第四十七話。
兜を脱いで見せてくれ、とアス人の長老に言われた。
俺は少し迷った。
今の俺の顔は、どう見ても普通ではない。ダンピール化して理性は保っているし、以前よりはだいぶ人に近い。だが、それでも片目の異様さや、青白い肌の質感や、牙の気配は残っている。初対面の相手に見せるには、あまり向いた顔ではない。
だから俺は先に言った。
「俺は上の階に住む一眼人だ。お前たちとは顔の作りが違うから驚く。やめておいた方が良いぞ」
長老は白い眉を少し上げた。
「上の階の方か」
それから、ゆっくり頷く。
「我らの先祖も、上の階の方に助けてもらったことがある。その時は二眼人だった。もしや、二眼人と親交があるのか?」
「地上の人間は二眼だ。親交はあるな」
俺がそう答えると、周囲にいたアス人たちが小さくざわめいた。
その横から、ひょいと妖精が飛んでくる。
さっき鑑定した、解呪持ちの妖精だ。
「あなた、魔法使い?」
くるくると俺の顔の前を回りながら聞いてくる。
「そうだ。魔法と剣を使う」
そう答えると、妖精はぱっと顔を明るくした。
「お願い。魔法を教えて欲しいの」
ずいぶん真っ直ぐな頼み方だった。
俺が何か返す前に、長老が口を開く。
「まあ、立ち話もなんだから我らの集落に来てくれ」
そこまで言われて断る理由もない。
俺は頷き、そのままアス人たちについていくことにした。
歩きながら、俺は妖精に名前を聞いた。
「お前の名は?」
「コレットっていうの」
明るい声でそう答える。
「俺はクレイヴだ」
「クレイヴ」
コレットはその名前を口の中で転がすように繰り返し、それから嬉しそうに笑った。
集落へ着く。
戦いの直後だったせいか、周囲にはまだ緊張の名残があった。だが、戦士たちが無事に戻ったことで少し空気が和らいでいる。子供たちが遠巻きにこちらを見ているし、女たちは忙しそうに湯気の立つ鍋や水桶を運んでいる。
長老は俺を自分の家らしい建物へ案内した。
中へ入ると、コレットの他にも何匹か妖精がいた。大きさも色も少しずつ違う。みな好奇心と警戒の入り混じった目で俺を見ている。
長老は、木と骨で作られた椅子を勧めた。
「座ってくれ」
俺が座ると、長老は少し目を細めて言った。
「もう驚かないので、兜を取れ」
「本当だな?」
「本当だ」
ここまで言われては仕方がない。
俺はゆっくり兜を外した。
周囲が静まる。
妖精たちがぴたりと羽音を止めた。
だが、予想していたような悲鳴や怯えた叫びは起きなかった。
長老は俺の顔をしばらく眺めてから、率直に言った。
「変わった顔をしているな」
「その感想で済むのか」
思わずそう返すと、長老は喉の奥で笑った。
「上の階の方は皆、何かしら違うものだ」
周囲の者たちも、怖がっている様子はない。少し珍しがってはいるが、それだけだ。
俺はそこで少し安心した。
長老は姿勢を正す。
「まずは、戦に助太刀してもらって感謝する」
「気にするな。成り行きだ」
「それでも感謝は感謝だ」
そう言って、長老は小さな布袋を差し出してくる。
「少ないが、これを受け取ってくれ」
中を見ると、銀だった。
磨かれてはいないが、質の良い聖銀だとすぐに分かる。
俺は首を振った。
「大丈夫だ。要らない」
長老が目を瞬く。
「銀がいらないとは剛毅な人だ」
「いや、銀はいっぱい持ってるんだ。金の方が嬉しい」
その瞬間、今度は長老だけでなく周囲の者まで驚いた顔をした。
「金なんて、ありふれた金属で良いのか?」
「上の階では、銀より金の方が価値があるぞ」
そう言うと、アス人たちは顔を見合わせた。
どうやらこの辺りでは、聖銀の価値が圧倒的に高いらしい。考えてみれば当然かもしれない。銀は彼らの暮らしと戦いに直結しているのだろう。逆に金は、柔らかくて実用性が低い。
長老は感心したように頷く。
「では、銀ではなく金を用意しよう」
「別に今すぐじゃなくていい」
「礼は礼だ」
その辺りは、きっちりしているらしい。
そこで俺は、さっきから気になっていたことを聞いた。
「ところで、コレットさんは何故、魔法を学びたいんだ?」
コレットは少しだけ羽をしぼませた。
「私、役に立たない魔法の素質を持ってて、魔法なんて一生縁のないものだと思ってたの」
「役に立たない?」
「うん。こっちでは、昔二眼人が来て使ったって話しかなくて、アス人もオセ人も妖精も、みんな魔法使えないの」
なるほど。
魔法の素質だけがあっても、教える者がいなければ意味がない。魔法の回路は本能だけで勝手に育つものではないからだ。
「魔法を学びたいなら、上に来てもらうしかないなあ」
俺がそう言うと、コレットはすぐに言った。
「ちょうど、この集落を出るところだからお願いを聞いてもらえるならいい」
「出るところ?」
俺が聞き返すと、長老が露骨に言いにくそうな顔をした。
しばらく迷ってから、口を開く。
「実は……今回の戦は、コレットが引き起こしてしまったものなのです」
コレットが羽を小さく震わせた。
長老は続ける。
「コレットが、オセ人の怪我人をこの集落に連れてきてしまった」
俺は黙って聞く。
「オセ人は、都市に帰り、この集落のことを話する。オセ人たちはそれ以降こちらに来るようになり、それを拒否していたら、本格的に攻めてきた。まあ、こんな流れです」
なるほど。
善意が、入口になったわけだ。
コレットがやったこと自体は悪意ではない。むしろ助けたのだろう。だが、その結果、集落の場所が知られ、戦の火種になった。
長老は苦い顔で言う。
「コレットも居にくいですし、しきたりもありますので、コレットにはこの集落を出て行ってもらおうと決めていました」
横で、他の妖精たちも小さく頷いている。
「良ければ、連れて行ってください」
俺はすぐには返事をしなかった。
解呪持ち。
翻訳持ち。
魔法の素質持ち。
目的だけで見れば、ここで仲間にできるのは大きい。
だが、事情が事情だ。単に都合よく連れ去るのは少し違う気もする。
その時、コレットが言った。
「でも、あの子たちを救いたいの」
「あの子たち?」
俺が聞くと、コレットの顔が曇る。
「私たちのお友達が二人、捕まっちゃったの。助けたいの」
「誰に?」
「オセ人に」
それを聞いて、話の形が見えた。
追放される妖精。
その原因になった戦。
その中で、友達が二人捕まった。
コレットは俺の目の前まで飛んできて、必死な声で言った。
「クレイヴ、お願い」
俺は少し悩んだ。
本来の目的は、解呪だ。
この先、下の階にいる解呪持ちの存在とどう交渉するか。そのためにここまで来た。余計な寄り道をしている余裕はない、そう考えることもできる。
だが、目の前にいるのは、その解呪持ちそのものだ。
しかも、願いの形がはっきりしている。
助けたい。
それは、交渉の入口としても悪くない。いや、それだけじゃない。俺自身、見捨てる気にはなれなかった。
「……分かった」
俺はそう言った。
コレットの顔がぱっと明るくなる。
「本当?」
「引き受ける」
長老も、周囲の妖精たちも息を飲んだのが分かった。
俺は静かに続ける。
「ただし、無茶はしない。状況を見て動く。捕まった二人のこと、オセ人のところへどう運ばれたか、分かることを全部教えてくれ」
コレットは何度も頷いた。
「うん、うん、教える」
長老は深く頭を下げる。
「恩に着ます」
「まだ助けたわけじゃない」
俺はそう言って、椅子に座り直した。
やることが増えた。
だが、これはたぶん無駄ではない。
解呪へ向かう道の途中で、コレットを拾った。それなら、その願いを無視するのは違う気がした。
「……さて」
俺はコレットを見た。
「まずは、話を聞かせてもらおうか」




