第四十六話。
階段を降りていくと、そこには都市があった。
俺は思わず足を止めた。
十九階がこんな場所だとは、小説にも書いていないし、前世の仲間たちからも聞いていない。せいぜい巨大な洞窟か、奇妙な遺跡群か、その程度を想像していた。だが実際に広がっていたのは、粗削りながらも確かに都市と呼べるだけのものだった。
石と木を雑に積み上げたような建物が、階段状の地面の上に何百と立っている。道と呼べるものもあり、広場らしき空間もある。建築自体は洗練されていない。むしろ急ごしらえを何度も継ぎ足して大きくしたような不格好さだ。だが、それでも「たくさんの者が長く住んでいる」という気配だけははっきりあった。
俺は慌てて階段の影に身を隠した。
都市の入口に近い場所には見張り台まで建っている。しかも、階段の下は単純な通路ではなく、そのまま吹き抜けに接続されていた。ここから不用意に降りれば、すぐに見つかる。面倒どころの話じゃない。
「これは……かなり面倒だな」
小さく呟く。
階段の陰からそっと様子を窺う。道を歩いているのはオセ人らしき者たちだ。十八階で見た者と同じように四つ目で、粗いが実用的な武装をしている。見張り台にも二人。あのまま潜るのは、少なくとも今の位置からは無理だ。
「上から行くか」
俺はそう決めると、その場でプテラノドンへ変身した。
大きな翼が広がる。今では三倍ほどのサイズまで変身できるようになっているから、飛行姿勢も以前より安定している。階段の吹き抜けを利用して上昇し、そのまま都市の上空へ出る。
高く上がると、都市の全景が見えた。
広い。
想像よりずっと広い。都市の中心らしき場所には一際大きな建物があり、その周りに低い建物群が密集している。さらに外縁には畑のような区画まである。地下迷宮の下層にこんなものがあること自体が異様だった。
「この中にあるのか?」
そう思ったが、空の上では占術が使えない。
正確には、使えなくはないのだろうが、翼竜の体では札も扱えないし、集中も難しい。だから俺は一旦都市の外へ飛んだ。
だいぶ離れたところに降りる。
人間の姿へ戻り、札を切る。
問いは一つだ。
解呪に繋がるものはどこにある。
札は、都市から離れた南側だと告げた。
「南か」
俺はまたプテラノドンへ変身し、そのまま南へ飛んだ。
十九階の空は十八階や十七階と違って、敵が少ないらしい。少なくとも今のところ、空に俺へ絡んでくるものはいない。安心して進める。
何度か降りて占術を繰り返す。
まだ南。
さらに進む。
また南。
そうして飛び続けているうちに、下で大規模な戦が行われているのが見えた。
「……戦争か」
思わず声が漏れる。
片方はオセ人だ。四つ目の戦士たちが、槍と盾を持って密集している。もう片方は、違う種族だった。遠目にも頭部の形が違う。
俺は少し離れたところへ着陸し、人間の姿へ戻って占術を使う。
札は、この戦いの場所にいる、と告げた。
「ここか」
なら、どちらかの陣営に目的のものがある。
俺はすぐに行動を決めた。
ドッペルゲンガーの術。
十八階で眠らせた番兵の顔を思い浮かべる。骨格、目の配置、鼻筋、肌の色、髪。術が体を撫でるように走り、俺はそのオセ人の姿へ変わった。
さらに兜を被る。
これで、ぱっと見では味方にしか見えないはずだ。
俺はオセ人たちの近くへ向かった。
戦場の縁。走る者、叫ぶ者、倒れる者。混乱の中に入れば、多少の違和感は埋もれる。俺はそのままオセ人たちの後ろへ紛れ込み、一人ずつ鑑定を飛ばした。
持っているスキル。
能力。
気配。
だが、オセ人には鑑定持ちがいなかった。
「こっちじゃないな」
俺は視線を反対側へ向けた。
攻められている方。
今度は望遠の術を使って、一人一人を見ていく。
三つ目。
なるほど。こいつらは三眼の民らしい。額の中央にもう一つ目があり、顔立ちは人に近いが、目の使い方が違う。戦い方も独特で、槍や剣だけでなく、短い杖や小さな盾も混ざっている。
そして、その周りを飛び回っているものがいた。
小さい。
羽がある。
妖精だ。
「……こいつか」
俺はすぐに鑑定を飛ばす。
解呪。
魔法の素質。
翻訳。
全部持っていた。
「当たりだな」
俺はそこで、三眼の者たちに味方することを決めた。
オセ人側に潜り込んだままでも何かできるかもしれない。だが、解呪のスキル持ちが向こうにいるなら、最初から助けた方が早い。
俺はドッペルゲンガーの術を解いた。
元の顔に戻る。だが兜は被ったままだ。
そのまま三眼の者たちへ向けて、トランスレイトで呼びかける。
「助けはいるか?」
戦場の喧騒の中、その声は意外なほどよく通った。
三眼の一人が振り向く。指揮官らしき、やや年嵩の男だ。顔には疲労と血がついているが、目は死んでいない。
「ありがたい!」
すぐに返事が来た。
迷う余地はない。
俺は戦場へ踏み込んだ。
まずは派手にいく。
大きなファイアーボールを作り出し、オセ人たちの密集している場所へ投げ込む。
爆ぜる。
熱と炎が広がる。
オセ人たちが驚いて逃げ惑う。
「何だ!」
「魔術師か!」
「下がれ!」
混乱が走る。
俺はそこへさらにライトニングを撃ち込む。雷が盾列を乱し、槍を弾き、足を止める。わかりやすい魔法をわざと使った。敵の意識をこちらへ集めるためだ。
オセ人たちはたまらず後退を始めた。
だが、その中でただ一人、逃げなかった者がいた。
槍を持った男だ。
他の者が怯み、隊列が崩れる中で、そいつだけは真っ直ぐ俺を見ていた。そして、槍をこちらへ向ける。
「……一対一をご所望か」
そう思う。
俺はその意思を受けることにした。
周囲の動きが少し引く。
両軍が、自然とその場を空ける。
槍使いの男が踏み込んでくる。
突き。
速い。
かなりいい槍だ。無駄が少ない。懐へ入らせないという意思もはっきりしている。
俺は盾でいなす。
次は横薙ぎ。
その返しも悪くない。
何合か打ち合いをするうちに、俺は素直に感心していた。
「強いな」
レベル差はほとんどないのだろう。単純な身体能力は向こうも高い。しかも、戦場で鍛えた技術がある。
だから俺は敬意を表し、魔法を使わないことにした。
剣と盾だけで受ける。
槍の間合い。
盾の角度。
踏み込みと退き足。
何度かのやり取りの中で、相手の癖が見えてくる。左からの返しが少し重い。足の置き方が雪ではなく土向けだ。額の中央の目は、間合いの把握には優れるが、逆にそこへ意識が寄りすぎている。
戦闘は続いた。
やがて、相手が疲弊してきた。
呼吸が荒くなる。
槍の戻りが遅くなる。
踏み込みがわずかに浅くなる。
ここだ。
俺は盾で槍をいなし、その流れのままコンビネーションへ入る。まず盾の縁を相手の肘へ当てる。硬く、短い衝撃。
男の片腕が効かなくなる。
それでもそいつは片腕で奮戦した。
たいした根性だと思う。
だが、片腕では槍の制御が落ちる。次々に攻撃を防ぎ、避け、崩しを入れる。
それでもやめようとしない。
「……そうか」
仕方ない。
俺は最後に踏み込み、刺し殺した。
槍使いの体が崩れ落ちる。
それを見た瞬間、オセ人たちは本格的に逃走を始めた。
「退け!」
「退けぇ!」
隊列が瓦解し、戦場から雪崩れるように去っていく。
残された三眼の者たちは、最初は呆然としていた。
それから、一人が歓声を上げる。
次の瞬間には何人もが寄ってきて、俺を囲み、肩を叩き、握手を求めてきた。
「助かった!」
「勇敢なる方!」
「感謝する!」
俺は少し面食らいながらも、それに応じた。
三眼人。
鑑定すると、アス人、と出る。
「アス人、か」
ようやく名前が分かった。
俺の周りを飛んでいた妖精も、怯えていたのが少し落ち着いたらしい。羽音を立てながら俺の肩口まで来て、じっとこちらを見ている。
解呪。
翻訳。
魔法の素質。
こいつが、たぶん俺の探していた存在だ。
戦場の熱気の中で、俺はようやく、ここまで来た理由に手が届いたのだと実感した。




