その瞬間、ダスフの顔が強張った。


「助けるのか」


「行ってくる」


俺は短く言った。


「お前は隠れていろ。すぐ戻る」


ダスフは何か言いかけたが、結局黙って頷いた。


俺はもう一度、大フクロウに変じた。


今度は救出だ。


砦内へ入る。


上空からではなく、少し離れた場所へ降り、そこから影を纏って歩く。フクロウの術とキツネの隠惑を重ね、倉庫の近くまで忍んだ。


「まず、目を逸らす」


俺はファイアボールを小さくまとめた。


倉庫の壁へ。


投げる。


乾いた木材が弾け、火が走る。消えにくい火だ。瞬く間に倉庫の角が赤く染まり、煙が上がった。


「火事だ!」

「倉庫だ!」

「起きろ!」


砦の中が一気に騒がしくなる。


兵たちが飛び起き、倉庫の消火へ走る。見張り台の者も視線をそちらへ向けた。


その隙だ。


俺は兵舎へ忍び込んだ。


中の怪我人たちも半分起きているが、まだ状況を呑み込めていない。俺は奥へ一直線に進む。


いた。


アス人の子供は、まだ幼い。震えている。


妖精の方は、見た瞬間にこちらへ気づいた。


「助けに来た」


俺が小さく言うと、妖精は泣きそうな顔で何度も頷いた。


縛りを切る。


子供も妖精も抱える。


そのまま兵舎の裏へ抜けようとしたが、外に兵が動き始めている。正面は駄目だ。


俺はその場で向きを変え、砦の壁へファイアボールを叩き込んだ。


木と石を無理に組んだ壁が弾ける。


一人と一匹を抱えたまま、その穴から外へ飛び出した。


「行くぞ!」


後ろで誰かが叫んでいる。


だが、追う手が少ない。ほとんどが倉庫の火へ向かっているからだ。


俺はダスフのところまで一直線に走った。


岩陰へ飛び込む。


ダスフが目を見開く。


「本当に助けた……!」


「先に戻ってろ」


そう言いながら二人を押し出す。


だが、俺はそこで止まらなかった。


「まだ行くのか!?」


ダスフが驚く。


「基地も壊すんだろ」


俺は振り返りもせず言った。


もう一度戻る。


砦の中は、さらに混乱していた。


倉庫の火は勢いを増している。消火に人手を取られている今なら、他にも火を回せる。


俺は影に紛れながら、砦のあちこちへファイアボールを撃ち込んだ。


兵舎の屋根。

柵の根元。

空き小屋。

見張り櫓の脚。


ひとつひとつに火が移る。


やがて炎は繋がり、砦全体が燃え始めた。


「逃げろ!」

「崩れるぞ!」

「水を持ってこい!」


オセ人たちはもう消火どころではない。火勢に押され、次々に砦の外へ逃げ出していく。


「これなら十分だな」


俺はそこで離脱した。


戻ると、ダスフたちは逃げずにまだ隠れていた。


「おい!」


思わず言う。


「なんで残ってる!」


「お前を置いていけるか!」


ダスフが怒鳴り返す。


「馬鹿か!」


言い合っている暇はない。


俺はアス人の子供を背負い、妖精をダスフへ押し付ける。


「走るぞ!」


四人で夜の雪原を駆けた。


後ろでは砦が勢いよく燃えている。火は暗い夜にやたらと目立つ。逃げたオセ人たちの何人かがこちらに気づき、追ってきた。


「いたぞ!」

「そっちだ!」


面倒だが、相手をするしかない。


俺は振り返りざまにライトニングを撃ち込んだ。


雷が雪原を裂く。


オセ人たちはたまらず散る。完全に倒しきる必要はない。ただ、追う気を削げばいい。実際、それで十分だったらしい。奴らはそれ以上深追いせず、砦の方へ戻っていった。


そのまま、俺たちは夜通し走った。


途中で何度か立ち止まり、子供の様子を見て、妖精へ水を飲ませ、また走る。ダスフもかなりきつそうだったが、文句は言わなかった。


ようやく集落へ戻った時には、空が少し白み始めていた。


見張りが俺たちに気づき、すぐに中へ声をかける。


「戻った!」

「助かったぞ!」


集落の中から、人々が一気に出てきた。


長老も、コレットも、妖精たちも、女たちも子供たちも。


コレットは真っ先に飛び出してきて、助け出した妖精へ抱きついた。


「よかった……!」

「コレットぇ……!」


アス人の子供の方も、家族らしい者たちに抱きしめられて泣いている。


ダスフが息を切らしながら言う。


「基地も壊してきた」


その一言で、場の空気が爆発した。


歓声。


拍手。


叫び声。


みなが本気で喜んでいる。


俺はその様子を見ながら、ようやく大きく息を吐いた。


無事に連れ帰れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。